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「百科辞典ブリタニカの書籍版の発刊取り止め」

kage

2012/03/16 (Fri)

 安部市長は街中図書館設置に、やっきとなっているが水をさすような報道が昨日の中央紙で報道された。

 活字ばなれ時代の趨勢によって本社がアメリカ・シカゴにあるブリタカが書籍の発刊を13日で取り止め、インターネットを通じた電子版に全面的に移行すると発表した。 244年の歴史に幕をとじたことになる。

  ブリタニカは1768年に英国スコットランドで創刊され多くの国で普及し、わが国でも戦後インテリ家族らの備品として多いに売れたが、なかなか難しく活用されたかどうかはわからない。
米国のメデイアによると、米国での販売は1990年の12万部をピークに売り上げが激減し、発刊を取り止めるにいたったものだ。

  このように現代では如実に書籍離れが進行しブリタニカも書籍発刊を取り止める現実にあるにもかかわらず安部市政は多額の借金をしてまで図書館を街中につくり、中心街の活性化に寄与する計画のようだ。

  インターネットが普及した現在において、いかに人類の活字ばなれが激しいかを考えてみれば、図書館をもって活性化するというのは時代に逆行した施設と思われる。
為政者である安部市長はもっと歴史の流れを勉強し世界の趨勢に目を見開くことが肝心なことであろう。

今後採算が望めないポポロ跡地を行政に買わせ、自己関連所有の土地をあづま会に売る。

kage

2012/03/14 (Wed)

 世間では上記のような計画が酒井彰氏(商工会議所会頭)の恐ろしい狙いだろうとする噂がまかり通っている。

 ポポロ跡地は安部市長による「町中図書館構想」と一致。いずれは新文化複合施設として出来るのであろう。が、「先月23日、伝国の杜で開かれた新文化複合施設の基本計画案についての住民検討会が開かれ、事前申し込みを行なった一般市民約80人が参加して基本設計の中間案がまとめられたものの、利用する住民意見がどの程度反映されるかは不確定だ」

 以上が米沢日報の記事を引用したものだ。会議はわずか1時間3 0分程度で終わっだが、検討会にしてはあまりにも短時間でなかったかとする市民の不満が募っていたという。

  さて、行政安部市長側とポポロ館の所有者酒井彰氏との間で進んできたポポロ跡地の新図書館構想は二人の意のままに進展しているが、はたして設置場所が町中が適地であるかどうか。いまもって異論を唱える市民が多いものの、市民の意見が反映することは無いであろう。

  小生の青年時代には図書館は興譲館近くの文殊堂内の森の中にあった。
調べ物があると米沢駅前からずいぶん遠い距離を歩いて通ったものである。
図書館には二人の所員がいて調べたい項目を丁寧に聞きとり要求を満たしてくれたものである。いずれの所員も興譲館に通う夜学生であった。
今のように新聞や小説類ましてマンガ類などが置いてあったかどうかは知らない。小生らが図書館にもつイメージはたんなる読み物やマンガ類ではなく、調べるのは自宅にはない参考書や学術的な文献であった。

  福島市にある図書館は福島美術館に並列してあるが、小生の見た図書館には応接セットのあるスペースがあり老人たちが横になって、朝刊を読んでいる光景だけだった。
調べる書籍を探して6時間ほどいたが、図書館を訪れる人はなかった。
小生がいた時間がそうであったのであろうと帰ってきたが、翌日も来館する人の姿をみたことがない。
かように図書館の使命は無くなったのかと思いつつ、文献・参考書類は自宅で買うことにして小生の図書館通いには縁が無くなっている。

 だからといって図書館が不要だというわけではない。横になって読めるような小説類やましてマンガ類などを読みにくる市民のために図書館ありきというのは小生は不賛成なのだ。
現代は活字離れが著しいと聞く。ならば図書館ありきの意義はどうなるというのだ。時代におくれをとらない図書館とはどのようなものであるか。図書館新設に情熱を傾ける安部市長の図書館の使命とはどんなものであろうか聞いてみたいものだ。
町中に図書館が出来てどれだけ中心街が活性化するというのだろうか。小生には甚だ疑問が残る。

  さて、恐ろしいと市民が噂する酒井彰氏の次なる野望の実態だ。
なぜ彼は「あづま会」の理事長に就任するにいたったか謎を考えてみよう。
前松田俊春氏を理事長から追い出し、しかも一時しのぎに根津・岩間信金関連者を後釜に据え、天満神社関連土地の登記を済ませた時点で岩間元信金理事長をあづま会の理事長から罷免する理由には何があったというのだろうか。

