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「どうなる米沢?・どうする米沢?」山形大学松田教授の講演より

kage

2011/01/23 (Sun)

  本月、18日夕「伝国の杜」で開かれた「未来悠々の会」「郷土を愛する会」共催の上記タイトル講演会を拝聴した。
 会場を埋め尽くした市民100名の中にはマスコミ関係者の聴講者も多数出席し、山形大学工学部松田修教授(ものづくり技術経営学専攻・山形大学国際事業化研究センター)の講演を、聴衆は微動だもせずに聞き入っていたことに正直驚いた。

  講師は歯切れもよく、見事に整理された講演内容で「学術的見地から見た米沢市の未来を」熱く語られた。
「どうなる米沢」については多くのデーターから詳細に語られたが、聴衆期待の「どうする米沢」については、選挙の年を向かえて地方自治にはばかることを考えてか明確な答えが得られなかったことが残念であった。

  米沢市の現況から「少子減化の波による高齢化時代」に対する対応と「若者の働く場所の問題」まして米沢市には若者がこよなく求めてやまない「夢があり、居心地が良く暮らし安い場所」でないことから、米沢市の命脈はあと10年であろうと推察されるというものであった。

 米沢市には覇気がなく右の企業を左に移して、さも企業誘致をしたかのようなパフォーマンスなどの数々は米沢市民の目線を誤魔化すだけの事であり早晩疲弊する事は論をまたないものである。
  市長が行なうべき根本的な市政は「入りを計り、出を押さえること」に集約される。が、米沢市は「入りを計る」企業誘致の運動・誘致は出来ているか?

  市税収の100%に近い人件費が市職員に支出しているのでは、もはや地方政治としては破産寸前の財政で、北海道夕張市のように何もできない市になることは必定だ。
  とはいっても数十年前には米沢市も財政危機を経験しているものの、その時は右肩上がりの経済闊達の国内であり、市出身の大臣らによる働きもあって悲惨さはそれほどでもなかったものの現況のような市政が続くとすれば「米沢市の陥没は10年程度であろう」
  このような講師の学問的な精査から出た御託には聴衆は改めて「ゾット」としたと思うが、米沢市の陥没年を食い止めようと努力する市民の立ち上がりが期待できるものであろうか。

 もっと恐ろしいことは、南陽市・高畠町・長井市などのトップが、山大の講師の教室を訪れ、陥没しないような市政方針を学んでいるが米沢市からは市政のトップクラスが一度も教授の教室を訪れて、地方自治に関するデーターなどから米沢市を判断するような相談は一度もないという救いようのない市政である。

 米沢市民が自ら選んだ市長であるから、いまさら愚痴を言っても始まらないが、いい加減な遊び心での選挙が結果として「米沢市の陥没年限10年」と教授は述べたのではなかろうか。

  現在、本会は上杉城史苑隣地扱いの実際を「市の不条理な仕打ち」だとして抗議行動を起こしているが「私が問題を扱う責任のトップだ」と称する町田副市長が隣地の土地を購入した業者の営業企画を妨害しなければならない理由は何か?

  彼は「一市民にたいして行政が利益の供与はできない」の一点張りだ。
駐車場造成で道路を遮断し市民に不便をかけている事を是正するに何が「利益の供与」というのか。
  そう言うトップが受け取る利益供与には問題はないのか?そんな例はいくらでも存じ上げている小生である。
  止まれ! 例え賄賂でなくとも裏金を隠すような行為は県警でさえ露見したし、米沢市役所内部にないとの保証はない。

 町田副市長よ、くだらない市民痛めはこれぐらいにして止めようではないか? なぜならば、建築許可をおろせば固定資産税が入り、営業成績によっては事業税が市に入るではないか。
  それに加えて荒れ放題の現状が改善され景観もよくなり雇用の場も増えるというものだ。
なぜ、土地購入者に所定の建築許可も出さないで、ひたすらに事業妨害を続けなければならないどんな理由があるというのだ。

  下世話な考慮だが城史苑側からの賄賂が入っている以外に思いがつかないのだ。
否定するならば市民が納得するような理由をしめすべきだ。

 本会は「市民ひとりのために利益の供与はすべきではない」の副市長の論理は「老いぼれ米沢市の陥没を一層早める論理に通じる」と断じ、訳のわからない市政トップに法的手段も辞さない考えである。

