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「みんなの会」とは「安部個人の会」

kage

2011/06/13 (Mon)

  安部三十郎市長の支援団体「みんなの会」の名前を知る人は多いと思うが「市民グループ」と表記していることから不特定多数の市民による支持団体と解釈している市民が多数と思われる。
かくゆう老生もその認識で今までいたが、県選管より前回の市長選(平成19年)の「みんなの会収支報告書」を入手しその実態を知る事となった。

収支報告書の数値を以下に記す。

収入総額              ¥9,537,360.-
内訳    前年度繰越             652,807.-
       H19.08.10 安部真理子より   400,000.-
       H19.09.27 安部三十郎より  1,200,000.-※
       H19.10.08 安部真理子より  1,000,000.-
       H19.10.31 安部三十郎より  1,500,000.-
       H19.11.09 安部三十郎より  1,000,000.-※
       H19.11.16 安部三十郎より  1,000,000.-※
       H19.11.19 安部三十郎より  1,000,000.-※
       H19.12.20 安部三十郎より  1,000,000.-※
        その他より            784,553.-
       ※は米沢市市政研究会の肩書き有り

 「みんなの会」の正式名称は「夢のある米沢をみんなでつくる会」とあり活動費及び市長立候補時の選挙費用の全額近い額が安部三十郎夫妻から出ていて活動資金は安部三十郎夫妻の丸抱えであることがわかる。
  したがって「みんなの会」の実態は「夢のある米沢をみんなでつくる会」とした理念で米沢市民が結集した会でないことが分かろうというものだ。
選挙時に動員される「みんなの会々員」たちは単に集票マシーンであればいいだけだ。

 結論からすれば「米沢市長の椅子」は安部三十郎個人の金銭で買い取ったものである。
したがって、にわか金満家に見られる思い上がりで歴代市長の誰もが実行しなかった市庁舎の禁止規定を破る、選挙時に使う「自由の風」なるのぼりを市庁舎内部に飾りつけて恥じない鉄火面ぶりである。

  「米沢市長の椅子」は安部夫妻の名誉心を、米沢市に売った広大な土地代金が満たしたものといえよう。
土地代金とは「アルカデア構想」によって市か買い上げた農地である。
  安部の農地は他人の農地に隣接していたが、他人は市の要請によって売ることを決め金銭の授受を待つばかりとなっていたが、肝心の安部自身が訳の分からぬ御託を並べ承諾印を押さなかったために土地を売り渡した地主たちが困った。
ごねにごねて安部は印を押して土地を売ることを承諾し、売った土地の代金で市長の椅子を買ったのだといわれている。

  安郡は市長になってからも我が儘な性格は変わらず、前市長と誘致の話が進んでいた南陽市の佐藤病院の進出を阻止したのである。
なるほど佐藤病院の名は「精神病院」で知られていたから、安部にしてみればその名の病院進出には堪え難きものがあったのだろう。

  父親の名は「進」だと旧制米沢中学校の同級生は語ってくれた。 「成績もよく副級長などをしていて、戦時中はガチガチの軍国主義者だったが敗戦と同時に共産主義者になり変わってしまった。酒量がむやみに多く、ために酒によって早死にをしたような男だった」
弟も共産党で、6期目の市議として安部市長の後ろ盾となっている。

  今年は安部にとって3期目の市長選だが、今回も金の力にまかせて事前運動が始まるであろう。
土地成金でもない限り対抗馬は金の面で不利であろうが、もし対抗馬が出たとすれば政策論で判断し「みんなの会」と称する「金満安部の会」の虚構マニフェストに決して惑わされてはいけない。

投書「街中図書館構想の意義」と「戦国の杜」について。

kage

2011/06/06 (Mon)

 市民からの投稿が本会のブログ(掲示板5/30)に入ってきた。

内容を要約すると「戦国の杜」の存在について、
・来館者が少ないのに市は水増して来館者数を発表している
・係員の数が多すぎ税の無駄遣いではないか
・係員の勤務態度が良くない
・安部市長はこの事態をどう考えるか。 との事である。

 そこで小生は本会を代表して戦国の杜なる会場に出掛けてみた。
未熟な展示会場であり、無料だとはいえあの粗末な展示物で人を呼べると考える発案者が異常だ。
ときどき安部市長がお忍びよろしく来店するらしいが、内情をどうとらえているものか 何の矛盾さえも感じない市長であれば「大バカ市長!」といわねばならない。

  建物の4階は芸術文化の作品展示場として市が改築して、年間約3千万円の借家料を支払っている。ところがNHK放映の大河ドラマ「天地人」の好評さで人を呼べるとして最近ポポロ1階に開店したのが「戦国の杜」というわけだ。
  賃料は年間600万円。月々50万円の家賃ということになる。
経費については家賃プラス人件費だが1日15人程度の入場数である現況に疑問を感ぜずにはいられない。

  現在、米沢市の中央商店街といわれる通称シャッター通りには人影もすっかり減ってしまい、往時の米沢市の賑わいは今はい。
だからといって、そのまま放っておいて良いとは市民のだれしもが思ってはいない。いえることは「街は開発によって移動」するということだ。  そこで安部行政は賑わいを取り戻すべく策を困じたのがポポロ跡に街中図書館を構築するという考え方だ。

 街中図書館建築は単独事業ではなく、ギャラリー等の施設・駐車場・サッカー場・歴史の杜・歴史的景観整備等の総額約50億円の事業計画に含まれるものだが問題はその財源にある。
  20億円はお上より助成されるが30億円は市民の借金という点である。
思い起こしてもらいたい。夕張市が破産したのは補助金や助成金に目が眩み確たる返済の手段を構築する事無しに借財を増やした結果であるという事を。

