NPO法人に対する山形県の対応に疑問 NPOおいたまサロン ⑧

2010/04/29 (Thu)
政府は「地元に精通する県単位にNPO法人の認証を任せた方がよい」という趣旨から、各県にNPO法人認証制度を与えたものであろう。しかし、山形県の場合はどうしたことかNPO法人を認証しながら、NPO法人格を利用して限りなく黒に近い、灰色の裏事情が生れやすい法人組織であることに気づいていないのではないか。
いや気づいていても余計な仕事と本気で業務に向き合わないのではないか。
事実「NPOおいたまサロン」が、ある団体によって「刑事訴訟」に追い込まれようとしている。起因は「消えた300万円」の調査を県に願い出たが、当該NPOが再度改竄した報告書を県に提出した結果お咎め無しとする県の態度に業を煮やし、本会に解決策を求めてきた事件である。
その改竄の手口とは
第一回目県に提出した決算書に、寄付を受けた300万円を事業収入(一般会社の売上高)と記載した。
そのままなら当然300万円の利益が発生する訳だが、見合いの金額を広告宣伝費名目の経費で相殺し損益発生無しとした。
寄付金の記載が無いことを指摘されると、事業収入を300万円減額し経費の広告宣伝費も同額減額したのである。
そして寄付された300万円は支援金名目で他の会社に寄付したとする決算書を再度県に提出した。
以上は商法上、税法上容認されざる行為であることを一般市民は常識としてわきまえている訳だが公務員とは一般市民とはかけ離れた常識をお持ちのようだ。
まず「おいたまサロン」の竹田理事長は元県職員である。そして認証権を持つ担当官も県職員である。よって双方とも「損益に関与しない寄付金の扱いである」から問題なしとする考えである。
しかし事はこれだけでなかった。
本会が二回目提出の決算書を精査すると「寄付金の記載漏れ」が前述の外に110万円発覚したのである。
その点を県に精査するよう要請したが「我々の責務ではない」とさも迷惑げな態度で「直接おいたまサロンに聞いたらいいでしょう」との事だ。
本会は、NPO法には不実の記載が有った場合20万円の罰金が科せられることが明文化されている以上、認証権を持つ県は県民の疑問に応えるべきと強く詰め寄った結果、問題提起した日より40日後おいたまサロンより第三回目の決算書が提出された。が、前回と全く同じ手口の改竄であった。
問題は決算書の改竄だけでは無い。もらった寄付金を他の会社に寄付し、その会社からキックバックさせた疑いが濃厚なのである。
この行為は公金横領というレッキとした刑事事件であるにも拘わらず我関せずとする県職員の態度にある。
「刑事訴訟でも何でもやってくれ」「オレたちは痛くも痒くもないことだ」といわん気に責任の放棄を告げる担当職員に「何の責任も感じないのか?」と老生は職員の小生意気さに激高した。
竹田理事長には余談がある。
安部三十郎市長が現職県職員を副市長に迎えると、竹田理事長は元県職員のよしみから副市長に取り入り「高齢者等生活弱者のための雪降ろし支援事業」として米沢市からの支援金を得た。
この支援金については副市長の指図からか随意契約として当該サロンの仕事とされた。が、他業者より通常相場より高額な作業料は、元県職員同士の癒着と避難を受けた。
又、当該理事長は竹田組と称する土建会社を経営し、米沢市より工事予定価格の100%で落札するなど元県職員同士の癒着ぶりが噂となり副市長辞任の一因となった経緯が有る。
いずれにせよ、本県のNPO法人から「改竄による収支報告書」が出たことから当該NPOへの追求は厳しいものとなろう。他のNPO法人の信用に傷を負わせたことについても担当職員は何を考えるであろうか。
置賜支庁にはNPO担当職員が2名在職している。無能な女子職員と屁理屈で県民を追っ払おうとする男性職員である。
これらの職員にかかる経費はナント一人あたり年1000万円だという。なんとも素直に割り切れないものを感じている。