 市の発展を阻害する米沢市のトップ行政マンが市民と話し合いするどころか対立を深めようとするのなら、税金の未払い運動などを起こし社会問題として米沢市政が是正するまで逆らうことを宣言する。

米沢市からの明確な答弁を心待ちにしている次第だ。

「今だから話そう」米沢市没落の市政の要因。

kage

2011/01/18 (Tue)

 世間からいつも「利にもならない行政批判を繰り返して」と言われている小生だが、黙っていることが米沢市にとって益になることなら、批判はすぐにでも止めたいと思うのだが、あまりにも日本国の政治に携わる人間たちのだらしなさには目をつぶるわけにはいかないのが生来の性分なのだ。
まして小生が暮らしている米沢市の現況には腹が立つ。

 公務員というものの生活を支えているのは毎月の給料だ。が、給料の出所を錯覚しているのではあるまいか。
米沢市の場合、市民が納めた税金のほとんどが職員の給料に消えてしまう。
公務員というものは至極安泰な職域で生活しているものだと思うのは小生だけではあるまい。
上司の顔色を伺いながら、勤務先を休まないかぎり一定の保証が得られるシステムである。
さらに仕事の成果に関係なくボーナスが支給されるという神話が罷り通っている次第だ。 このシステムから、行政マンと市民との格差が生じてくる。
したがって行政マンの目線は自然と市民を見下げる態度が如実となって現われてくる。「たかが一市民のくせに、行政に逆らうとは何事ぞ」

  上杉城史苑隣地を購入、米沢の経済に寄与しようとした人物が、あにはからんや購入した100坪の土地に市は建築許可を下ろさないで3年間も抗争を続けていたのだ。
本会に購入者が悲鳴を挙げていると訴えがあり年末も迫った21日に「オレがトップだ」という副市長に合うことになった。
朝になって、普通建築許可を出すからという話になったことの不思議さ。これには行政の嫌らしい条件がついていた。
建築確認許可は「一般住宅という意味で店舗の確認許可」ではなかった。購入者本人は土地購入時から店舗を目的として市に申し込んでいたから無論、一般住宅建築許可については拒絶した。

  本会は「解決するのは時間の問題だ」と、安堵しながら副市長との会談になったわけだが、3年掛かって出来なかった建築確認が接道2メートル副員を見つけたからの許可でこれは行政の手柄だと力説し、購入者が必要とする4メートル副員は一市民に対する市政の便宜供与になるから、それは出来ないの一点張りなのだ。

 問題の土地は土地境杭もなくまた誰が工事したか不明のまま、城史苑の駐車場とされている不思議さ、その駐車場には3台の車が駐車していて、購入者の出入りを阻止している風体が見られる。
  この駐車場を接道とみれば簡単に店舗の建築許可が出せるのだが行政はこの一点に頑なに固執しているのだ。これが現在の市政である。

 吉池市長の後を継いだ「長市政」は着任早々に自治省の管理化に入り8年、高橋市政は南部区画整理事業に大失敗。退任後の安部市長は佐藤病院の誘致を断るなど、市政の発展に大いなるミソをつけた。
以来、企業誘致などする気もなく役所には企業誘致のラベルだけが下がったままだ。
安部の企業誘致とは、地元の企業の移転を誘致だとするバカさ加減だ。

 どんなに役に立たない市長でも、選挙制度が生きている国家である以上、選んだ市民たちの責任である。
日本人の欠点は大衆に迎合し易い体質をもった民族であるらしい。といって理不尽な行政であっても理不尽な行政に怒ることを忘れてはならないのだ。

  米沢の地が暗く淋しいのは、一に生きた行政が行われない事にある。
米沢市民歌も途絶え、士気を高揚させる市民のブラスバンドの音色さえも消えた。
吉池市長が思い描いた米沢市の活性は、長・高橋・安部という知恵のない市政がかけがいのない故郷を埋没させた原因であったことを市民は知るべきである。

行政用語には「前向きに」「鋭意」「十分」「努める」「配慮する」「検討する」「見守る」「お聞きする」「慎重に」などと国会答弁や行政用語が用意されているものの、極論すれば「何もしないこと」に通じる言葉だと、厚生省検疫課長宮本氏は著書で言っているのだ。ご披露する次第だ。

タイガーマスクの善意に比べ、町田副市長の怨念の哀れさ

kage

2011/01/16 (Sun)

