FC2ブログ
2021 05 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30. »  2021 07

鬼のひとり言 ⑦  理想のリーダー

kage

2007/03/09 (Fri)

全国自治体の首長が理想とした政治家とは?
[住民のことを考えた改革に共感!]江戸時代の藩主上杉鷹山公を改革者のトップに!

 今朝の読売朝刊全国版で「江戸時代の米沢藩主上杉鷹山公を改革者」をトップに掲げて報道している。
 徳川家康や坂本竜馬、松下幸之介、織田信長らを抜き、圧倒的な比率でトップを飾っている。その改革の理由は「住民のことを考えた改革」だったからだとされている。
 全自治体の首長を対象にしたアンケート(回収率・91.3%)で[理想のリーダー]として挙げた899人中、鷹山と答えたのは146人で徳川家康を大きく上まった。しかも鷹山と回答した首長は43の都道府県にわたっているという。
〈1〉 上杉鷹山146人 〈2〉徳川家康66人 〈3〉坂本竜馬55人
〈4〉吉田 茂44人 〈5〉西郷隆盛35人〈6〉小泉純一郎28人
〈7〉田中角栄26人 〈8〉松下幸之介25人 〈9〉吉田松陰25人
以下、10位には織田信長(23人)がつづいている。

 その理由は、リンカーンがゲデスパーグの戦場で演説した有名な「人民の人民による人民のための政治」すなわち民主主義の根幹を示した日より、約二百年以前に、公は「伝国の辞」によって、民は国の基であると説いているのだから、いうなれば「民」主役の政治を実践された藩主(リーダー)であったことになる。
 8年前のアンケートでは、吉田茂、田中角栄、後藤田正晴に次いで4位だった上杉鷹山が一気にトップに出たわけとはなんだろうか。地方財政の疲弊によって地方財政の再建への苦慮が大方を示しているのであろうか。
 いずれにせよ、米沢市の現在の首長と比較するのは酷な気がしないでもないが、自ら木綿の着物を着て治世に臨んだ鷹山公と、市長が許可すれば許されるのだと議会で得意気に答弁し、選挙時に使用した自己のスローガンである「自由の風」なる幟りを、市長室入口に飾っている自己本位の首長の感覚とは大なるへだたりがある。
 鷹山公治世時にも家臣による騒動は起きた。現市長のもとでは仕事が出来ないとして定年を前にして4人の部長が退職した。本年もそのような部長級退職が増える勢いだ。異質な人事とされた[参与]の-人は「本市の市長は変わった人間だ。何を考えているかわからない」と言って「やってらんないよ」とケツを捲って福島大学に帰っていった事情を市民は知っているのだろうか。
 しかも[参与]は市役所の組織図にはない役職なのである。それを市長の職権で実現したものだ。
由来、行政とは組織で動くものである。それを市長になったからといって自己本位の感覚で行政の組織を無視することは許されるものではない。

 南陽市の[佐藤病院の米沢進出]を阻んだのも安部三十郎である。「アルカデア構想による敷地であるから、病院の設置は趣旨に合わない」また「祖先の土地を市に売渡した者として趣旨にあわない」と述べているが、事実は土地売渡しの最後の最後まで承諾印を押さず、周辺の土地売渡し者に迷惑をかけてきたのは、誰であろう現米沢市長安部三十郎その人である。
 当該病院の進出には「諮問委員会をつくって諮問する」という市長の態度、「前市長からの検討事項だ」という院長に「私は聞いていない」と惚けた返事を繰り返していた。結果、業を煮やした院長は「悠長でわけのわかんない市長では事業が遅滞するばかりだ!」と、南陽市に完成させた。建設費何十億、期待される付帯事業、ならびに米沢市における経済効果を簡単に否定した事実は鷹山公の治世とは雲泥の違いだ。これでは全国、ワースト首長のトップを飾るのではあるまいか。

 多くの有権者は「市長になって一期だけでは何も出来ないべ。もう一期くらいさせてから判断してもええんでねえべか」とする同情論もある。 「冗談じゃねえ、奴に、あと4年も市長の椅子に座られたら米沢市は破滅してしまうッ!」という怒り狂う人たちもいる。
「公約の芝生を敷き詰めたサッカー場の建設は?」「由緒ある刀剣であっても無駄な支出だ。その費用を書籍購入費にあて、町中に図書館をつくる」という約束はどちらも今になって「お金がかかるから出来ない」とは、市長の言うことではあるまい。
 こんな政治・行政ともに能力の欠けた人物は晩秋の「市長選挙」で有権者の手によって淘汰せねばなるまい。それでこそ、改革者上杉鷹山公も浮かばれるというものであろう。
 先の見えない過剰な投資で再建団体におちた「夕張市」の前に米沢市は「再建団体」を経験した市でもある。喉元過ぎたでは済む問題ではあるまい。先を読めないリーダーや、人の意見に耳をかせない自己中心で[唯我独尊]的な感覚のリーダーには10万市民の暮らしを任せるわけには行くまい。
平等の悪癖は有権者の良識の是非を無視した選挙にあることだ。平等を決して否定するものではないが「米沢市百年の計」を考えた時に、リーダーの資質をもう一度注視して投票してほしいと願うのだ。
 オリンピックに勝利するには、それぞれの種目選手に与えられたハードルというものがある。市長に立候補するのは各自の自由だが「立候補する前に超えなければならないハードルがある」そのハードルとは「市民のために自我を減した行政が出来るか否か」だ。鷹山公は実践したが、現市長は自我が先導して人の識見に見向きもしない人物だ。今では首長の資格はないとみるが如何に?


コメントフォーム

kage


URL:




Comment:

Password:

Secret:

管理者にだけ表示を許可する

この記事へのトラックバック