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市民側に目を向けない「一般廃棄物収集運搬業の許可」に頑なな行政姿勢

kage

2006/06/30 (Fri)

■ 随意契約業者によって行なわれている市内の廃棄物運搬処理方について本会は一切問題化したことはない。本会が提唱しているのは「一般廃棄物収集運搬業の許可制」を広く希望する業者に門戸を開くべきであろうという一点だけである。

以下、本日環境生括課の鈴木課長との電話での一問一答である。

小生:他市町村に見習って一般廃棄物収集を業と願う市民に許可を出す
   方向で何故考えられないのか?
課長:許可に関しては法令に定められている。
小生:ならば許可を出している市町村は法令違反となるのか?
課長:必ずしもそうとはかぎらないと思う。
小生:法令の解釈を市民側に向けて解釈してどんな不都合があるのか?
課長:中央省庁から指導があるのです。
小生:課長は以前、県の意見を聞く必要があると言って、県の意見を聞い
   たはずだ。「米沢市の判断でやることだ」という県の意見を数か月も本
   会に隠蔽していた過去がある。
   こんどは中央省庁の指導だとして蓑隠れするわけか?
課長:(無言)許可について私個人ではできない。上の人の判断を守らねば
   ならない。
小生:あなたは担当課長ですよ。あなたの判断を聞いているのだ。上の人
   たちというのは吉田部長、助役、市長の三人だが。
課長:そういうことです。
小生:いやしくも市民の禄をはむ職員ですよ。担当課長としての意見も持た
   ず責任を上司に転嫁するのは公務員として見識に欠けるものだ。責
   圧転嫁をつづけてでも公務員の延命を願うだけの卑怯人間である
   か? 嘘で固めたコザカシイ行政感覚で物を言っていたんでは、あくま
   でも業者癒着による特定業者養護論としか聞こえない。
課長:随意契約は法的に許されているのです。
小生:随意契約は諸悪の根源だと中央省庁が是正する方向に向けて改善
   しているではないか。防衛庁も随意業者、保険庁に至ってはどうだ?
    まして日本銀行総裁の問題はどう解釈する。全てが国民不在、市民
   不在の行政感覚が生んだ不祥事だ。公務員の使命はあくまでも「市民
   のために」が与えられた責務だ。自分個人を優先させる行政は公僕
   の恥部である。
課長:いいわけでもなく、業者癒着などの行為はしていない。
小生:「北関東の計りは信用できないから正式な計量はできない」と公言し
   た事実がある。そういうイロ目で他業者を見ている以上、業者保護の
   行政感覚が伺えるものだ。
課長:私の発言が適当でなかったので、その場で訂正したはずだ。
小生:訂正はしてない。私が北関東に出向いて県の検査証を見せてもらっ
   てきたものだ。
課長:その場で部下の注意を受けて訂正しました。
小生:嘘に嘘を重ねるのは避けるべきだ。見苦しいからだ。私は劇作家で
   あるから、「言葉や会話に至っては記憶が確かだ」
   ***訂正した、しないの水掛け論がつづいた***
小生:訂正したという課長の言葉を了としても、他業者を見る行政の目であ
   ることを確認できた。ズバリ、何故求める業者に許可を与えようとしな
   いわけはなんだ?
課長:難しい法令の問題と中央官庁からの指導が厳しくて。
小生:県の意見さえも隠蔽していた課長だ。その省庁とは?ことさらに許可
   を出せないのは「許可業者からの圧力だろう?」
課長:圧力などどこからもありません。
小生:昨年度はじめ「広報よねざわ」で許可を求める業者に説明会を開い
   たことがあった。説明会を聞き付けた既存の許可業者が集結して「担
   当部」を脅した事実があった。
課長:脅しなんか受けておりません。会議をしたんです。
小生;ならば説明会の翌日全国から市内の既存業者が集めたオルグに助
   役までカンヅメされた脅しを課長は会議だというのか。ならば説明
   会に参じた許可業者たちが納得できる会になっていたか? 脅しでは
   ないと言うならば、数日後に米沢市の文化センターで開いた既存業者
   の「全国大会」とは何を意味するものだ?
課長:市が主催したものではない。勉強のために大会に出席しましたが。
小生:一連の既存業者の行動は行政に対する圧力であり、圧力ではなかっ
   たとする感覚こそが業者保護優先を示すものだ。市が随意契約業と
   交わした契約書に双方ともに違反している事例がある。
課長:?
小生:契約には業者が収集運搬してきた廃棄物を「当該協同組合で計量し
   たうえで無償譲渡すると定めある。ところが一度も当該協同組合で計
   量した事実はなかった。と、住民監査請求報告書に記述されている。
   あろうことか計量は特定業者の台貫を利用していたことが正式に判明
   した。正式なデーターが業者から出されるわけがない。その証拠には
   当時は廃棄物の量が年々増えていたのに、競争入札制度になってか
   ら、廃棄物の量が4割り方激減しているのだ。考えられることは随意
   契約業者が収集運搬量を確保するために実際量を増量していたこと
   に結論づけされる。これと同様の行為は横浜市の業者汚職問題に通
   じるものだ。
課長:横浜市のことはわかりません。
小生:わからないで担当課長がつとまるというのか! 無責任もいいところ
   だ。

