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市庁舎建替と異常気象

kage

2018/08/31 (Fri)

市庁舎建替と異常気象

 9/3より開催される9月定例議会で市庁舎建替の発注が承認される。発注額は43億円だが、その25%は国からの補助が見込めるので32億円程が市の持ち出しとの事だ。

 国からの助成金を期待して工事を行うことに異論は無いが、ナセバの場合を思い出して貰いたい。当初16億円の計画が約30億円に膨れ上がった上に、40%と言っていた国からの補助金は約35%止まりであった。
 当初計画より10数億円もの増額は結局市民の負担となったが、当局は「想定外の事象により・・・」と責任を取らないばかりか反省の色さえも無い。

 国からの助成金は完成時期に制限があるので、ろくろく内容を検討しないで工事に取り掛かり、後に増額を繰り返して完成するのが本市の常套手段であるようだ。
 工事費の増額は当然議会承認を必要とするが、議員団は増額議案に「認めなければ完成出来ず、これまでの投入資金が無駄になる」として賛成票を投ずるから、青空天井的に工事費は増大する。 
 そして、議員団は「何故増額に及んだのか?」「その責任は誰にあるのか?」などの検証は「もう済んだ事」として行わない。
 今般の市庁舎建替も、「議会承認さえ得れば後はどうにでもなる」として杜撰な計画が議会で諮られるのではないかと危惧している。

 今夏の異常気象の「ゲリラ豪雨」は河川の氾濫だけに止まらず、町中の道路を川の如く水が流れ、多くの被害を出したシーンを幾度も目にしている。
 米沢市は逆に雨が少なく水不足の今夏であるが、「ゲリラ豪雨」が本市を襲わない保証は無い。もし豪雨に襲われたら、松川の堤防が決壊せずとも、水は高きより低きに流れる条理から、低きに在する市庁舎付近が水浸しになる事は必至である。
 この時、水害対策本部を何処に置くのであろうか? それに松川の堤防が決壊しないとも限らない。その場合の対応策は?
 

シュウ氏への返答

kage

2018/08/30 (Thu)

シュウ氏への返答

 当ブログに意見を寄せてもらうのは大変喜ばしく感謝申し上げる。シュウ氏は市立病院の建設地について「鬼の会の対案はどこに建てるのか、是非お聞きしたいものだ。」とのことなので、小生の考えを述べてみたい。

 市立病院の建替に関して、市民も議会も「建設地」に関心が向けられている現状を残念に思う。
 そもそも「建設地」とは、その業務内容によって定まるものであるが、米沢市立病院の業務内容についての報道は未だ耳にしていない。耳にしているのは、
①「地域医療連携推進法人」を設立する。
② その法人に米沢市立病院と三友堂病院が参画し、米沢市立病院は急性期医療を、三友堂病院は回復期医療を担う。
と言うことだけである。

 8/24の図が示す通り、「地域医療連携推進法人」という一般社団法人に、米沢市立病院と三友堂病院が個別に参画するのであるから、両病院は独立した法人として存続する。

 現在の米沢市立病院は総合病院だが、救急・急性期医療のみに特化するのであろうか? 精神科医さえも確保出来ないのに救急・急性期医療の医師を確保出来るのであろうか? 現存する科はどうするのか? これまで年間10億円程の赤字経営の米沢市立病院だが、「地域医療連携推進法人」設立後、三友堂病院との財務関係をどうするのか? 米沢市立病院が抱える約100億円の累積赤字をどうするのか? 現在の市立病院の従業員の扱いはどうなるのか? 米沢市の官地に民間の三友堂病院を建てる計画のようだが、賃借とするなら「魚民」の如く必ずや将来に問題が発生する危険があるが、対策はどうなっているのか? 一般社団法人扱いの法人に国や県の助成金は期待出来るのか?
 などなど、議論された話は耳にしていない。

 敢えて「鬼の会の対案は?」と問われるのであれば、
① 県立病院の誘致(県立病院は山形市より南には無い)
② 本市にある国立病院を須賀川市のシステムに(須賀川の国立病院は「独立行政法人国立病院機構福島病院」として、内科・神経内科・小児科・外科・心臓血管外科・呼吸器外科・整形外科・産婦人科・脳神経外科・小児外科・発達小児クリニック・小児神経外来・小児心療内科・ペースメーカーを有する)
③ 日赤病院の誘致(日赤病院が無いのは、奈良・宮崎・山形の3県のみである)