 思えば小生らが20歳代後半の頃「もてない会」という若い人たちの集まりがあった。
12月24日のクリスマス・イヴは500名規模の会員が集うダンスバテイを開いて収益のすべてを「聾唖学校」や「松原分校」の生徒さんたちが希望する用具を贈呈していたことを思い出した。
 ランドセルではなかったが「聾唖学校」には野球道具「松原分校」にはゲーム器など、小さなプレゼントで、パーティ参加費からの剰余金であった。
 田村電気提供によるスチールバンドの演奏に参加者はブラボ-を送り踊り明かしたものである。
 当時の米沢市長は吉池氏で、会場に「ネギを背負った鴨2羽」を引き連れて会場を沸かせたことを思い出し、些少ながらもタイガーマスクや足長オジサンの真似ごとをしていたものだと思ってもいる。

  その頃は「米沢市に芸術鑑賞協会」や「音楽鑑賞協会」があって中央からソリストや演奏団体・新劇団体などを招聘して、米沢市は貧しくとも文化的事業華やかなりしときを過ごしてきた。
  その時代に小生は芸術観賞協会の事務局で編集長や事業の裏方をやっており「もてない会」では会長を専任させられ、夏には裏磐梯・松川浦・桂島などのキャンプ・尾瀬ケ原ルートを開発、米沢市民では最初の尾瀬ケ原入りも思い出である。

  さて、全国各地でタイガーマスクの善意が満ちあふれている今日、米沢市の町田副市長が考える市政を比べると、その哀れさがヒシヒシと感じられる。

  或る市会議員はかくの如く述べているのだ。
町田副市長の根底には、上杉城史苑駐車場隣接地に”市政への抗議看板を建てた”ことで「市民ごときが行政に逆らい、楯突くとは何事ぞ」「市長には解決する知恵もなく行動することも出来まい。副市長たる自分の裁量によって報復してやるのだ」とする怨念が今でも深く残っているのだという。

  行政に楯突く小生に対して巷の考え方は「市政に逆らって何んの得することがある」と、行動に批判的な考え方が多くあるが、「そんなら安部を市長に選んだお前たちの責任はどうするのだ?」と問い返す日々だ。

  考えても見るがいい。「上杉城史苑」隣地を購入して米沢市の観光対策に寄与しようとした者に、100坪の土地に建築許可も出せないと頑張る行政のどこが市民に対する公平な処置だといえるのだ。
  一市民のために行政は便宜供与できないと談じる町田副市長行政の何処に市経済の活性化が期待できるというのだ。
  便宜共与が問題となるのであれば、第3セクターにおける減資はどういうことだ。積もり積もった累積赤字解消のために市はどれだけ損したことか?市民からの税金投入でないか。
  産物販売の実施はやらねばならぬが、他産地の流れ商材を販売する3セクでは米沢の特色にならない。

 昨年12月21日会談における「市民有ってこその米沢市政と考える」との町田副市長の音声がしっかりボイスレコーダーに残っている。
発言通りの「市民軽視無き為政者」を望むものだ。

第3セクター方式には「諸悪の危険性」が含まれている

kage

2011/01/14 (Fri)

 南陽市には、温泉の街にもかかわらず「ハイジアパーク」なる温泉設備付きの観光施設がある。
筆頭株主がわが市の武田元県会議員であり利用されたかたも多いのではなかろうか。
  財政面では毎年赤字で累積赤字は相当な頓にのぼり南陽市の多額の負担になっているようだ。

  ところが、民間から”副市長”が任命した某社長の使い込みが発覚して当該施設はテンヤワンヤの訴訟騒ぎ。
  金の流れを不審に思った支配人は、事務員が管理している山形銀行普通預金数冊をコピーした結果、社長の多額の使い込みが判明したことから裁判になり政変に発展した。
  つまり、昨年の市長選挙では「ハイジアパーク社長とつるんでいる”副市長”がいたのでは再選はできない」として副市長を解任しての選挙だった。
以上は南陽市の実態である。と「南陽市を憂う有志の会」は怒るのだ。

  あたかも自分たちの「金庫」のごとく錯覚しやすい3セクの金は、えてして悪の温床となりやすい事例である。

  町田副市長は巷では「有能な市職員」だとの噂もあることだから、一方的にダメ副市長だとは考えたくもないのだが、当会が建築確認許可を出す事は米沢市にとっていかにメリットが有るかを説くにも拘わらず、不許可に固執する町田副市長に「城史苑側から貰っているのではないかと思える」とのスタッフの発言に顔色が変わった瞬間を見逃さなかったことを明確に記憶しているのだ。