 課長といくら話しても市民側に視点をもたない職員とは話にならない。来月20日、情報公開審議会が「本会の意見を聞きたい」と本会に予定日の都合を確かめてきた。本会は了承したが、その日は多くの市民に聴講していただく心算だ。その日は担当部課の怠慢と嘘に裏うちされてきた行政行動が暴露されることになる。
いくら行政課長としての考え方を改めさせようとしても課長には馬の耳に念仏でしかない。
電話を切る。

■ 参考「一般廃棄物収集運搬業の許可」について
◎中央省庁(環境省)の指導は、「市町村長の自由裁量に委ねられている」と平成15年3月17日付けで各市町村に通達されている。
◎法的問題については平成17年1月31日、本市の顧問弁護士である山形の古澤法律事務所より「問題ない」との見解が文書で出されている。

やはり日本はおかしい?!

kage

2006/06/29 (Thu)

 事務所移転にかまけて久しぶりに掲示板の書込みに目を通した。相も変わらぬドブネズミらの書込みは論外だとして「産業廃棄物終末処理場」建設の反対や「高規格道路建設による森林破壊」の問題が多かった。
 「終末処理場」は基本的には必要不可欠な施設ではあるが、施設場所が必然的に重要性を帯びてくる。周辺住民の声を精査することが重要な行政の責務。
 小生は此度の周辺住民反対の影にうごめくブローカーの存在と当該建設会社によせた同業他社の怨念が介在し運動の要因になっているとみる。 <
br> 運動の矛先を今さらに市に向けるのはスジ違いというもので、担当の山形県に直接的に向けて闘うべきであろう。 「高規格道路建設」は、その利便さにおいては歓迎すべきことかも知れないが、その一方で森林伐採や田園破壊と自然破壊につながることは必要悪だとしても素直に納得できるものでもあるまい。