 場所を論議する前に「米沢市立病院」がどうあるべきかを論ずるのが肝要ではないか。
 因みに、当初国が発表した「地域医療連携推進法人」のシステムに大きな関心を示して名乗りを上げた自治体の多くが撤退している。それは此の法人がメリットを生むに難しいからである。

 酒田の日本海総合病院が中核となり、市内の9法人が参画し「日本海ヘルスケアネット」を立ち上げたが、それは日本海総合病院という強力な病院が核になった事と、それをまとめる優秀な人材の存在にあるが、そのどちらも持ち合わせていない米沢市の「地域医療連携推進法人」の行く末は・・・・


色部長門守「碑前祭」

kage

2018/08/30 (Thu)

色部長門守「碑前祭」

 8/26、戊辰戦争150年に因み、米沢御堀端史蹟保存会による色部長門守「碑前祭」が、遠くは千葉・山形からの参列者を得てしめやかに執り行われた。

 家老職の色部長門守は、戊辰戦争に於いて官賊(官軍と名乗る西軍)が攻め来るであろう新潟港の守りと、新潟の治安を守るべく総督としてその地に赴き、新潟港から上陸した官賊との戦禍を新潟に及ぼさぬよう、郊外の関屋にて抗戦したが、銃器に勝る官賊の銃弾に倒れ、新潟関屋の地で果てたのであった。

 敗戦処理として明治政府から米沢藩の責任者を差し出すよう命じられたとき、米沢藩は既に亡くなっている色部長門守を届け出、当時は命より重んじられた家名の断絶処分が下された。こうして色部長門守によって米沢藩は護られたのである。

 新潟では色部長門守の功績に感謝し、昭和7年に顕彰碑が建てられたが、米沢市にはそれが無いことは恥辱であるとして、昭和37年篤志家により現在地に「色部長門追念碑」が建てられた。

 しかし、NHKラジオ中継局建物の裏にあり、それこそ恥辱であるとして、小生はNHKラジオ中継局の移転を大物政治家の協力を得てほぼ可能となったとき、我妻企画調整部長は「民間が介入して移転問題を進めるとうまく行かなくなるので、これからは市に任せてくれ」と言って2年経過した現在、NHKとの移転交渉は途絶えてしまった。

 その後の移転交渉経過報告会の開催を求めると「報告するものがないので報告会は開かない」と、「遅れず・休まず・働かず」の金科玉条を守るに必死の当局である。

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米沢市立病院のこと

kage

2018/08/24 (Fri)

米沢市立病院のこと

 米沢市立病院の建替用地は、「現在地」が有力であったが、議会より「北村公園へ」との提案もあり検討されていたところ、「現在地に市立病院・三友堂病院を建設すると決定した」との報道があった。 
 毎日新聞によると「コンサルティング会社に検討を依頼し決定した」とあり、山形新聞には『島軒純一議長は「市民に説明できるよう議論は尽くした。議会としての役割は果たした」』とある。

 建設地を決めるには、コンサルティング会社に検討を依頼するのではなく、市民の声を集約して決定するべきではないか?
 又、島軒議長の「議論は尽くした」とのことだが、どのような議論が為されたか、それを知る市民は如何程か?

 小生が耳にしているのは、「地域医療連携推進法人制度に則り、三友堂病院と一般社団法人(地域医療連携推進法人)を設立し、米沢市立病院は急性期医療を、三友堂病院は回復期医療を担う」との内容だ。

 下図は厚労省がweb上で公開しているものだが、見て分かるとおり独立した米沢市立病院と、独立した三友堂病院が「地域医療連携推進法人」に「社員」として参画するのである。即ち、現在の病院を廃止して三友堂病院と一緒の会社を作るのではなく、米沢市立病院は存続するのである。

 現在の米沢市立病院は総合病院の形態であるが、総合病院を止め急性期医療だけに特化した病院にするのであろうか?
 急性期医療分野で医師不足が社会問題になっている昨今に、精神科医さえも確保出来なかった米沢市立病院が、もっとタイトな急性期担当の医師を確保出来るのであろうか?
 独立した医療法人三友堂病院を米沢市所有の土地に建設するのは如何なものか?
 ポポロビルの借地・借家問題やNHK放送局の借地・借家問題で失態を呈した米沢市行政・議会が、将来に禍根を残さない契約を三友堂病院と締結出来るものであろうか?
 