 公報で安部市長の「自由の風」を読んだ。 綱木開発で会津の大内宿のように観光客を呼べる施設にしたい、というものだった。
  会津の大内宿は元の会津街道沿いにある寒村だが、文化庁が「建造物群保存地区」にした関係から、開発には会津復古会があたったものである。
  寒村の住む人たちの説得からはじまり、数年間を要して開発に成功した名所であるが安部市長の器量では絶対になしえない綱木の開発だと思われる。
  小生も会津復古会と共に大内宿の開発に苦慮した一人であるから安部市長の感覚では無理な想定だといえる。

  歴史ゴッコに夢中の市長だと耳にするが、春の「歴史行列」の惨めさはどうだ、米沢の歴史祭りは宮坂・上杉鉄砲隊の大筒の発砲ぐらいしか見られる物はないではないか。 大河ドラマが終了した以上、米沢市は何を考えて客を呼ぶか。

 めんめんとして今為すことを忘れた「自由の風」の論説はノーテンキ以外に市政のトップが書くことではないようだ。

  シャッター地域の過疎化は全国的な風潮であるから、開発は難しいとしても、上杉の亡骸に頼りきる歴史感はいただけるものではない。
  中央街の広場を市民に解放して「朝市・夕市」ようするに毎日が祭りであるような企画はできないものかどうか。
無論、春に向かっての構想で結構。行政は「市民のやる気」を阻止するような副市長では困るのだが「自由の風」を拝読し「市民のやる気」を大切にする市政であってほしいと思った。

類は類を呼ぶという。
安部・町田そろいも揃って米沢市を破綻に導く「ボケコンビ」とは許せないッ!

町田副市長とはどんな市職員であったか?

kage

2011/01/13 (Thu)

 小生が調べたかぎり町田なる職員は、高橋市長時代「便利な腰巾着」として市長の周りをウロウロしていた職員だったようだ。

  彼を語るには、高橋市長と金子建設が蜜月の仲と噂された頃、建設業界に激震を走らせた「第六中学校新増改築建築工事入札事件」を市民に広く知らせるのが順当であろう。

  町田副市長が総務部長時代の平成15年8月市庁舎701会議室で入札は行われた。
JV(共同企業体)方式のため応札は6社だけだった。
  入札は町田総務部長執行人と補佐職員の4名で封が解かれ「落札社は置賜建設・黒金建設のJVと決定」と、町田執行人の口から発表された。

 その直後「異義ありッ!」「もっと低価格の札が有るはずだ」と手があがる。
金子建設側からは中野某社員が入札資格社員としてその場にいたのだが入札資格のない和田某金子建設社員からの発言である。
町田執行人は迂闊にも入室資格社員であるか否かの判別を欠いたまま発言を許したのである。
結果、改めて金子建設・後藤組JVが落札したと訂正発表された。

  資格のない者の発言を取り上げるのも問題だが、6票だけの単純な開封に4人が立ち会いながらこのような間違いが起こりうるものだろうか。
  業界通は「白紙札か金額2通り書いた札を、毒まんじゅうを喰った町田が操作したのさ」と教えてくれた。

  事件後、「札を開示し当該2社の了解を取るべきでなかったか」と町田執行人に質問したのに答えて「開示する必要はない。マニュアルには間違ったら訂正して発表する事となっている。」とサラリと答えた。
総務部長時代から、為したことの謝罪や反省もないわれらが副市長なのだ。

  今般の「上杉城史苑隣接地問題」でも白木産業部長・渡部建設部長の両名は建築確認不許可に固執していない。
町田副市長のみが正当な理由もなく強く反対する裏に毒まんじゅうの香りを感じるのは小生だけだろうか。

  時の為政者の腰巾着として巧みに泳ぎまわり、今は米沢市政のトップだと豪語してやまぬ町田副市長である。
  小生は初対面であったが、不遜さと頑迷さを垣間見た以上、劇作家が持つ感性として「米沢市政に居てはいけない人物」との結論に達してから現在がある。

類は類を呼ぶという。
安部・町田そろいも揃って米沢市を破綻に導く「ボケコンビ」とは許せないッ!