NPO法(特定非営利活動促進法)にザル法の恐れはないか? NPOおいたまサロン⑦

2010/04/23 (Fri)
平成十年三月二十五日に公布された当該法は19回もの改正をみて現在実施されているが、この法律の目的とするところは「ボランテア活動をはじめとする市民が行なう自由な社会貢献活動として特定非営利活動の健全な発展を促進し、もって公益の増進に寄与すること」とある。しかも不実の記載については20万円の罰金が課せられる。
本会のスタッフは「不実の記載」が、NPOおいたまサロン提出の収支報告書にみられるとの疑義から「特定非営利活動の健全な発展」に繋がらないとして活動を開始したものである。
ある業界から「NPOおいたまサロン」に300数十万円の活動支援金を振込んだにもかかわらず当該サロンの収支報告書に記載されていないとの報告が本会に寄せられたのがキッカケである。
本会スタッフは3月に置賜支所にてNPO担当者と面会し「支援金の記載が当該NPOの収支報告書に記載されていない。
支援金は公金から支出しているので団体の収支勘定が合わなくなる。
新会長の立場として、ここでケジメをつけておきたい」という団体新会長の意図を汲み、置賜支庁でNPO担当者にその旨を伝えたのがはじまりである。
担当者の返事は驚くものであった。「各NPOが提出してきた報告書には受け付け印を捺し提出の義務を果したことを証明した上で、サイトで流して市民の理解を求めている」
「なぜ?収支報告書を精査しないのか?」
「数が多く一々精査することはできかねる」とくる。
なるほど法の定めには各NPOが提出してきた収支報告書を精査しなければならないとする定めがない。
「だからやらない」と当然のごとく返事が返ってくる。
公務員は法律を遵守して働いている。 だから法律で文書化された事項には従うが、文書化されてもいないことに如何なる常識的なことでも「仕事を増やす・余計なこと」として責任分野から外せる職業人だということがわかる。
公務員たちの最大の恐れは「自己責任になること」である。 したがって半日もあれば出来ることを40日間も我々スタッフを待たせて平気なのだ。
愈々、待ち兼ねた実行の日を求めて今月20日に支所に出向いた。担当者には立会人も用意されている。
おいたまサロンが再度書き直して県に提出した書類の矛盾点を担当職員に詰め寄った。
「それは上司にお伺い立ててからでないとお答え出来ないので時間がほしい」
「また40日間も待つわけにはいかぬ。電話で済むことでないか?」
不請不請に担当者が仕方なく受話器を手にし「課長さんいらっしゃいますか?」上下の差が如実に錯綜する丁重な言葉である。
残念ながら課長は席を外していたようだ。
「返事は今日中にください」と支庁を出た。
約束通り夕方にスタッフ宅に課長から電話が入ってきた。当初高圧的に感じられる県職員の態度は、いつもながらの市民を下に見る視点に変わりはない。
愈々課長登場である。ようやく課長まで話が通ったようだ。
課長曰く 「県窓口に来ないで直接、当該NPOに聞いてみれば済むことだろう」
それに対し「何も“おいたまサロン”に固着した当会の行動ではない。収支報告書の精査は認証権をもつ県の当然の義務じゃないのか? めくら判を捺して済むようないい加減な報告書を提出して済むならば、NPO法人格を悪用した「脱税」「横領」行為が広く行なわれるのは必至だ。」と。
課長は気づいていたかどうかが問題だ。
公務員の性として、やってはいけないと明文化されたことはやらないが、明文化されていないことは「やらない」とする根性に怒りを感じる。
スタッフが語るには「はじめは威高げな課長の態度も次第に変わって行くのが感じられ今後の協力が期待出来る」と。
老生はスタッフからの報告を聞きながらふと思うことは、代官が威張り腐った江戸時代は民衆の力によって是正された歴史であることを公務員たちの姿に映せることである。

「群雄割拠」を錯覚させる「オレがオレが」の新党続出の無責任さ!

