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市長の「自治体経営シンポジウム」とは、つまり選挙の事前運動だった。

kage

2007/10/21 (Sun)

 10月19日伝国の杜二階会議場で「みんなの会」が主催して行なわれたシンポジウムに出席した。ゲストに安部市長の早稲田時代の先輩にあたる防府市長・松浦正人氏を迎えての対談と思いきや「安部三十郎候補の選挙事前運動」であった。定員500名のホールを使わない訳は動員力に陰りがあったものであろう。
 ゲストの松浦氏は山口県から安部候補応援のために来米されたもので、氏の防府市改革論にはすばらしいものがあった。「始めて市議会議員に当選して感じたことは、議員たちのレベルの低さであった。この中におれば自分が駄目になってしまう、として1期で止め県会議員になった。さすが県会議員はレベルが高く3期勉めたが、市長に押されて現在がある。市長になって市政を精査したところ財政赤字転落寸前の状態で、改革につぐ改革を重ねてようやく市政の格好をつけて歩みだしたところです」と、テンポの良い語り口で聴衆を魅了したものだった。が、次いで安部市長の市政報告は「市職員の働かないことには驚いた。改革として朝礼を取り入れたりして職員の働く意欲を喚起する方策に力を注いできた。4年間市長として改革してきた88の項目を読んでいただきたい」前出の松浦氏とは異なり語り口のテンポの悪さはどうしたことであるか。内容に至っては聴く方が恥ずかしくなるような破廉恥極まるものであった。
 そして最後は松浦氏の安部候補の当選の後押しといったものだったが、さすがの松浦氏も安部候補の市政報告内容を誉め上げることを控えられたようであったが「安部市長の朗報を山口で待っています」と結んだ。松浦氏に応えて安部候補は「がんばります。皆様よろしくご支援のほどを」と願って報告会は終了した。戸口には支援の遠藤宏三・佐藤忠次議員がいて来場者に挨拶を繰りかえしていた。安部候補は握手々々の連続。
 明らかに「シンポジウム」とは名ばかりの「安部候補の市長選の事前運動」であった。感心したのは聴衆の拍手の切れがよいことだった。聴衆の大部分が「みんなの会」会員であったのかも知れない。聴衆は80名ぐらいであろうか。
 会場から出たところで聴衆のひとりが「会合に覇気がなかったようだ」という年配者はつづけて「安部市長の人柄がいい。前市長は口は達者だが、癒着が多く人物が悪すぎた」その言葉にさすがの老生も「高橋は老生の同級生だった」とは言えず「安部候補には市政を任されない、だから私は安部だけは駄目だと思っているんです」「そういう考え方もあるですか」雨の中での短い問答をして帰宅したが、会場で渡されたリーフはなんと「三十郎月影日記・第二集」第一集を読んで「これが米沢市長の書くことであるか」と半ば呆れ返っていたから目を通すことにもためらいがあるというものだ。他にアンケート、や改革88だが、一部で配布している「花も嵐も・米沢のウーマン」の奥づきに至っては「制作・米沢市長」と印字してある。

 再来年の大河ドラマに寄せる市長の熱意は評価するが、ドラマでは米沢の地名度がどれほどであるか調べる必要がある。 観光客対策の基本であろう。老生が「独眼流政宗」放映を前にして、NHK文芸部から書きあがった台本を借り受け、第14週までの放映までが米沢城であることを認識し「これならいけるぞ!」と事業を興したことを覚えている。

 シンポジウムで安部市長が話したことの中に重大な過ちがあった。市長曰わく、市立病院投書箱に3万円が匿名の手紙と一緒に入れられていた。手紙には「車椅子などを押してくれたボランテアの労苦に感謝の気持ちをこめて」とあった。
 それを市長は何を勘違いしたものか「米沢市はお金のもらえる市になった」と得意げに報告している。そもそも市政が行き届かない故にボランテアの方々がお手伝いした訳で、感謝されたのはボランテアであり米沢市ではなかろう。「ボランテアの皆様」とある以上、市が所有すべき金ではないのだ。


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kage


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