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自民党本部の結論から「山形第二選挙区に勝機なし」

kage

2008/10/23 (Thu)

 本市出の衆議院議員遠藤武彦氏の不出馬表明は「糖尿病・通風」の悪化による健康上の事情によるものだと市民は納得してきたのであろうか。
巷間に広がっている「健康上の理由から引退し後進に道を譲ることにした」が遠藤武彦議員の本音であろうか。

  ある事情通はそのあたりのことを「遠藤議員が健康上の事情をもって政界から引退するなどは全くのナンセンスなことです。性格が傲慢な上、やっと巡りきた大臣の椅子を身の不始末から7日半日でコケにした人物です。さすがに本人も後援者たちの遠藤離れに選挙に打って出て当選することの不可能さに気づいたのであろう。
 自民党の選挙対策委員長の古賀をおとずれ「比例区で当選したい」旨を申し入れたが古賀の返事は「山形二区は自民党惨敗と読んでいるから、比例区も考えにない」とにべもなかった。
 そこで派閥の長に泣きついてみたが「君に先は無いのだよ遠藤君。身を引いて後進に道を譲ることにしたらどうだね」 数の論理で展開してきた自民党ではあるが、当選がおぼつかない議員に金は使えない論理である。
 したがって、遠藤議員の政治的命脈は自民党によって断たれたとみるのが正しいというのだ。
  別に裏をとる必要もないから、事情通のいわれることを素直に拝聴した次第だ。仮に遠藤が現役の農水大臣のまま選挙に望むことになっていたら、謙譲の美徳を知らない遠藤議員のことだ、山形二区の有権者に向かってどのような大言壮語を発して歩いたであろうか。せめて、そのような姿を目にしないで済むことに安堵の胸を撫で下ろす二区の有権者たちなのである。ともあれ議員職ご苫労さまと労うべきであろうか。

  遠藤議員の議員引退表明で、断然息を吹き返した近藤洋介候補だが、この人物も近藤鉄雄元労働大臣の傀儡二世候補者である。
  親は自民党の大臣であり、傀儡の息子は野党民主党のしかも比例区からの当選議員である。親子ねじれ政党議員ということになるが、そこまで本音を隠して当選したいとする議員職とは「よほど甘いものがある」職業なのかも知れない。

 選挙ともなると「すわッ関ヶ原の合戦」とばかり後援者は真っ二つに別れてのいいことずくめの騙しあいがつづく。編しが本当であれば不況の到来はなかったはずだ。

  政治の貧困さが現在の日本を象徴しているのだ。「米を作る費用よりは買ったほうが安い」として減反政策を講じてきたわが国の政治手法だ。
  ここにきて他国に安い食料を依存しつづけた結果が「食料自給率39%」という体たらくだ。エネルギー同様、食料も他国任せで安穏としてきた農業政策と漁業政策だ。結果はエネルギーの高騰で漁船が動けない。自給率の低さやエネルギーの高騰は他国の言いなり放題である。
  酪農業者の経営破綻、稲作農業の後継者不足は以前から分かり切っていたところだ。むやみな規制緩和策よって、巨大な資本による量販店の出現に既存の商店は軒なみ経営難によって姿を消してゆく。いまさら少子化運動を唱えても肝心の産科医師が少ない。

  朝のテレビは「親殺し子殺し」の連続報道で、国技たる相撲界は八百長騒ぎだ。 一体この国はどうなって行くのであるか。それでも毎日食に飢えることもないから暴動の起きる様子もない。だからと油断するわけには行くまい。かつて富山の米騒動・江戸の米騒動で庶民が決起したことを時代は証明しているのだ。政治家たちよ! 歴史を甘く見るな! 巷間の歴史は繰り返されるのだ。


とどまることを知らない公務員の猿知恵?!

kage

2008/10/22 (Wed)

  公務員による裏金づくりの実態が、会計検査院の調査によって白日のもとに曝け出されてきた。幸いにも山形県は取り沙汰されていない、がそれもそのはず全国都道府県の中から12県を無作為に選んだ県の実態を会計検査で明らかにされたものであるからだ。したがって本県に限り「裏金づくり」の実態がなかったとは言いきれないだろう。
   
  裏金づくりが判明した都道府県の知事をはじめとする幹部公務員たちは、報道するカメラに向かって「すみませんでした」と型通りの謝意の連呼である。謝って済むのであれば「警察も裁判も不要だ」と怒りを露わにするご仁もいて当然だ。