2010/04/20 (Tue)
「オレがオレが」と、権勢欲・名誉欲に溺れる元無能大臣らは、現在直面する国家的危機ともいうべき「普天間基地」の鳩山失政を予見して代案どころか「オレたちの出番だとばかりに」新党を結成する手前勝手さは武士道が許容する日本人の憂憤にもあたらない。「平成の脱税王だ!」「 5月に決着なき場合は退陣する覚悟があるか」まさに群雄割拠の戦国時代に逆戻りした感慨が生まれてゾォーッとしたものである。
予算委員会の中継を見ていて老生が現政治家の無秩序無責任さに対して慨嘆した正直な気持ちだ。
問題は二国間における安保条約によって締結された「普天間基地」からの撤退的基地移動である。
基地撤退は民主党単独の問題ではないはずだ。安保条約は自民党政権時代に結ばれたもので「戦力なき日本」を脅かそうとするアジア各地から、わが国を防衛する米軍基地であったはずだ。
それら国家的大義を知ってか知らずか自民党党首はじめ与謝野元大臣らの侮辱ともとれる積怒の発言は識見のある人物のことばとは思えないものがある。
いうなれば瓦解する火事場から逃げ出したネズミらの強がりに過ぎず「立ち上がれ日本」とは何事ぞ。
巷では「立ち枯れ日本」「たそがれ日本」と揶揄している国民の声に何をもって対処できるというのだ。
お主らは半世紀を支配してきた自民党の幹部なるぞ。
沖縄基地返還の密約は「自民党政権」時代に締結され陽の目をみないままに隠され続けてきた事実が判明された現在こそ、自民党政権時代の遺物として大砲を米軍に突き付け、国家の難題として民主党に協力すべきが武士道が示す筋というものであろう。
憂国の志士による暗殺も覚悟の大罪であろう。昔ならば一刀両断に伏されても文句もいえない自民党幹部たちであろう。
座してわが領土を渡すような昔風「国取り物語」は、現代社会で通用するものではあるまいが、わが国内部での政治的ゴタゴタを続けているとヒョッとしない保証はどこにもない。
歴史は繰り返すようにブリテンが世界に誇った毛織物産業を人件費の安かったわが国が真似て生産した時期こそが、戦後のわが国の復興を早めたという事象は、人件費の安さを求めて後進国に進出していったわが国の開発になる精密な技術の全てが他国の産業となり大成している事実をみるとき、国家の損失はないのであるか。
心ある人物は「今こそ日本は鎖国すべきだ。日本の精緻な技術を輸出するのではなく技術を高値で取引きする時期ではあるますか」という。
貧すれば鈍する国家産業態勢でなく、世界が欲しがる技術の開発に政治家は目覚めるべきだ。
例をあげればスペースシャトルの高熱に耐えうる物体として「日本の会津桐」が搭載されていることを熟知するように、日本人には英知がある。
単なる部落のボスたちが己れの器量を錯覚しては「オレがオレが」と出しゃばる東大卒の政治屋たちが描く世界の日本親に大いなる疑義を庶民たちは感じているのだ。
「東大出はおなじ館のムジナだ。穴が館に代わってもムジナの正体はおなじサ」
窮乏する国政ならば「議員歳費をまず下げる、議員定数を激減させる」などの方針はどこの議員からも出てこない不思議。
「議員生活に間に合うだけの歳費を」ほしがる議員たちだ。
禄な識見も持たず開くパーティにさえゼニゲバの国会議員たちの真意はゼニだ!
オレオレを強調する前に沖縄基地に住む庶民たちの真の声に耳を傾けるべきだ!
庶民たちの本音は「基地誘導によって現在の不況から抜け出せる」という考え方もある。しかし、「反対」を叫ぶ島のリーダーたちの政治的軋轢に口を閉ざしているだけだ。

県職員の無能な時間稼ぎと怠慢行政に怒り心頭! NPOおいたまサロン ⑥

2010/04/15 (Thu)
昔の「商売往来」によると商売と認められないものが「泥棒と咄家」とある。今では咄家に代えて「泥棒と県職員」と書き改めてもらいたいぐらいだ。「NPOの不正疑惑問題」について置賜総合市庁に担当者を訪問したのは3月10日だ。その日から40日を経た現在に至っても不正疑惑の進展どころか、遅々として疑惑解決のために、担当職員たちによる誠意が示されていないのだ。
その①
「県民の理解を求めるため、各NPO運動及び収支報告をネットで流している」と、言いながら。呆れたことに、担当者らは全員書類に目も通さずに、事務的にネットに乗せて配信するだけで県民に対する報告義務としていたに過ぎない。
その ②
「本会指摘の疑惑を担当者は訂正だと言い張り、訂正報告書を出させ本会に示した」が。少なくとも300万円他の収入が記載漏れしている疑惑の報告書を訂正させたとする訂正報告書には、収入と支出のバランスを調えるだけ小手先の訂正なので、確かに収入の項には300万也の金額を明記してあるが、支出の項に手を加えたために疑惑が一層深まっている。
その ③
「山形県知事にあてた書簡の返信の中に、中抜きしている名称は個人の名誉侵害になる恐れありとして開示はできない」と拒否してきた。問題の疑惑の根幹は中抜きされている法人名にある。
個人情報保護条例は原則、法人には適用されない。本会の指摘に置賜総合市庁の担当者は「本庁上司の許可がおりるまでには2週間が必要。そろそろ返事がくるころだ」と本会に答えてから10日以上の時間が過ぎてからも置賜総合市庁の担当者から報告がない」
その ④
「NPOに関する規約によれば、29条では開示を原則としている」のだが。県のあまりにも不誠実な対応に内閣府に電話を入れた。その見解は各県にNPOの最高責任がある。疑問がある場合については各県に相談すること。とあるが、県の対応の遅さには「まともに仕事をしていない」のではあるまいかとの疑心暗鬼が募るばかりなのだ。
不実の記載には罰則もある収支報告書に目も通さずに県民の理解を深めようとする「安易な県の行政に疑問を持つ」のは本会だけであろうか。
地元の市職と違って市民との交流に欠ける県職員たちの高圧的な態度や文言には、もはや県民が期待する県職員の姿はないようだ。
NPOの収支に疑問ありとする支援者に自ら説明をすることで済むことであろう。が、収入がなかったことにして「支援者が拠出した支援金を収入の部に記入しないでどうする心算だったのか?」
結論は簡単であろう。うがった見方をする人物は「県の担当者と山分けするんだべ。それが裏金ちゅうもんだべさ」
本会は担当者らが県民の疑問に対して真摯に対応してくれればそれでいい。やたら時間を浪費するだけでは本会が疲れるだけだ。能力なき県職員らは社会のゴミと知るべし。