 エネルギー非産出国家日本は、通常の生活に森林の小枝を燃してエネルギーを得てきた生活形態があった。燃料となる小枝は年に3割も増殖する。したがって充分に生活エネルギーは保たれたのである。ところが石油製品の便利さから[風呂」「暖房」「調理場」などは全て石油・電気製品に求めていった。さらに政府は「燃すことに禁止令」を出してきた。わけは大気汚染・オゾン破壊を金科玉条の如くに国民に通達してきた。ゆえにエネルギー枯渇の日本人は値上げに一喜一憂する生活を余儀なくされている。これが日本の知恵なき政治形態である。国民は2度にわたった「石油パニック」を忘れてはならない。また、食料の自給率40%の国家でありながら、1日10万食を捨てている不埒な国民であることに心すべきである。
 現在、青少年にかぎらず犯罪の数々が朝食時のテレビニュースが伝えているが、犯罪を減らすには「家族全体で囲む食卓の実現にある」と小生は信じている。以前とは違い「家族全体で食事を楽しまない国は日本家庭だけだ」世界中の日本を除けばどの国も家族全員での食卓を実現、保持しているではないか。せめて家族が食事をともにするならば、母親は家族の健康管理も出来るだろうし、家族の会話も自然とはずむものである。そこからこどもたちの精神状態をも感知できるだろうし、心の隙間をのぞき見することも可能だ。バカな親はこどもの勉強部屋だといって鍵のかかる部屋を提供する。こどもの大半は勉強どころかゲームや未知なる世界を求めてエロ本などに解放を求めているケースが犯罪の温床となっていることも事実だ。昔は全てが引き戸で鍵のかかるドアなどは敬遠していたものだ。そこに先人の教育の知恵があったと思いたい。自然破壊を防ぐのも重要なことだが、家庭生活の破壊は修復できない自然破壊に準ずるものだと理解したい。どこにでも居るドブネズミたちよ!「おまえたちの家族は一緒に食卓を囲んでいるか」「カラスの勝手でしょ」と苦笑いする顔が目に写るようだ。人の恥部や弱みを食って生きて何が楽しい。何が生きがいなのだ。おまえらは人間社会のクズだと認識できないほど腐りはてた輩であるか。


「鬼の会」の事務所を移転しました。

kage

2006/06/28 (Wed)

 馬齢を重ねると、いささか店舗兼本会事務所を持つことが苦痛になってきた。そこで急遽自宅の写真スタジオに事務所を移転することにした。(小生の本職は写真家であった)
 26坪の店舗から15坪のスタジオに移転するわけだから、長年蓄積してきた書籍などトラック2台分を始末必要があった。よくぞ読破したものである。家具の多くは福祉事業所に寄付してきたが、書籍類はどこも引き受け手はなかった。米沢市の図書館でさえも地元の図書以外は読む人たちの激減によって不要とされた。
 移転によって若き日の所業の数々を彷彿させるものが2~3出てきて懐かしかった。多少、自慢気に写るかも知れないが青年時代の活動としてご承知いただきたい。
 まず、30年代に青年演劇大会で全国優勝したことはご承知の方もいられるだろうが、山形県予選会で最優秀演技賞を獲得した時の額が出てきたことや、米沢芸術鑑賞協会の事務局として会員数1400名を達成した時のバレェ公演の記録、そして40年代東京オリンピックの聖歌リレー時に旧市役所前に設置された聖火台の周りに花がないことに当時の吉池市長からの懇願でフラワーポットを作り、置賜農業高校の畑からサルビヤの花を友人と2人で分けてもらって植え付けて事なきをえたものの、黒煙をあげる聖火台でお茶をにごしたホロニガイ思い出の写真が陽の目を見たが、市長の肝煎りで清水大典氏を中心に「よねざわ花の会」が結成され、小生が初代の事務局長となった。当時の読売新聞社からの表彰状も出てきて懐かしさがこみあげてくるものだった。
 初代会長の故行方靖郎氏から佐藤会長まて「花いっぱい運動」は健全に広がって維持されている。喜ばしいことである。また、「米沢村」の設計図も出てくるにしたがい小生の青年時代はボランテァ活動に終始してきたのだという記録が蘇ってくるのだ。

