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鬼のひとり言 45 大河ドラマ「天地人」の放映に寄せて

kage

2007/06/29 (Fri)

 米沢の名が全国に知られるようになったキッカケはNHKの電波による「天と地」であり「独眼竜政宗」であった。そして三度、米沢市が舞台となるNHKの大河ドラマが放映される。

 三作品ともに戦国時代の物語であり、訪れるであろう大量の観光客は今も上杉米沢藩の城下町の風情を残した街並を想像して裏切られながら帰省することだろう。
 老生は全国町並み保存会の会員として、会津若松市の会員と行動を共にして全国各地の町並みを観て歩いた。いまでも鮮烈に思いだすのは栃木市で行なわれた「全国大会」のことだ。
米沢から来たという老生に「栃木市の雲井会」と称する会員から「米沢市といえば雲井先生の故郷ですね。当然ながら雲井龍雄の研究はさかんでしょうな」。 恥ずかしながら老生には返す言葉がなかった。雲井龍雄は米沢藩の異端者扱いされ市民の口端にのぼることはなかったからである。  
郷土の英傑の名を栃木市で聞くとも思えず、なかんずく研究会が発足しているなどは晴天の霹靂だった。 以来、老生の雲井龍雄研究がはじまるのだ。間もなく「戯曲・雲井龍雄伝」が出版される。
 また、八重山群島の竹富島の大会には東京大学と京都大学の研究生が各々30名ずつ参加する大きな大会となったが、山形県から参加したのは老生がただ一人だった。全国から参加した会員は市町村からの援助金を受けての参加のようだったが、いまさらの如く米沢市が町並みの整備に目ざめるには遅すぎた感がある 隣県の会津地方は早くから古い建造物をまもる運動が地味ながら立ち上げてきた。米沢市のように都会化に力点をおいた町並み構想とは正反対の立場を貫いてきたのが会津若松市であり蔵の街喜多方市なのである。少なくとも大正時代の建物は保存され街のあちこちに点在されて現役を維持しているのだ。 当市のように古い建物を無差別に壊すことはなかったのだ。
 会津の建造物群で知られ「大内宿」は会津復古会の肝煎りになるもので、年間一人の観光客もない地にいまでは年間数十万人が訪れる場所になった。理由は観光客の多くは「江戸時代」に郷愁を求めているからである。木曽の馬籠・妻籠も同様に村の家並みを「江戸」に変えたことで奇跡を生んだものだ。 だから米沢市の家並みを江戸に変えることを勧めているわけではない。いまさら出来る問題ではあるまいから。ならば駅前に江戸を作ることだろう。駅を降りた観光客のだれもが米沢藩の域下町のただ住まいがないことに裏切られて帰る。 これでは観光行政は成立するものではない。まず、上杉神社周辺を江戸に整備することであろうし、駅から神社までの距離をスムーズにする準備が必要であろう。 あくまでも上杉の亡霊にすがりつくことなく、直江兼継を主役とした演出を試みるべきものであろう。
直江兼継は上杉謙信・上杉景勝の臣下であり影の人物であっただけに観光客を納得させるトークが必要となるだろう。俄か仕込みの人物論を事細かに説明することは止めたい。観光客のハートに残る端的なエピソードに止めておくべきだ。「愛」の兜印などは絶好のトークになるだろう。残念ながら越後の出生であることが悔やまれるものである。説明者用のトーク台本は是非とも統一しておきたいものである。
さて、押し寄せる観光客に販売する産物があるかどうかだが。

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