4月1日はエイプリルフール」楽しい嘘が許される日だった。

2010/04/10 (Sat)
「4月1日は西洋風にいえば「エイプリルフール」といい「嘘が許される日」とされていた。したがって3月末の夜は「嘘で級友を騙す作戦を考えて」眠れない夜を過ごしたものだった。 今日ではその話題も日常生活から忘れ去られてしまったような気がしてならないのだが。テレビでは「高校の授業料の廃止」や「こども手当て支給」など政権交替後のおいしい話しが報道されている。「まさか、エイプリルフールに因んだ政策では?
まさかエイプリルフールもどきの酒脱な嘘ではあるまいな」と、一瞬錯覚してしまいそうな民主政権の大盤振舞である。 日本も理屈抜きに小子化対策に目覚めたものであろう。
老生らの小学生時代はろくな授業を受けることなく、校庭に豆を蒔き、周りに平堀の防空壕を堀るのが授業といえば「駆逐米英」思想の発露であった。
「米軍上陸の際は」と、米坂線の線路の土手に隠れ米軍に石を投擲して撃退を計るというもので女性は竹槍をもって敵軍を串刺しにする訓練に本気に励んで卒業したものである。 敗戦と同時に修学旅行はなく涙の「仰げば尊し」を斉唱して学舎を後にしたものである。
母校は鉄筋コンクリートに様変わりし校歌も新しくなり母校への思い出も薄らいでいるが、三人の娘が卒業するまでは役に立つことを考えてきたが、PTA運用に疑問をもってから学校教育に人間教育を求めることを断念し娘に関するかぎり人間教育に没頭してきた思いがある。
学年から依頼されて書いた「教育論」はボツにされた。内容は「スキー教室のため各自スキーを用意すること」とのお触れが配られ「スキーを買ってくれろ」と娘がいう。学級で娘を含めて二人だけがスキーをもたないのだという。スキーのない学童は雪のグランドを走らせる教育のようだ。近所の人が「可愛そうに」と教えてくれた。
そこで学校に「スキー教室をするのであれば、スキーを買えない家庭もある。そのためには学校側が用意する必要があるはずだ手当もしないでスキー授業をはじめる感覚が教育的ではないと考えた。しかもスキーをもってこない児童に雪のグランドを走らせるだけというのでは教職者の考えることではない。
学校側がスキーを何台か用意したらしいがスキーが細身の距離用だっただけに靴の問題が物議を醸し出した」以上の意見を書いたものだったが学校批判の原稿はボツにされるのをわかって書く愚か者の老生だ。
朝起きて「米沢市緊急経済対策本部だより」というチラシが目についたので赤字財政の前科がある米沢市であるから一瞬ギョツとした。 わが市にも経済的破綻の波が押し寄せてきたか? 赤字財政の前科がある米沢市のことである。
財政に破綻があれば市職員の給料を含めて間に合うほど減らせばすむことだ。「冗談じゃねえよ」と怒るならば常識に疎い方のようだ。
一般社会常識では会社が赤字であれば、どうするかをとくと考えてみるがいい。ボーナスなどは無論でるわけがなく、特段の働きもせずボーナスをさも当たり前のようにして受ける市職員の年収は、一般的市民年収の約3倍強であることを自覚すべきだろう。
行政改革のいう官僚対策とはゆくゆく公務員全体を問題にしているのだ。

| HOME |