物言わぬ市民性が郷里を滅ぼす?!

kage

2011/01/12 (Wed)

「何様であるか? 町田副市長ッ!」 本来ならば市民の声を掘り起こすべき公僕が市民との対話を拒否する態度とはなんだッ!
為政者として卑しいとは思わぬかッ

  昨年暮れの21日、上杉城史苑隣接地の建築許可問題を巡って、副市長室での本会(鬼の会)との会談で副市長は「本件については私がトップだ」と豪語した。 出席した本会のスタッフによる「鋭い常識論にたじろいた副市長」は、居並ぶ行政部課長を前にして、まともな返答できずそのまま固まってしまったものかどうか、再度の話し合いを拒絶してきた。
  行政の考えと市民との考え方に隙間があったとしても、話し合いによって隙間は未来に禍根を残さないためにも埋めておかねばならないものである。

 鬼の会の主張は、
・もともとの道路を遮断して土地を使えなくする市民を苦しめるような事はやめて、その地域の有効利用を考えようというものである。

 どう考えてみても町田副市長の怨念にも似た言動からして納得のいく行政行動だとは承服いたしかねるものだ。
無論、行政の頂点は安部市長だが無能市長なればこそ補佐方に名副市長がいなければならぬのが道理と心得る。が、米沢市行政には無能市長に並んでノーテンキな副市長とくれば並みいる職員も御輿は軽くてパーが良いとヤル気がなく無責任さが目立つ今日この頃である。

  たしかに一代前の市職員に比べ高学歴職員が多くなったであろうが、肝心の地方行政に大切な住民の暮らしに対する心根が腐敗しているのではあるまいか。ろくな仕事もしなくても解雇される心配もなく、民間の2~3倍の給与を確実に手にしている職員に、市民目線の行政を求めてももはや無理というものか。

  米沢市は早晩消え去る運命にある市だと聞く。本月18日午後6時、伝国の杜置賜文化ホール2階で山大教授による「意見講演会」がある。当然ながら「物言わぬ市民性が、郷里を蝕んだ証明」が語られることになるだろう。こころある市民の傍聴を期待するものだ。 講演は山形大学に民間企業人から教授として迎えられたインテグリス・ジャパン㈱の前社長である。

  今、八幡原工業団地は撤退企業群の猛威に曝されていることを市民各位は知っている であろうか。早晩、NECでさえも中国への移動を考えているような具合だ。
  そんな緊急時の最中、行政の企業誘致に対する考え方はまことに希薄そのものでトップセールスを掲げる安部市長は企業誘致そっちぬけで歴史探訪の旅と遊びに夢中だ。
  アルカデア敷地に地元の印刷工場や地元企業の移転、最近は窪田地区に移転希望だった紙器工場が、無理やり安部市長にせがまれてアルカデア敷地に移転することになったが、移転と企業誘致との違いにも気づかない米沢のトップである。

  今だからいわねばなるまい。安部市長の前職場は、いまは無き「世紀合成」の総務課であった。総務に配属されて8年間、そうそうたる学歴をもちながら係長にも昇格させられなかったご仁である」と、安部市長を世紀合成に紹介した先輩社員が失意の上で小生に語るのだ。
  要するに仕事のできない人物だということと同時に出たがりな人物らしく「市長ゴッコ」をつづけるために按摩のまねをして年寄りのご機嫌をとり、定かでない「歴史講座」で人を煙にまいたり、公報でおめにかかる「市長の出前ナントカ」は選挙の顔見せ運動にすぎない。

  歴史上では「藩主は民の困窮に気を配るため」広く民の声を聞いたものだが「出前ナントカで市民の要望質問は一切禁止」だと苦情の声を聞く。

町田副市長がおかしい?その任命責任者は誰だ! (1月7日 02時46分発信)による本会ブログヘの書込投稿

kage

2011/01/10 (Mon)

 上杉城史苑隣接土地問題を興味深く熟読している。
一連の内容から、町田副市長が市民の生活と財産を守るという公僕の一番大切な「心」を欠落させていることが原因だと感じる。(みんなの会々長斎藤喜一は問題を発生させた一番の張本人であることには変わりないが)町田副市長にその「心が無い」から、解決しないのだ。

 しかし、一番の責任は何んといっても町田副市長を任命した「安部三十郎」だ。市長自身が自分の利益?的なこと(歴史公園とか、自分の家に通じるインターチェンジを造るとか)に心を使って、一番大切な市民の目線にたった行動を起こさないからこのような結果として表面化したのだ。(氷山の一角かな?)