 いまになって元あづま会理事長の松田俊春氏のことばを思い出す。
「私が話すと多くの人に迷惑をかけるし、選挙妨害にもなる」として、一言も口をつぐんで話さなかった意味の深さを今になって考えてみると事情通の話に納得させられる。

  米沢信金本店の東側に太田建設社員の口ききで買い求めた自分名義の広い酒井彰氏関連の土地がある。
市民の間ではいずれ都会の人間がホテル業を営む用地だとして知れた土地である。 
酒井彰氏は当該土地を売って金に代えようした。
それには「あづま会」が探している代替地に相応しい土地だと知恵をつけた人物がいるに違いない。
あの広い土地に一括現金を出せる人間とはだれだと考える。知恵をつけたのが太田建設の当該社員だという。

「あづま会の施設が地すべり地区にあり、松田理事長が移転先として町中に施設を考えている。現に商店街駐車場を買い取る計画が進行している。松田理事長の理事会無視の独断専攻を理由に理事長を解任して自分の息のかかった人間を理事長に据えれば施設が保有する10億円を超える資金が便えるではないか。その資金を使って土地を買わせ、施設をその土地に建てることだよ。そのためには味方になる理事を揃える必要があるだけだよ」 
酒井彰氏はこの案に夢中になったというのだ。

 この話が事実ならば、信用するに無理はないのだ。
松田俊春氏が口にも出せない「悔しいが裏事情が読み取れる」のだ。

  そして現在、信金本店東側(酒井彰氏関連土地)にあづま会による特養施設建設が県に認可打診が行われているという。(某新聞記者談)

 人は「金力と権力」にはとかく弱いものだ。 安部三十郎の市長権力願望と酒井彰氏の金力願望が見事に合致したものだといえよう。

安部三十郎の「歴史感」に意義あり

kage

2012/03/07 (Wed)

 多少、小生の記述は前後する。
最近のことだ。「米沢日報の一面記事を読んでみろ」と、憤懣やるかたない面持ちで差し出した一面記事は、2月19日付の米沢日報新聞であった。

 トップ記事の内容は、驚くというよりも安部市長の「歴史感の粗雑さ」に呆れかえるよりほかはなかったのだ。
とかく市民の間で土地取得に疑惑の多かった門東町の天満神社跡地である。疑惑に関する問題は訴訟事件に発展しそうだから結果を待つとするが。

 さて、市長は中心地活性事業の一環として天満神社跡地を買収し「歴史公園を設置」し誘客を高めるという政策であったはずだ。
小生は跡地につくる「歴史公園構想」とはどんなものか想像もつかないでいた。
ところが新聞に発表した歴史公園の内容とは、歴史公園とは名ばかりの遊園地構想と少しも変わらない施設であることがわかった。

 これらを審議したであろう「産業常任委員」のメンバーの中にはこれでは公表するわけにいかないと反対するメンバーが一人もいなかったという不思議さ。 こんな企画しかできない産業常任委員会の歴史感の非弱さをみると、市長がもっている我儘勝手な歴史感でマインドコントロールされているのを感じる。

 まず、過去にあるように市長に反対意見をもつ職員が役所を追われた現実が何例もある。
彼らに本音を尋ねてみると異口同音に「安部市長とはやってらんないよ!」と答えるのだ。

 安部は早稲田法学部を卒業してから、先輩に誘われて元の世紀工業の総務部に8年間在席した男だと、その先輩の言葉だ「彼は8年間、総務部にいて部長にもなれなかった人間だよ。どんな男か言わなくてもわかるというものだろう」

 とにかく彼は他人の意見に耳をかさず自分第一主義を貫いて生きてきたようだが、彼の亡くなった父親と興譲館中学で一緒だったご仁の話では「親子だからDNAが似たもの同志だろうな」と冷ややかに笑う。

 小生が今でも不思議に思うのは「これだけ自分勝手な論旨で8年間も市長職にいられた事実だ」今もって選挙制度の不思議さを思ってみる。

 議会を覗いてみた。まったく生きた人間が集まって審議している議場とは思えないほど活気のない議場だった。
議員の質問にこたえる市職員の声にも張りがなく原稿にしがみつくだけの答弁。市長が答弁するところを市職員が代わって代弁するという情けなさが本議会で通用しているという按配だ。
ときおり市長が答えることがあるが、人の知らない歴史上の人物の名をあげて悦に入っているばかり。もはや米沢市議会は機能しているとは思えない。

 休憩時に議長が小生に声をかけてきた。小生はそこで「議会はこれで機能していると思えるのかね」と苦言を呈せずにはいられなかった。

米沢市民に訴えたい!「金力の前に平伏した、だらしない米沢市政の実態を見よ」

kage

2012/03/06 (Tue)