 そこで「公務員による裏金づくり」や「使途不明金」を出している行為は「犯罪であるのか」それとも「公務員たちが甘受する既得権」なのであるか?
  その一点が国民にはよくわからない部分なのである。 犯罪だとするならば法によって裁かれるはずである。が、警察官たちによる裏金問題も表面化しているから「犯罪」だと認定することもできない事情があるのかも知れない。だとしたらそれは国家の「ご都合主義」としか思えない。

  常に慇懃な態度で国民に接している公務員たちが、陰湿にも国民の税金を「裏金」という行為によって国民の眼の届かないところに保全して「一体、国民の税金をどうしようというのだ?」答えは必ずあるはずである。
 答えの真実はきれいなことではあるまいから、とりあえず国民に詫びる姿勢を見せて雲行きの過ぎるのを待つ。なんという卑怯な精神構造の中で生きる群像であろう。
 そのような風土は永年培われてきた公務員制度のなりわいなのだから「犯罪」と決め付けなれない事情というものであろうが、国民の心情からすれば「犯罪として厳しく断罪されるべき」ものだろう。

  一般社会では「同じ仕事の成果をあげ、所定の予算を使わない」ことが優秀な仕事師の勲章である。 が、公務員社会では「当初の予算を使いきらないような部署は成果のあがらない部署」として来期の予算が減額される。

  一般社会の現実は身近な金銭感覚から成立しているから無駄は極力避けようと叡知を働かすが、親方日の丸的な公務員たちの考えることは予算を多く獲得し仕事の成果を誇示することに拘泥し、使い切れなかった予算は人の目の届かないところに隠匿する方法を実行する。

  予算はあくまでも国民の税金であるという認識が薄く、「部署が貰ったもの」として来期の予算に影響がでないようにと「余剰金は仕事以外で使いきるか、人知れず隠匿すること」に撤するのだ。

  これは永年つづけてきた公務員たちの「猿知恵」というものだ。これら猿知恵は公務員の最も得意とする分野で部署には、必ず猿知恵に長けた専門部下がいて「裏金の額」が多ければ.上司の覚えがめでたく出世街道に抜擢されていくことになるのだ。
  「裏金づくり」が栄達の技となるのであれば真面目な公務員は「やってらんねえ」ということになる。

  日本の政治家には官僚出身出の人物が多い。これらは親方日の丸経験者で「裏金づくり」に精通し、裏金づくりの恩恵に浴した人たちであるから「裏金を犯罪」と処置できない弱みがあるのだろう。

  政治改革とは政治家個人が「汚い金に身を埋没させない」ことを心がけることだろう


市民感情を逆撫でする行政感覚?!

kage

2008/10/17 (Fri)

 既報、9月22日付米沢新聞の記事は、通町地内のマンホール設置現場で、調子の悪いバックホーの点検作業中に、現場に停車していた無人の4トントラックが動き出しバックホーとトラックに挟まれ、多発肋骨骨折、横隔膜破裂により死亡事故を報じている。
 死亡したのは南陽市宮内の会社員板垣信一(53)さん。原因は砂利を満載した4トントラックの運転手が現場は傾斜のある道路であるにもかかわらずサイドブレーキを引いていなかったことが、無人トラックを暴走きせ惨事をひき起こしたものであった。
 米沢警察署は工事会社の平田工業の全面的な不注意として処理したものの、通例では発注者の米沢市役所が原因を重くみて、業者に対して発注はおろか、指名停止処分になされるべきものであった。ところが、米沢市の下水道課のとった行為は「同社と癒着がらみか?」と疑わせるような発注を行なっていたことが判明した。

 経過をたどってみると、不慮の死を遂げた板垣さんの葬儀は9月26日、アイメモリーでしめやかに行なわれたが、あろうことか葬儀終了をまつようにして関連数社が近くのK公民館に集結「次期発注の下水道工事受注に関連する談合」を行なっていたことが判明した。

 入札日は9月30日、落札者はこともあろうに問題になっている平田工業であったから業界が騒然としたのは当然の成り行きだった。
  10月1日、業界の正常化のために「今回の受注は辞退すべきが業者のとるべき責務ではないか」と受注辞退を勧告し更に「を通すならば発注先の混乱を招かないためには、辞退するのは明日が最終日だ」と、更に補足し業界の守るべき責務を説いたのだったが、同社の業界に対する回答は「業者の勧告を受けた翌日(10月2日)に同社事務員が市役所に「契約書」を持って契約に訪れていたことで業界に対する返答となったが、発注元米沢市役所は同社に関連した「死亡事故があったこと」と「談合の有無を聞き取る」必要から同社との「契約を保留」にする手段を講じた。