 島軒議長は「議論は尽くした。」との事なので、「広報よねざわ」で以上の疑問を市民に伝えてもらいたいものだ。

市立病院

漸く解体【平和通りアーケード】

kage

2018/08/20 (Mon)

漸く解体【平和通りアーケード】

 平和通りアーケードは昭和52年に設置されたが、平成24年1月に大沼デパート南側が倒壊した。
 当会は当ブログで経年劣化による更なる倒壊の危険性を指摘すると共に、市に対応を進言したが「商店街の所有物である」と、市は関係ないとの如く「にべ」も無い。【参照クリック】
 アーケードを設置した当時の中心市街地商店街組合員50数店舗は、現在2店舗しか無く「商店街の所有物であるから組合で対応せよ」と言われても資金面の困難から手つかずの状態であった。
 そして、当ブログ記事を見た市民のS氏は興譲小学校・東高校に直接出向き、登下校時の危険を伝えていた。

 安全・安心と中心市街地活性化を謳う米沢市であるが、その対応の鈍さに「公金を使っても早急に撤去し、市民の安全に供すべし」・「危険極まりないアーケードが中心市街地活性化のシンボルとは情けない」等の市井の声に、漸(ようや)く「解体撤去費用の約80%を市が負担する」との予算が9月定例会に上程され、今冬までに撤去される見通しだ。

 遅きに失した中川市政の対応ではないか。安部市政では新文化複合施設の建設用地を確保しない状態で設計料その他の公金を素早く支出し、用地が確保出来ないことから3,000万円の無駄を出した。    それに懲りずに田沢上水道建設でも同じように土地を確保しないで計画を進め、素早く3,000万円の公金支出を行った結果、土地が確保出来ずに同じ無駄金支出があった。
 かように無駄金支出には迅速な行動の当局だが、こと、市民の利益になる公金支出には極めてスローである。

 鍛冶川油汚染で「汚染源は廃業した染色業者の地下タンクと思われる。よって近くをボーリング調査し発生源を特定してほしい」との請願が採択されたのは昨年の9月定例議会であるが、1年経った今でも発生源を特定する作業は行われていない。
 驚く事に「発生源の特定が目標ではない」と勝手に請願内容を歪曲して、発生源から離れた場所に井戸を掘り、「井戸水が汚染されるか見守る」と、素早く80万円の公金支出を行った。

 請願者は「将来、井戸水が汚染されれば、市民生活に重大な悪影響を及ぼす懸念有り」として「早急に発生源を特定し、原因の排除を願う」と訴えたにも関わらず「井戸水が使えなくなるのを見守る」では「結果が出たときには万事休す」であろう。

 当局がこのような無駄金支出に精を出すのは何故であろうか?
 無駄金支出の後には、もう1度必要な公金支出があることから、「業者から2度のキックバックが懐に入る」とする担当者の思惑が有るのではないかと勘ぐりたくなる。
 

綱木獅子踊り

kage

2018/08/16 (Thu)

綱木獅子踊り

 8/15に綱木獅子踊りを観覧した。会場で手にした「観覧のしおり」によれば、430年も昔、会津蘆名(あしな)の家臣穴沢一族の綱木攻略に遠藤・佐藤一族が抗戦し、多数の戦死者を出したことから、亡くなった兵の弔いとして行われたのが起源という。

 過疎化が進む綱木集落での継続が困難となった平成18年にしきたりを簡素化し、男女や家柄を問わず広く人材を受け入れたことにより命脈を保ち、年々盛んになったとのこと。
 
 獅子頭は神札を漆で固めて会津塗が施され、頭部にはチャボの羽をあしらう作りは実に美しい。

 全国数ある獅子踊りの中で女性が演じるのは極希であるが、写真の最下段は女性が演じている。

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今年も団十郎

kage

2018/08/13 (Mon)

今年も団十郎

 昨年より団十郎なる朝顔を愛で楽しんでいる。今が盛りと咲き誇っている此の朝顔の特徴は、写真の如く海老茶色の花弁と黄緑の葉の鮮やかさだ。
 花弁が二代目市川団十郎の、「暫」で用いられた法被の色に似ていることから、 この名前が付けられ、葉は黄蝉葉である。