 さて、本論にうつる。「鬼の会」を結成したのは3年前のことになる。まず、運動の骨子は「行政の知恵のない沈滞を指摘する」ことにあった。 そのはじめが「市の有価財産である再生資源物を随意契約業者に無償提供することを止めさせることであった」その結果は本日現在でナント1億円を越す市の歳入となって証明されている。
 本来ならば担当職員や市会議員らが実行すべきところ、本会が「提唱と運動を続けた」結果であることは間違いないことだ。
2度にわたる本会の「住民監査請求」は役所側のセクト主義から「役所側に非がないこと」の報告書が作成され、米沢市担当部課並びに茶坊主監査委員に反省がないことから、本会は改めて3度目の住民監査請求を提出する。前回・前々回の住民監査報告書に不用意にも蓄積してきた数々の記録から「市政を覆す」データーが集まってきた。
 市民の純粋な運動から生まれた1億円の歳入である。にも関わらず「お上に逆らう不埒者」よばわりは全くもって迷惑である。

 さて、移転によって出てきた不要品の始末を業者に依頼せざるをえなかった。無論、一般廃棄物許可業者ではない。問題なく値段が安価なのである。なによりも依頼者の要望に気を使ってくれるのであった。
 行政が「不法投棄の心配がある」といい2年越しにしてさえ許可を出さない不条理さと、鈴木課長ごときは「北関東通商のはかりは県の検査を受けてない信用できない台貫だ」と公然と言い切る始末。 斯様に随意契約業者養護一辺倒な環境生活部課なのである。随意契約は「悪の根源」であることは中央諸官庁でも認めている文言である。防衛庁の汚職は随意契約業者との癒着から発生したものではないか。保険庁の勝手極まる分母へらしなどなど小賢しい役人のする仕事は知恵のないその場しのぎの日本である。

 斯待のサッカーも相手国の「グランド格闘技」なる根性に敗退した。まず勝つことの根性が相手国に劣った試合だと見た。試合とは勝つことにある。そのために全力を傾注すべきが筋というものだ。チャラチャラしたマスコミの報道を見るたびに辟易していたのは小生だけであろうか。
 事務所を自宅スタジオに移転したからには、落ち着いた著作活動とともに本会の運動を米沢市のためにも続けなければなるまい。

 来年は待望の地方統一選挙の年になる。問題の現米沢市長は「市民のためにならない」から市長を代える必要がある。「部落の婦人層は-期だけでは可愛そうだから」という筋違いとも思われる同情票が強いといわれている。が、同情するのは結構だが、ために米沢市政の沈滞はどう説明するというのだ。
 現在、市長候補に手をあげているのは「前自民党県連幹事長の野村研三」氏だけのようだが、無駄飯食いの安部三十郎氏と比較されるのは野村氏の本意ではあるまい。追々時間をかけて書くことにしよう。
 まずは事務所移転のごあいさつまで。電話やファックスは今までと同様。事務所住所は東二丁目となり、ご存じ行方羊肉店は小生宅とは隣組同志である。大型犬2頭がいる自宅である。

「せいじいちゃん」の投書に応えて

kage

2006/06/09 (Fri)

 中田地区の国土交通省前の米沢市道(歩道)が融雪前から壊れ通行に多大な不便をかけていた。
市役所では事情を熟知していながら4ケ月も放り離しのままだ。
通学路でもあり自転車との交差で車道にはみ出すことがあり危険極まりない歩道だった。なんとか早急に善処してもらえないものだろうかとの投書だ。
 本会は早速国土交通省の米沢出張所に問い合せところ「歩道の管轄は米沢市になっている。こちらからも聞いてみましょう」ということで、市の土木部にその旨を伝えたところ「早急に対処します」との回答を得た。したがって、近日中に補習工事に着手されるものと思われますので、地区の方々には暫時ご不便をかけることご容赦願いたいと存じます。

■市街地再開発会議に顔も見せない安部市長の真意を問う。

 今月5日に開催された「中心市街地活性化四者懇談会」鳥海茂太会長主催に安部市長は助役を出席させて自分は出席しなかった。
会議は米沢市出身のデザイナーになる「米沢市藩館」の図面を提示しながら有意義な会議であったようだ。その中で佐藤商工会議所会頭は「開発にはそれぞれの担当者が真剣に取り組んでこそいい考えがでるものだ」と安部市長欠席に皮肉を洩らし、当該地元商店街開発の尾原理事長も異口同音の如く「いままで市の各プランに全面的に協力してきが、残ったのは都市計画の網と借金だけ。非常な窮地に追い込まれている実情を知ってか知らずか、安部市長が逃げるような欠席という手段をとっていいのか」と不満をぶちあげていた。
会議本来の成果はあがらなかったとしても間をおかず第2第3の会議をもつべきだとしている。