  市役所は「談合の有無を聞き取り」を、6日に行なう旨を関係業者にFAXで通達。発注者側から「談合の有無」を糾されて「有った」と答えるわけもなく、7日に「契約は落札通り同社に決定」していたものの「談合の有無」を理由として契約を保留にしていたのだ。
  驚いたことに6日に開かれた「定例審査会」では、すでに死亡事件を起こしていた平田工業に対して「1ケ月間指名停止処分」を決定していたのだ。が、契約後の10日に平田正業を市役所に呼んで「同社を指名停止にする旨」を通達しているのだ。

 それでは「順序が逆じゃないのか!」市役所の対応の矛盾に激怒した市民が、米沢新聞社の「読者の声」欄に「非常識極まりない!」と題して投書。
  工事は市民の税金を取り入れているわけだから発注者は勿論のこと業者もエリを正してもらいたいものだ!と、市役所の対応の甘さと、業者の「背に腹は変えられぬ。何がなんんでも仕事は取るッ!」とする業者の受注態度は許されるものではあるまい。と投書は業界の正常化を願い発注元の米沢市役所側の対応の矛盾と甘さ、受注側の業者との両者に向けて、業界正常化のために祈るようにして是正を叫んでいるのだが、米沢市は正式に同社との契約を8日におこなっている。

 これらの事実を踏まえて米沢市民はこれらの推移をどのように考えればよいのであろうか。


名優緒形拳(こぶし)の死を悼む

kage

2008/10/09 (Thu)

 名優緒形が逝った。今朝のテレビで知って驚いた。先月、築地の研究会の席では緒形が特別話題にのぼらなかったので元気で活躍しているのだろうと別に気にとめることもなかった。
緒形は千葉で新聞配達をしながら高校を卒業した苦学生であったことはあまり知られていない。当時、新国劇で辰巳柳太郎演ずる「王将」坂田三吉役に感激、坂田三吉を演じてみたいという情熱から御大辰巳柳太郎の内弟子入りした。
「王将」の作者は演劇界の天皇といわれた故北条秀司の名作として一世を風靡した作品であった。
 ところが坂田三吉役は辰巳柳太郎の当たり役として終生温存されていたことで緒形が演ずるのは辰巳柳太郎亡き後だった。北条秀司は緒形を新国劇入団当初から、彼の人柄と才能を見抜き実の息子に接するが如く目をかけていたものである。北条は辰巳・島田という新国劇団の看板役者がいるかぎり、緒方が若くして才能を埋もらすことを心痛していたのだった。
 北条は緒形に三吉を演ずることは許さなかったが、辰巳のいる新国劇にいるかぎり緒形が世に出る機会はないとして緒形を新国劇から退団することのかわりにNHK大河ドラマ「太閤記」の主役に抜擢させるのである。以来、緒形は役者として大道を歩むことになって行く。

 新国劇の若手俳優として、緒形は辰巳柳太郎の「気合いを導入する」殴られ役であった。初日を数日に控えた劇団の舞台稽古は激しいものだが、特に新国劇団の稽古には言語に絶するすざましいものがあった。
役者ともどもスタッフに至るまで疲労の極致に達した頃、辰巳が「緒形ッ!」と舞台上から大声をあげる。と、袖幕にいた緒形が舞台にいる辰巳に駆け寄っていく。と、大男の辰巳がいきなり緒形の顔面を張り倒す。無論、緒形は吹っ飛んで行。「よ-しッ気合いが入ったッ!」これが団員をまとめあげる辰巳流の「気合いの入れ方」であり、こうして舞台稽古も無事にすみ初日の幕が揚がるというわけだが、島田・辰巳の老いた二枚の看板役者が若手役者を育てなかったことが、後日、新国劇の解散につながって行くのだ。
  老生の劇作上の師佐々木武観が北条秀司の愛弟子であり演出助手についていた関係から明治座での舞台稽古に立ち合う機会に恵まれた時のヒトコマだった。

  緒形は辰巳亡き後、「王将」をもって米沢公演を行なっている「演劇を観る会」の誘致によるものだが、上演後「緒形を囲む会」では酒を一滴も飲めない彼が最後まで付き合い会を盛り上げる役目をしてくれたものである。
  その頃、老生は仲間と立ち上げた自立劇団「北方芸術劇場」の主幹をしていたが攻今村昌平監督になる「ええじゃないか」の米沢ロケが行なわれるとあって、エキストラが集められていた。
劇団員も手伝うことになり、アチコチの撮影現場に移動しておったが、新潟でのロケは緒形と一緒で、緒形は団員に請われるまに写真におさまってくれたものである。
上杉公園を背景にした「夜の大川べり」でのセット撮影では劇団員が総出の出演になったが、準団員の女の子が親しくなった緒形に「明日はわたしの誕生日よ」といったことから緒形は「何かお祝いをしなくちゃ」と律儀にも誕生祝いを届けてくれたことがある。
  劇団の公演には花束を贈ってくれたのが緒形であり、北条の名作「霧の音」4幕であったことから「米沢に行くならぜひ観てこい、と、北条に命令されているが予定が取れないので花束だけで勘弁して」と帰っていったが、それが老生との最後になった。
  彼は老生より4才年下だが、近年めっきり白髪が増え、老人臭の漂う顔はメーキャップばかりの精ではないと案じていたが、まさか肝臓破裂を起こすまでの仕事の虫だったとは。せめて、彼を収録したビデオやアルバムを開きながら。朔北からの合掌としよう。

