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「現職市長の選挙事前運動」の疑い!?

kage

2007/10/25 (Thu)

 本月19日、伝国の杜で行なわれた「シンポジウム」は安部市長の支援団体みんなの会の主催によって行なわれたものだが、最後はみんなの会の司会者の誘導によって「選挙に向けた事前運動」となった。

 会場に老生の知人で場違いな顔が見えたので、その方に参会した理由を聞いてみた。知人は「市長のご尊父さまとは米沢中学の同級生で、ともに海兵仕官学校に進まれた仲間であり、彼の父親は成績の優秀な方であった。戦時中という時代背景もあって、成績の優秀な学生はこぞって海兵、陸士へと受験していったものである。海兵といえば近藤元代議士もそうだった。
 したがって、安部市長も成績優秀な血筋をひかれたものであろうことから早稲田も法学部を卒業されていることになっている。が、法律を専攻されながら法曹界での活躍はない。法曹界入りに立ちふさがる難解な国家試験を通らなかったのであろうか。それとも挑戦されなかったものか老生の知るところではないが、巷の噂によると「世紀合成社に在籍していた早稲田の先輩で元市議生熊氏の誘いで同社総務課に在籍」「総務課に8年間在籍した安部はナント係長にもなれなかったんだ」とのこと。

 老生は今さらのように考えているのだが、安部三十郎氏は己れの歩むべき道を誤ったのではあるまいか。市長には「行政能力や政治感覚」が最も要求されるものである。まして、1千人強の市行政職員を統率し、市民の負託に応えねばならぬ困難な仕事である。そんなハードな仕事が、前職場で係長も拝命されなかった彼に勤まることではあるまい。彼には彼らしい能力を発揮できる仕事場が他にあるような気がしてならない。
 確かに市長職は痛快なことに違いない。従来ならば面会すら容易でなかった社会的な要人らが市長室を訪れ面談することが出来るのである。
 ここに市長職の陥りやすい幾多の罠があるのだ。市長に面談を申し込む多くはなんらかの欲望につかれた人物であることだ。いわゆる最高権力者に接近することは何を意味しているものか、中央政権での黒い癒着がそれを示しているのではあるまいか。常に「国民ごとき者」という国民を蔑みながら、己れの権力にアグラをかき続けている官僚の悪あがきはどうだ。地方自治体が無縁だとは、老生にはどうしても思えないのだ。

 人には各々才能とか能力というものは備わっているものだ。それを見いだし成功する人もいるだろうが、多くの人たちは才覚を埋もらせているのが現状ではあるまいか。昔、海兵今町教員というのが現実であろう。あの秀才たちは己れの道を見いだし己の道を歩いてきたといえるだろうか。常に頭の中は「時代が時代なら、町教員で終わる自分でなかったはずだ」と、秀才の誉れと奢りとが社会を甘く見つめてきたような気がしてならないのだ。昔、神童、秀才といわれて育ってきた人物がイコール必ずしも社会の統率者でもなく権力者に位する人物ではないからだ。
 だが安部三十郎氏は市長に就任するや「市長だからよいのだッ!」として、何人もならぬとする庁舎規定を己れだけの選挙のための「自由の風」なるのぼりを市長室前に4年間展示してきたのだ。「何人たりもならぬ」という規定に逆らって「ただし市長の許可があれば」の但し書きを即座に応用するという常人にはない感覚を持っているところに老生は多大な危険性を感じてきたものだ。
 すべてが万事で「88の改革」とは、普通の有権者であればたまらなく低能な市長であることがわかる。安部氏には個人的な恨みつらみがあるわけではないが、米沢市政のつつがなさを願えば、情実で投票することだけは避けたい。米沢市の将来を憂うあまり老生は安部氏に進言する。 「君が為すべき職業は他にある。己れで模索せよ」と。

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kage


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