 そろそろ、市長選挙も近いから、市民の心を理解して欲しい。願わくは、市長在任中のあと10ヶ月間は、市民目線で行動すべき。こんなことだから、米沢の将来が心配なのだ。
              心配性

  以上が本会ブログに飛び込んできた書込投稿だ。
しっかりした文体であり、何よりも米沢市行政に「向かい風」をおくりこむ勇気凛々さが感じられる。

 安部市長は愚かな人物ではあるが、愚かな人物が選んだ町田なる副市長も愚かさでは安部市長に比して恥ることのない人物のようである。
 
  本会との会談は副市長は1時間と決めての会談となった。
会談の冒頭「米沢市のトップだと聞いているが、市のトップは安部市長だと理解していたが?」小生のことばに被せるようにして町田副市長は不遜にも「本件に限りわたしがトップだ」と答える。
  小生はこんな人間に本件について話し合いをもつことの無意味さを感じていた。
本会スタッフは本件について調査した結果をもって副市長に言葉を投げ掛けたが、副市長の態度には揺らぎがなく本件を市民の目から遠ざけようとする努力をしているだけで「心なき死に体」との会話に過ぎない実のない会合だった。

 会合の早朝おかしなことが起こっていたのだ。
昨日までは絶対に建築確認は下ろさないと頑強に拒んでいた行政側が「建築確認をおろすから承認印がほしいと」と土地購入者宅に押し掛けているのだ。
  建築確認とは「一般住宅用として必要な2メートル接道」を認めるという条件を提示してきたのである。

 「三年も前から、一般住宅でなぐ営業店舗用として4メートルの接道を願ってきたのだ。いまさらになって蛇を生殺しするような一般住宅接道許可を持ち出すとはなんの真似だッ!」と追い帰される始末。

 一連の会合の様子を知らせたブログを読んだ鈴木市議が副市長室に飛び込んで吠えた。
「絶対に承認しない口端の根も乾かぬうちに承認するとは一体何事だッ! 3月議会で追求するから、副市長が直接答弁に立って答えろッ!」
  これに慌てた副市長手で制したものの「議員を舐めんなッ!」骨のある議員もいるもんだと意を強くしたものである。

 「物いわぬ市民性が米沢をダメにする!」と、本会の件は無能な市長と救いようもない町田副市長に次いで、退職を前にした産業部長の事なかれ主義が市民の活力を阻止しているものか?
それとも多額の阻止運動資金が流れているかのどちらかに違いないと市民は見ているものと思えるのだ。

市民をないがしろにする 「上杉城史苑」隣接地問題  其の7

kage

2011/01/04 (Tue)

 町田副市長は、O氏がこの場所で商売が出来るように配慮する事は「特定個人への便宜供与にあたる」と事を進めるに消極的であるが、次の事象との整合性を問いたい。

 平成16年、市が各町内から回収した資源物(段ボール・空き缶・新聞紙等)を特定1社に無償提供している事は「便宜供与」にあたると進言したが、不当性は無いと改めようとはしなかった。
 回収した資源物を換金した場合、年間五千万円を超える額を特定1社に提供することに何の疑いも持たない安部三十郎行政に鬼の会は「住民監査請求」を行った。  しかしそれを審査するのは市職員である。
表向きは民間の監査委員が審査する事になっているが、彼らは書類に目も通していないのが実態であり出された監査結果は当然にして市民無視の「却下」であった。
 ここで住民訴訟を考えたが、掛かる費用は全て鬼の会持ちで、たとえ勝訴したとしても一銭の見返りもない戦いに制度の不備を嘆きながら、その後世論の後押しを得て2度監査請求を行った。

 市民の進言で制度を変える事を渋る行政も、世論には勝てず回収した資源物を入札にて売却する事となり、現在は市の貴重な財源となっている。

  ここまで漕ぎつけるに2年の月日を要し「市民には常識の感覚」を行政に分からせるのには途方もないエネルギーが必要な事を実感したものだった。

  便宜供与はそれだけでは無い。
同時期に「一般廃棄物の収集運搬業を特定14社に限って許可する事」は「便宜供与に当たる」と進言した。(一般廃棄物=一般家庭からの生ゴミ・その他のゴミ)

 この事は議会でも取り上げられ「何故許可しないのか」の議員質問に「既存業者に十分な利益を与えなければ不法投棄をする恐れがある」と「便宜供与」を正当化する当時の吉田部長答弁であった。
 この常識を欠く答弁に唖然とした当会は、鳥海・小嶋市議を紹介議員として「請願」を行った。