  安部三十郎市長は「しがらみの無い政治」「箱物行政との決別」を掲げ市長になったはずだが8年たった現在、一部の企業家・政治家と通じ利益誘導が始まった。
確かに50億円が動けば一部の企業は潤うではあろうが、問題はその後の維持費と借財の返済である。
  この事を心配する一部の市会議員は投下資本に対する効果を数字で示すよう市長に求めているが市長は「米百俵」の話でお茶を濁し質問に答えようとはしない。
【米百俵とは】
  長岡藩士の生活は窮乏を極めたため、支藩三根山藩から米百俵がお見舞いとして送られた。当時、藩政を担っていた大参事小林虎三郎は、将来のために教育の充実が第一であると考え、彼はこの米百俵を藩士に分配せずに売却することを計画し、その資金で学校を設立、将来の長岡や日本を背負う人材を育成しようと考えた。

 すなわち「米百俵」の例えとは、返済の義務のない米(財源)をいかに使うかであり、何年か前に有った「ふるさと創生交付金」を市民に分け与えるか、後世に残る事業に使うかという問題の引き合いである。
今般の図書館建設はそれとは別で、借金を後生に残すか否かと言う問題であり「米百俵」の話を引用するとは歴史誤認も甚だしい。

  今年3月議会では上記案件が承認されたと聞くが、一部の議員から「大震災後の今、事業を進める事に反対である」との意見が有ったが賛成多数で可決されたという。
ちなみに見直しを唱えた議員は次の5名である。
鈴木章郎市議、島軒純一市議、小島卓二市議、渋間佳寿美市議、鳥海隆太市議

  疲弊しつづける米沢市にとって50億円の事業が一部の業者や政治家の利益獲得の具として無駄使いができる余裕はないはずだ。
街中に瓦礫のように建っているポポロだが、これも市政の先を読まない開発の結果だ。

  このままの米沢市であれば10年間で損壊するであろうと試算されている危険な街だ。 第二の夕張市のように国の管理下になろうとするのか。
そうなれば2度目の国の管理となる。そんな不名誉なことを繰り返さないために、米沢市は無駄を省き、企業誘致に真剣な眼差しを向けるべき年だろう。

 このところ市が誘致した企業はゼロで撤退する企業が出てくるばかりだ。
米沢のNECは分社化され、縮小が案じられるというご時世だ。

 市長ならば出て行く金よりも入る金(増収)を職員とともに考えよ。

事前運動ではないのか「市長への手紙」の疑問?

kage

2011/06/02 (Thu)

 6月1日発行の広報よねざわ誌に掲載されている「市長への手紙」は選挙の事前運動にならないかと選挙管理委員会に電話してみた。
 あいにく文化センターで行なわれている「明るい選挙委員会」に職員全員が出席しているのでと、留守番の女の子が応対に出た。
 老生は思わず吹き出しそうになったが電話をくれるように頼んで受話器を置いた。

  「市長への手紙」の趣旨には賛成だが、多くの市民の声を幅広く活用しょうとするものでなく単なる売名と票集めの手段としか思えない。
現に議会を傍聴すると議員の質問に答える安部市長の姿を8年間見たことがないし各地で開かれている「市長を囲む会」では、質問・要望は一切認めないと聞く。
  市長を囲んで市民が会合をもつというなら身近な質問・要望がつづくものであろうところが市長は要望など一切、聞く耳をもたず予定にない質問をすると怒って退席する始末である。
定例記者会見でも予定にない質問だとして途中退席したことから抗議を受け、後日訳の分からない弁明をして顰蹙をかっている。

  市長が最も得意とするのは年寄の肩揉みだと聞く。
肩を揉むとかは「按摩マッサージ師」の仕事として市政に精を出すべきであろうと市民はそう望み期待するものである。

  「市長への手紙」は一見して、市長と市民との距離の近さを感じさせ、いかにもその町は平和な町であるかのように見えるが、事実はそうでない現実がある。

  安部市長は人の意見を聞かない。市の職員との意見対立から「市長とはこれ以上仕事を続ける気はないよ」と多くの部長職らの早期退職らが一様に語るのはどうしたことか。
市長としての権力をフルに発揮して我が儘仕放題にしている現実はどうだ。
少なくとも正常な感覚を持ち合わせていない誠に情けない人物であるが米沢市民が 選んだからには仕方があるまいが、笑われるのは米沢の市民だけだ。

  老生が数年前「市長に面接したい」旨を申し入れたが「会いたくない」と一瞥され 断られたことがある。
そこで老生は内容証明便で抗議したが未だに返答はない。
  例えば市庁舎の使用規定には禁止されている項目がある。禁止されている項目の中にある「但し市長の許可があればいい」を活用して「自由の風」なる「のぼり旗」を市長室の入口に立て掛けて来庁者が怪訝な顔をしながら通りすぎてゆくのだ。
  市庁舎は公的な建物として、自陣の選挙旗印として便用したものを持ち込むことなどは歴代のどの市長も成したことのない事例であるが、安部市長は議会で「市長が許せばいいのだ」と堂々と得意気になって述べ、現在がある。
老生はとのとき傍聴席にいて「この人物の頭脳は正常じゃない」と思い、米沢市の市政を案じて4年間を過ごしたが、不幸にして次の4年間を迎えてしまった。

どんな縛りがあろうとも「市長への手紙」は選挙の事前運動に抵触する行為に違いない。