 梅雨が明けると咲き始め、夏の暑い盛りに咲く朝顔だが、俳句の季語では秋になっている。立秋が8/7~8/23なので、その頃に開花の盛りを迎える朝顔なので秋の季語ということだ。
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色部長門碑前祭

kage

2018/08/09 (Thu)

色部長門碑前祭

 今年は「戊辰戦争150年」と称しているのが東北で、西の方では「明治維新150年」と言っている。歴史の捉え方に敗者と勝者では雲泥の差があり、小生は米沢人として150年の節目を敗者の立場からしか眺める事が出来ず、西の人のように「明治維新150年」として祝う気にはなれない。

 今日日(きょうび)米沢人として「色部長門」の名を知る人は少なくなったが「戊辰戦争」と言えば「色部長門」を語らずにはいられない。

 西軍が東北討伐に軍を進めてくると、武器に劣る東北諸藩(会津藩を含む)は勝ち目の無い事を悟り、西軍に「恭順」の意を表した。しかし会津藩・荘内藩の二藩は「恭順」が認められず、西軍は東北諸藩に会津藩・荘内藩の討伐を命じた。
 米沢藩・仙台藩を中心に「西軍の命に義は在らず」「会津藩・荘内藩を援護すべし」として「奥羽越列藩同盟」が結ばれ、米沢藩は越後にて西軍と交戦することとなる。この時、越後に総督として出陣した「色部長門」は、米沢武士の面目を施し奮戦したが、新潟関屋の地で西軍の銃弾に果てたのであった。
 この間僅か三ヶ月であったが、関屋土民は「色部長門記念碑」を造立し、碑文には「保境撫民」(国を護り、民を大事にする)と彼を讃えている。

 戊辰戦争を制した明治政府から米沢藩に責任者を差し出すよう命じられ、このとき藩士宮島誠一郎は、既に死亡している「色部長門」を反逆首謀者として届け出た。これが認められ、米沢藩は色部家の「家名断絶」という処罰で済み、他藩のように切腹などの犠牲者を出さずに済んだ。
 宮島誠一郎は色部一人に罪を負わせたことに自責の念を持ち、色部家復興を試み、後にその願いは叶えられ、米沢でも「色部長門追念碑」が有志によって造立されたが、NHK米沢ラジオ中継放送所の裏手の為、米沢人でも知る人は少なく、早々にNHKの移転を望んでいるが、このことに中川市政の関心は薄い。

 8/26に「色部長門碑前祭」が行われるので多くの市民が参加される事を望んでいる。 

色部

秋田竿燈まつり

kage

2018/08/08 (Wed)

秋田竿燈まつり

 稲穂に見立てた竿燈が夏の夜空に揺らめき、五穀豊穣を祈願する「秋田竿燈まつり」を8/3観に行った。
 270年もの歴史を持つ国重要無形民俗文化財で、大きな竿燈を自在に操る差し手の技は正に職人芸だ。今年の参加竿灯は279本と、人口減少の秋田市ながら年々増えているという。

 「秋田竿燈まつり」は3~6の四日間行われ、130万人が訪れるという。祭りには、幼い子供から年配者まで加わり、伝統の行事として270年も伝わることに感服した。 

 尚山氏に指摘される如く、米沢市の夏祭りはあまり元気が無いが強いて言えば「愛宕の火祭り」が挙げられるか。

小生は城史苑北側に隣接する広場にスポンサーの協力を得て「慶次の館」を建てた。しかし此の地所は高橋幸翁市長の時代に住民の承諾無しに道路を遮断したため、建築基準法では倉庫しか建てられない現況にある。
 そこで中川市長に、違法な道路遮断を解除し店舗建設可能な状態に戻して米沢市民の「お祭り広場」として活用すべしと交渉してきたが、中川市長は、話の途中で席を立ち、その後会見を申し込んでいるが9ヶ月経った今でも応じる気は無い。

 かように、市民活力でまつりを盛り上げようとしても、中川市長は一部の利権者と結託しているものか、市全体の利益には関心が無いようだ。
 このような状態から中川市長を刑事告発することも考えたが、スポンサーである地主は「自分は80才を超えている。裁判の結果を待ってはいられない」と別の用途を考えた為、慶次の館にある「慶次フィギュア」も他に移し、安部市長の「空白の12年」と、中川市長の「暗黒の3年」に意気消沈し、筆が進まぬこの頃に、有能な市長候補が出ないかと願っているが、それはまだ先のようだ。
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