政治貧格党同志の総選挙論争が滑稽だ。

kage

2008/10/07 (Tue)

 「君ならどうすればいい?」と、質問する報道陣に最後っ屁をかませて総理を辞任した福田前総理の顔がテレビから消えて、老生は安堵の日を過ごしている。
国民を見下すような「含み笑い」の奥に見え隠れする政治能力欠如と無責任感が老生をいらつかせていたからだ。

  ありていに申せばわが国の歴代総理の中で「森元総理」と双壁のくだらない総理だと思っている。したがって、福田総理で解散・総選挙ともなれば自民党は確実に崩壊の一途をたどる運命であったろうと考えていた。
 自民党にも知恵者がいたらしく、福田では自民党政権は不利、いっそ麻生総理でひとまず人気回復を待って解散総選挙が望ましいとの結論を導き出したのであろう。
麻生の立場からすれば、戦後の宰相吉田茂の孫であるという誇りから、自分の代で自民党政権を投げ出すわけにいかないという自負があるだろうから、解散総選挙に打って出ることはしないだろうと老生は考えていた。

  理屈からすれば主権者たる国民の審判を受けないで3代目の総理が生まれることは望ましいことではない。民主党小沢代表の言葉どおりであろう。だが、衆議院議員の任期が残っていることも事実だ。そこで「喧嘩太郎」の登場となり「解散は私が決めさせていただきます !」となり祖父吉田茂を彷彿とさせる意志の強さが国会を湧かせ、今後の政局の進展がいつになく興味深かいものとなってきた。

 確かに自民党政権の長さから数々の不祥事が国民に疑惑を生じさせてきた。社保庁の新たな改竄疑惑・農水省の「事故米問題」中国の「メラミン混入」等々。

 老生が救われたのは辞任した中山元大臣の発言であった。「空港の進捗に遅れがあるのはゴネドクであり、日教組の道徳を拒否した教育理念が生徒をダメにした」老生は勇気ある発言であの政治家の骨を感じた。ただ、発言する立場と場所を選ぶべきであったと思われるが、まったく同感であったことを強調しておきたい。

 テレビで大分国体の開会式を見ていたが、整然とした行進には感動があり、北京の自由奔放な行進にはスイッチを切り床についたことがあるだけに好感をもって開会式を見ていた。が、国旗掲揚の場になって選手団の映像となった。が、だれ一人として国歌を斉唱しようとする人はなく、口端で歌詞をなぞる人達すら映像が捉えきれなかったのはあまりにも悲しいことであった。

  国家意識もなく日本選手団として派遣されるのは派遣される選手達個々の恥部である。断じて改めたい国家の責務であろう。個々のメダルの数も大事であろうが、それよりも国旗に向かって敬意を表する姿勢と国歌を声高らかに斉唱できる国民性の教育を第一義とした教育こそが望まれるのだ。

  この教育を怠ってきた日教組だけの問題ではない。日本は貧格の国家に墜ちてしまったのであるか?。わが国は日を追うたびに狂ってしまうのだ。
  毎日の報道は「殺人・放火」で朝飯が始まる。食事を楽しめるわけがないだろう。

 所用で乗り物に乗ったときに迷惑するのが、国民総ツンボかと思わせるほど、女性全般に言えることは声高の会話である。別に内容に興味はないが自然と耳に入ってくる会話のつまらないことは声高に加えて教養のなさを示すものだ。
 少なくとも常識のある人たちは小声で話、車中に響き渡るようなバカはしないものである。 困るのは仙台行きのバス中であり新幹線の車中なのである。もっとヴリユウムを加減しても会話を楽しめるはずだ。
 老生の家の前を通る車の中には、耳をつんざくようなヴリュームいっぱいの若者もいる。 これではツンボが増えるのは常識というものだ。

 かつてソニーは国民総ツンボを防ぐためにイヤホーンの改良に乗り出した時期があった。街中でイヤホーンを耳に差し込んで歩行する人達を見かけるが、はたして周囲の情報に的確な反応ができるものであろうか。