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鬼のひとり言 ⑬ 歴史ある城下町づくり

kage

2007/03/24 (Sat)

上杉鷹山公は全国自治体の理想的首長の第1位に選ばれたが、米沢市の町づくりの核と哲学はあるか?
歴史と文化を表明する形骸化された市民憲章とは?
米沢市の町づくり構想はいかに?

 久しぶりに南原方面に所用があって、興讓館高校につづく道路を車で走った。道路際にあるフェンスには「学園ロード」と記してある。だれが名づけ親かわからないがただ1校だけの道路に「学園ロード」の名称は似合わないものだと思った。
 そこで老生なりにふさわしい道路名を考えてみた。ただ1校だけにつづく道ならば、京都に「哲学の道」があるように「勉学の道」としたほうが、城下町らしさを醸しだすのではあるまいか。
通学する生徒たちにしても何のために通学するのか自分の立場を律するためにも有効かとも考えている。
 興讓館は鷹山公が開いた米沢市が誇りとする藩校である。ゆえに「藩校の道」も考えてみたが、将来的には何校か連立するやも知れぬ広大な敷地であるから、「勉学の道」が妥当であろうと考えている次第だ。筑波学園都市構想は河野一郎の死で暗礁にのりあげたが、それにならって、現代風に命名したものであろうが、命名にあたっては歴史感があり文化の香りが匂うような命名にしたいものである。まして米沢市は上杉の城下町である。
町づくりに哲学をもった京都市は建築物の高さを規制した。勝手気ままに建造物を造られたのでは京都の町並みに期待を寄せて来日する観光客に「京都らしさ」を提供できなくなるという配慮からである。また、隣市、会津若松市にも城下町としての町づくり哲学があって、観光公社を中心に町並みの保存に懸命である。ご存じのように「武家屋敷」が早くから建造され、藩校「日新館」が復元されている。味噌蔵が「でんがく屋」になり、干物問屋が「女性専用の宿」となって繁盛しているという具合だ。若き頃、野口英世が勉学のために住んでいた建物は「野口記念館」として保存され観光に寄与していることは申すまでもない。
 おなじく、喜多方市も肩を並べるように「蔵の街」を提唱し、蔵を使った商店、造り酒屋の蔵座敷など、古い蔵を有効に観光行政が伸張しているようだ。
 山ひとつへだてた米沢市の観光行政はいかがなものであろうか。町並みは城下町にふさわしい町だといえるだろうか。観光客の多くは豊臣の五大老上杉の城下町だとあれば、それだけの期待を持って訪れるのであろうが、「米沢の何処に行けば城下町の風情が感じられるのですか?」と問われたときになんと答えればよいのか返答に困るのが実情ではあるまいか。
市全体を城下町風にするのは不可能であろうが、一点だけでもいい城下町の風情を感じさせる場所を創るべきであろう。春の武者行列には威風堂々たる姿勢さえあればよしとするも小野小町などを加えると祭りの趣旨が半減するばかりか滑稽なものだ。川中島の戦場におもむく行列は「たくましさと緊張感」を、合戦の場では「笑い顔のない真剣な形相で」をモットーにしてもらいたいものだ。


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