 人はだれしもが「権力」と「金力」の横暴には逆らえないもののようだ。民主的な国家ですら国民の目につかず、知りえないところで横暴は繰り返されている。

 権力とは怖いものだ。国家権力に限らず地方県政がもつ権力や地元の市政・町政においても首長のもつ権力によって地元の人々の生活は左右されるものだ。歴史上語られている多くの秘話で知られることであろう。

 現職三期目の米沢市長選挙も年末に終了した今だから言おう。
市長選挙の結果は米沢市の有権者の錯誤だった。米沢市の伸張のためには危険な過ちであったであったことを知るべきである。

 いまさらどうにもなるものでもあるまいが安部市長を選出した米沢市の有権者の選択は限りなく米沢市の歴史に暗く汚点を残す結果となってしまった。
安部市長の自分勝手な市政運営には開いた口が塞がらないことが今もって米沢市政に反映されているのだ。

  まず、安部市政一期目の議会の冒頭、市庁舎規定に関する質問への答弁を思い出す。
市庁舎使用禁止規定には「ポスターならびに、選挙に関連する物品を掲げることを禁止する」とある。 これには歴代市長が守り抜いてきた条令である。
禁止規定には「但し書き」がついている。但し書きには「市長の許可があればよい」とある。
議員の質問に安部市長は「私が市長であるから」と答えて自分の選挙時に使用した「自由の風」なる「のぼり」を庁舎の目立つところに持ち込み飾り付けているのだ。
小生は歴代市長のだれひとりとしてやったことのない庁舎使用禁止条令に記載されている「市長が許可すれば別だ」という但し書きを手玉にとって、「市長はオレだからいい」との奇弁をろうして己れの選挙のぼりを庁舎にもちこんだ安部に以後の米沢市政の暗雲を感じていた。

  そして、米沢市の組織にはない「参与」制度をつくり、福島大学教授他もう一人の大学教授をあて行政顧問的な存在に据えたが、安部自身が顧問らに相談することがなく、教授らとの意見が違うことによって教授らはホトホト愛想を尽かして福島の大学に帰ってしまうという具合だが、それだけではない市政運営に異論を挟む郡長をことごとく退職に追い込む姿勢は今もって続いているのだ。
いまいる職員はすべて安部市長の意見に逆らう職員は一人もいないという現実は市政は安部市長の独裁と言っても過言ではない。

  小生は雲井龍雄祭の席上安部市長に「市長はあまり評判がよくないから、自重して市政にあたるべきだ」と進言したことがある。安部初当選の頃だと記憶しているが以来安部は小生に対する態度はまったく良くないのだ。安部市長は他人の意見を聞こうとする度量もなく自分に尾を振る人物だけに擦り寄って生るだけの不幸な男である。
この男を市長に担ぐ以上、世辞をもって市長に近付けば良いことになる。

  三期目の市長選挙では安部を代えたいという世論が活発だった。その一例が小野川ゆかりの女性旅館経営者だった。彼女の出馬には市長当選するなどより「米沢市をこいままにしてはいけない」との信念と願いだけだったと聞く。

 小生は現在「よねざわ鬼の会」の主宰者として七十八才になる老齢者である。噂では「悪口だけを探がして書いている団体だ」と批判する御仁もいるようだがはっり申し上げて現在も「社団法人日本演劇協会」に所属している以上つまらない活動ができないのだ。川西町出身の作家の井上ひさしさんが所属していた会で「第二回日中演劇交流」に参加して北京で一流の舞台人と交流もしてきている。

 当会は、市が回収した資源物を地元の古物回収業者に無料でくれていた行政に対して「回収した資源物は金になるから売るべき」と進言したことがある。
ところが安部行政の反発は以外なほど強く「住民監査請求」を三度も繰り返した経過がある。
現在では当会の行動により四億以上の代金が米沢市の会計を潤わせているという具合だが、行政からは一言の挨拶もなけれ報告すらない。すべてが無視されたままである。
体面上、行政は市民の知恵に従うわけにはいかないのであるか。民間人の知恵から市の収入が増えたとは行政メンツにかけてもいえないのであろうか。
 このように出来の悪い安部行政である。トップが悪ければ事業所は潰れる。米沢市は潰れかけた事業所みたいなものである。それに加えて市長の後援会「みんの会」の会長斉藤喜一は建物も建てられない死に土地を売りつけた希代の詐欺師不動産屋であることが知られている。

次回は行政が「資金力の豊富な地元企業のために仕組んだ黒い企みの事実」を披露する。