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米沢市役所「著作権侵害問題」始末記

kage

2009/12/11 (Fri)

 人心乱世の現代世相を反映してか「振込めサギ」に準じるような不可解な「著作権侵害」事件が米沢市役所内部で発生した。

 事の起こりは企画調整部総合政策課の担当職員が「国土法に基づく手続きを円滑に周知する目的でホームページを作成中に、国士交通省監修による(財)国土計画協会発行のチラシの中に使用されていた「人物像のカット」をデジタル化して掲載したというものだった。

  それを6年経過した8月になって大阪の著作権管理会社・大阪のリーブラ株式会社から著作権侵害だとして「損害賠償を求める請求事件」発生となったものである。

  問題の請求額は5,259,375円という高額なものであった。担当職員にとっては「国の出先機関のチラシに載っているカット」であることから著作権で保護されているカットだと気にも止めずに担当課のホームページに使用したという単純で悪意のない使用経過があった。  その期間5年間ということで弁償金が請求されたという経過である。

  問題は5年間も放置し、今頃になって規定の2.75倍という弁償金を請求してきたのか?
 業者の言い分は「無断使用が判明した時点で通告した。弁償金については精査の上で請求する」
  通告によって仰天した市役所は事の円満解決を顧問弁護士古沢弁護士事務所に依頼したという経過である。 まず、著作権という言葉は知識としてはあるが、まさか侵害行為を犯してるとは微塵も知らずに5年間も使用していて何の問題も発生したことのない人物カットを無断使用したと高額な弁償金におったまげるだけの担当職員たちの困惑もわからないわけではないが「著作権のある図柄であるかどうか」を確かめた上で使用しなくてはいけないという恐い格言を知らされたということである。

  問題は市民感情に留意することであろう。市民感情として残るのは「担当職員が犯したチョンボをなぜ地方交付税で支払う必要があるのだ」ということだ。
  かつて山形大学の入試問題で物議を醸し出した事件で、山形大学の職員が拠出金をもって弁済したことがある。
  地方交付税といえども米沢市の歳入金。ようするに米沢市民の財産だ。安易に事件解決のために使うべきではない。担当職員が個人弁済すべきものである」これが市民大方の感情であろう。

  通常、著作権で保護されるべきカット・デザインには図柄のそばにマークが描かれている場合が多いものだ。しかも管理会社が5年間の無断使用を発見できなかった管理会社とはいかなる会社であるか。
  悪意の管理会社の場合、無断使用に気づきながら放置しておいて、使用年月で賠償金を稼ぐ手口で、多額な賠償金を請求してくる場合が多い。 米沢市はこの手口に乗せられたという見方もある。

 そこで米沢市は顧問弁護士に解決策を依頼したものだ。行政の紛争解決策は常に顧問弁護士に依頼するという感覚である。
悪質な金取り管理会社であるならば、行政トップが管理会社に交渉すべきものであったと老生は憤慨するのだ。「大阪が裁判所となることから、それなりの費用もかかるであろうから顧問弁護士に依頼した」というが、顧問弁護士のやることは、弁償費の削減交渉にすぎないのだ。

 削減交渉に応じない私設管理会社のあるはずがない。サラ金会社ですら法律論の前には倒産寸前の会社が続出する時代なのだ。 なぜ、市のトップが出掛けて削減交渉をしなかったのであるか。

 結果は顧問弁護士にしはらった金額は、着手金の30万円の他にに20%の成功報奨金として40万円。そのほかに消費税プラス源泉税しめて弁護士の手に入った合計金額となる。これが市の穏便解決法なのである。

 行政とはかくも無駄な金を簡単に支出するものであるか。自分の懐から出る金でなく市民の、血税であろうとなかろうと関係なく市の税収の中から出す金であるからだ。「交付税が予想より多く入ってくるようだから、そこから拠出する」とトップの考えであるようだ。

 市の歳出については議会の議決が必要となり、10日の担当委員会では承認したことであるから、「文書による戒告」が担当職員に科せられたという始末記である。

 老生は社団法人「日本演劇協会」の劇作会員であるから、著作権には常に留意している。が、米沢市のような大事な紛争が起きないと目が覚めないような安穏とした田舎町では著作権などに留意することは少ない。
  たとえば「洛中洛外」の上杉版の著作権は元市職員が個人として所有している事実からして登録さえすれば誰でも可能なことだ。
悪質な著作権管理会社の手口に驚いている米沢市も知恵が無さ過ぎた。
  