※請願=議員行政に民意を反映させる間接民主主義の中で、国民の意思を直接行政に反映させる権利。

 結果は共産党議員を除く全議員の賛同を得て「採択」となった。
通常はこれで「便宜供与」は無くなると思うのが常識だが、安部三十郎行政は民意を無視して現在でも「便宜供与」は続いている。

 業績不振の続く建設業者は「採択」で新しい仕事の分野が出来ると期待したが「請願が採択されても必ずしも従うとは限らない」との行政態度に落胆したE建設社長が、トリカブトをあおった事を町田副市長はご存じだろうか。
 かように便宜供与への行政対応は不確かなものである。

 改めて「上杉城史苑」隣接地問題を考えてみよう。
町田副市長は、善意の市民が寄付者の意思(道路の使途指定寄付)を尊重し約束は守ると行政を信じて購入した土地に、建物を建て商売を営む事が「便宜供与に当たる」と本当に思っているのであろうか。
 思っているのなら前段との整合性を市民に説明してもらいたいものである。
 駐車場の数坪を道路に変更するだけで市民との約束事が履行され、O氏の店舗経営で市に公益がもたらせると考える当会は、町田副市長に「市民あってこその市行政」を期待するものである。

この章、完

再度副市長へ面談を申込み、その報告をする所存である。


市民をないがしろにする 「上杉城史苑」隣接地問題  其の6

kage

2011/01/03 (Mon)

 市は側溝部分の占用許可を与え接道2mの条件を認めようとすることは、一見市民への思いやりのように思えるが実はこの行為「市民軽視の証左」である。

 その理由であるが、この側溝部分は市と前所有者・現所有者間で、境界が確定していないのである。
当会は情報公開条例にて次の公開を要求した。
・側溝工事を行った事を証する書類。
・ 〃 行った時期。
・ 〃 隣接地権者の立会いを証する書類。

  しかし上記の書類は一切存在しないとのことである。
よって側溝部分が市の所有地とする確たる証しは無いにも拘わらず「占用許可願いを出せば建物が建てられるよう許可を出す」とは民を見下す官の奢り、市民軽視の現れであろう。
 現に3年間に市が努力した事と言えば、境界を測量し図面側溝を市の所有とする部分に赤線を入れ、これを認めるようO氏に迫ったことである。
 勿論O氏はこれを拒否、側溝部分は自分のものと主張し現在に至るわけだが、今般の接道条件を認めることは自動的に側溝の外側(O氏の内側)に境界が決定するわけであるから市にとってのみ都合の良いことで、決して住民を思いやる行為ではない。

  小生は、かつてNHK大河ドラマ「独眼竜政宗」の放映が決定した時、寄せくる観光客の対応に市は無知無策であったところから旧二中地内を活用して「米沢村」を創設し、一般募集によって集まった名もなき賛同経営者達によって観光客対応に寄与した過去があり、市の協力は用地を貸すことだけだったことや既存商店主から迫害を受けたことは既に述べたが「上杉城史苑」は市が音頭をとり賛同経営者を集った、いわゆる三セクで長年業績は振るわず減資を行った結果、市の出資金に多くの減額が生じたことは市民周知の事である。

 城史苑向かいの焼き肉店「伝国」は昨年11月をもって閉店し、そこからいくらも離れていないマックスバリュー米沢城南店も閉店した。そしてO氏の土地は荒れ放題と観光拠点の周辺環境はすこぶる良くない。

  O氏は市からの財源に頼らない民間活力にて市経済に寄与しようとしているのではないか。ここは折角の事業意欲を削ぐのではなく、積極的に便宜を図ってやるのが行政の使命というものだろう。
 しかしながら21日の面談の印象はO氏がここで商売をすることだけは絶対に許可しないという強い意志が感じられたのは残念なことである。

  市がO氏の店舗建設を拒む本意とは何なのか? 町田副市長は「O氏がここで商売をする事は特定個人への便宜供与であり市民の理解が得られない」ことを強調しているが、一見社会正義に思える「特定個人への便宜供与」について論じてみたい。

続く

市民をないがしろにする 「上杉城史苑」隣接地問題  其の5

kage

2011/01/02 (Sun)

 12月29日、O氏より連絡が入った。接道の特例基準により「建築物の建築が可能」である旨の書類が郵送されたとの事である。
早速O氏の意見を聞いてみた。

O氏:どうして3年も経過した今頃になって接道2mと認め許可を出すというのか理解に苦しむ。

鬼の会:市当局がいうには、本人の希望は2mの接道を認めてくれと言っているとの事だが?