 老生は高校在学中から著作権の無断行使を各校演劇部に止める提案をしつづけたものだ。しかし、指導者および審査員クラスの人たちは「上演にあたって一々作者に著作料を支払うことはない。言ってみれば隣の梯子をちょっと借りてきたようなものだ」と一笑に付されてきたものだ。
現在は活躍していない某劇団の無断上演回数は相当なものであり老生が関係した演劇関係の団体で著作権(上演料)を払わなかった事例は皆無だ。
著作権無視の団体に抗しつづけ、劇作家として日本最大の難関団体に属していられるのは安易に地方で知られようとして、問題の著作権を軽く一笑に付して然るべき土地柄で相も変わらずパクリをつづけながら、著名な表彰を受けて恥じない人物が育つ土壌が米沢市にあるからだ。
  残念だが「義」を貫くには非情な町だといえよう。今般の「著作権侵害問題」には油断もあり、無知もあったろう。しかし解決策を考えるときに米沢市役所ならびに議会に生きた知恵がなかったツケが働いたということだ。

  今更と思うが、当会が市に住民監査請求を起こした時、「オレが法律だッ!」と豪語した部長は今もって健在であり米沢市の職員として君臨している。

 このような小人幹部が何んの役にもたたない土壌に土着するという因果関係が米沢市政を未開都市に下落させるのだ。
当世はやりの「振込めサギ」を彷彿させる米沢市の対応でありました。

 安部市長殿、今回の処置はともかく市のトップとしてあなたの知恵のなさに愕然としている米沢市民であります。文書による戒告処理ではトカゲの尻尾切りに過ぎない。この度の問題の責任はトップたる市長の責任であることをお忘れなく。

 なにはともあれ、老生が崇拝する「義」の伝導者雲井龍雄の名が全国に知られたことに万感胸に迫る思いでブラボーと叫びたい。


奥羽の賊酋と呼ばれた「雲井龍雄」が「義」の伝承者として全国に

kage

2009/12/03 (Thu)

 12月3日、NHKは「天地人」の好評にあと押しされて、上杉謙信公由来の「義」を貫いた人物として興譲館精神を取り上げ全国放映した。

  謙信・兼続・鷹山公とつづいた「義」の伝承者として、興讓館の秀才、雲井龍雄をあげている。幼名は豹吉、後に成人してから小島龍三郎を本名としている。
 戊辰戦争勃発以前、龍雄は半蔵門近くに私邸のある安井息軒の三計塾に学び、息軒に乞われて塾頭をつとめたほどの秀才であった。
黒船の来航によって「鎖国」「開国」論が激しく激突し政治は岐路に立っていた。内乱を避ける和平論は雲井らが唱える「公議合体」構想であった。が、薩長連合の反幕論によって戦乱が開始されるに至った。
 米沢藩は盟藩会津攻撃を受諾し、一兵の援軍をも会津に送ることなく、官軍の道先案内を申し出るに至った。
 龍雄は米沢藩家老が「義」を捨てた現実を激怒し「ずくたれッ!」と蔑んで米沢を放れ東京にいくことになる。東京には、戦乱に駆り出された武士たちが、浪人者として氾濫していた。 これら浪人たちを新政府の天兵として雇い入れることを誓願していたのだ。
 龍雄の事業所?は品川の二本榎にある上行寺に「帰順部曲点検所」の看板を掲げ、浪人らの生活のために諸藩から寄付を集め、新政府に天兵採用の嘆願書を出しつづけていた。
 帰順部曲点検所に集まる浪人が二百人を越えるようになり、これを「反乱分子」とみた新政府は龍雄はじめ50名余の浪人を逮捕、裁判もなく、明治3年12月28日小伝馬町の囚獄で山田吉亮の手で斬首された。享年27歳の若さであった。遺体はわが国最初の献体として現東大に差し出された。
 「義」を貫こうとした雲井の行為は米沢藩にとって「ゆゆしき行為」と写ったのであろう。以来、100年の長い間、米沢の為政者たちは英傑雲井龍雄の名を意図的に伏せてきたものといえよう。

 不肖、私ごとで恐縮だが、私がはじめて書に接したのが雲井籠雄伝であった。無論、学校に入る大分前のことである。
近衛兵の父が家人の手の届かない場所に隠して読んでいたらしく米沢での発禁の書であっただろう。

 雲井龍雄の名を知らない米沢の人たちは多い。が、NHKよって全国にその名がとどけられ、明治の知られざる英傑の偉業を慕って多くの人たちが訪れるであろう。
  米沢在住の文人たちによって雲井龍雄は書かれているが、例外なく政治犯としてとりあげた作品はなく、詩人としての著書である。
  老生は雲井を書くにあたって、新政府に「義」をもって反抗した英傑として著した。老生は戯曲作家であるから、大舞台の上演台本用として書き上げたもので、上演はともかく作家たちからは稀にみる大作として称賛されている次第。
  国会図書館をはじめ全国県立図書館の蔵書として扱われているからご高覧頂ければ幸甚これに過ぎるものはない。著書の残部わずかだが、米沢書房に扱ってもらっているから求められるのも一興。

 なにはともあれ、老生が崇拝する「義」の伝導者雲井龍雄の名が全国に知られたことに万感胸に迫る思いでブラボーと叫びたい。