O氏:私が要望したのは商売の出来る建物が建築可能な4m接道である。ただ話の流れで「一般住宅可能な接道2mも認めることが出来ないのか」との発言をした記憶はある。 私の要望はあくまで、本来道路だった今の駐車場を寄付者の意思を尊重して元に戻してもらいたいのだ。

  ここで建築基準法の「接道」「道路」について調べてみた。

建築基準法 第四十三条
  建築物の敷地は、道路に二メートル以上接しなければならない。 ただし、その敷地の周囲に広い空地を有する建築物その他の国土交通省令で定める基準に適合する建築物で、特定行政庁が交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がないと認めて建築審査会の同意を得て許可したものについては、この限りでない。 ※注 道路とは幅員4m以上・接道義務米沢市は店舗の場合4m以上。

 ただし書きについて同法施行規則では、接道として「道状の通路」とあり、例として河川・側溝でも、橋・蓋部分を接道とすると図解している。

問題の土地を図解すると。

okita2.jpg


図・ねずみ色の側溝部分は蓋がされており接道として許可対象の「道状の通路」であることは素人の小生でも理解出来る。

  この部分を接道として認めるに3年の月日を要するにはどんな理由が存在したというのか。

  21日の面談で渡部建設部長は「当人の為を思い建物が建てられるように色々検討して来て、ようやくこの方法が有ると分かったので許可を出すことにした」と述べている。

  当会スタッフはこの43条・施工規則を調べるにインターネットで10分程要しただけである。 まさかプロである渡部建設部長がこの条文を知らないはずが無い。 知らなかったとすれば、それはそれで問題だが、知っていて3年も答えを保留するとは市民軽視も甚だしいと言わざるをえない。

続く

市民をないがしろにする 「上杉城史苑」隣接地問題  其の4

kage

2011/01/01 (Sat)

 本日は平成23年元日である。
「御目出度う」と新年のご挨拶を申し上げたいところだが、昨年暮れからの「上杉城史苑」隣接地問題を抱えとてもその気分にはなれない。

  今年は統一地方選挙の年であり県議選・市議選・市長選と続き、ややもすれば衆議院選も有るかも知れないという、国民はいつもより強く政治・行政に関心を持つ年なのでは無かろうか。
  鬼の会はこの問題を通じて米沢市行政を広く市民に知って貰うべく、なるべく詳しく報告する所存である。

それでは昨日に続き12月21日の町田副市長との面談内容をお伝えしよう。

■鬼の会:もし袋地が解消されたとするなら。
・建物が建てられる事により固定資産税が入る。
・雇用が生まれる。
・経済効果が上がる。
・景観が良くなる。 等
多くのメリットが有るはずであり、逆に袋地をこのままにするとすれば。
・現状でさえ雑草は伸びほうだい、土台石の放置など良くない景観が更に悪くなる上、以前のように米沢市の圧政を訴える看板などが建てられる事となると観光客に与える米沢の印象にすこぶる悪影響を及ぼすものと考える。

  特にこの地区は米沢市が「景観形成重点地区」と指定している所なので民間活力で景観が向上するのであれば、市がこれを阻害することは如何なものか。

 町田副市長は「この場所で商売をやる事は個人への便宜供与であり市民の理解が得られない」ことを強調して袋地解消に消極的であるが「特定の個人の利益では無く、特定個人の“不利益”」を心配しているのではないか。

  この問いに町田副市長はきっぱり否定したが、小生にはこの点がどうも心に引っ掛かる。

  ここまで話を進めた時、渡部建設部長より次の思いもかけない発言があった。 「実は今日の午前中に職員がO氏宅を訪問し、当該地の接道を2mと認め建築許可が降りる事を伝えてきました。鬼の会は当事者でないので本人が納得すればそれで良いのではないか」

  当会とすれば本人が納得すればそれ以上市に申し立てを行う必然性はないが、O氏が望んでいたのは建築物の制限を受けない4m以上の接道である。しかし本人の意思を確認しなければとの思いから本日の面談は打ち切りとした。

 この接道2m問題は「米沢市政とは市民をどのように考えているか」が良く分かる事例である。

続く