 行政のトップが代理を立てるようでは問題外である。トップの都合によっては会議の日程を調整することが肝要とも考えられる重要な会議であったはずだ。
安部市長は大事な時に責任を回避するきらいがある。市町村合併会議においても置賜地方の中心たる米沢市長は一言も意見を発表することがなかった。われらが選んだ安部市長である。議会での答弁においても然り、ことごとく責任回避主導型である。米沢市民も恥ずかしい市長を選んだものである。が、それにしても再選を期して出馬する意向だと聞く。
盗人たけだけしいとは安部市長を指しているロゴなのであろう。巷に充満している市民の声をここに伝えよう「市長を変えねば米沢市はどうにもならぬ」であり「あの薄笑いは悪魔を感じさせるものだ」とかだが、定年を前に退職した元部長らの声「あんな行政感覚のない市長と仕事をやっていられない」だ。
 安部市長よ!未来に対して閉塞感のただよう米沢市だからこそ「市長ゴッコ」は迷惑千万であることを自覚すべきだ。
安部個人には何ごとも口を閉ざそう。だが、市長安部には口を閉ざすわけにはいかぬ。できるなら、今すぐにでも行政のトップから辞して米沢市の未来を他に託すべきことこそが最後にとれる責任だとは思い至らぬか。またしても責任の回避に撤する所存であるか。

拝啓・安部市長様

kage

2006/06/04 (Sun)

 6月1日付、米沢新聞の読者の声を拝誦。また、テレビでは地元の市民が大挙して市長室に押し掛け反対意見を述べたことが報道されている。
このように市民が己れの意見のために行動することは望ましいことだと思うが、まず安部市長の行政能力の欠如を認識すべきであろう。

 「産業廃棄物の処理業は県に許認可権があり米沢市では何ともできない」と逃げを打つ市長だが、一般廃棄物収集許可を求めている市民には「県の意向を聞く必要がある」と逃げてきた。県の回答は「一般廃棄物収集許可は県が関与するのではなくして米沢市長の裁量権だ」と、けんもホロロに突っ返されている。

 「終末処理場は県の許可したもの」だと逃げ「市の裁量だとする一般廃棄物の許可」も、何の理由もなく頑なに出そうとしないのは如何なものであろう。
全く市民無視の行政感覚なのである。
 市職員とはウソを承知で市民を籠絡するが職務であるか?環境生活課「鈴木善夫課長」は小生らに「北関東通商の台貫(計り)は検査してない計りで信用できない」と断じ業者を激怒させた。本会に検査査証を持参して「営業妨害も甚だしい」と語ったが、斯様に市民に対しては平気でデタラメを述べてゴマカシの行政をするヤカラなのである。
 トップの安部市長はノー天気そのものであるが職員も同罪である。参与なる教授にさえアイソをつかされる市長である。米沢市の衰退はますます歴然となり市民の意識に暗さを増幅させるものとなろう。
 ここにきて市の有権者は市長の行政能力の欠如に気づきはじめたようである。「いたずらが過ぎた」と今更反省するのも大人気ないが、「在任期間中だけでも、公言をひるがえすことなく」という文言に心から同調する。
 「自由の風」「出前市長室」などの自己保全のパフォーマンスなどは、もはや慎むべきだ。市長自身は「叩かれ強い人だ」と家族は言うが「市民に叩かれないような行政能力を養うが筋でありトップの役目である」と思われる。
市町村合併会議においても自分の考えを語れない市長では何をかいわんやである。
安部市長! まさか再度立候補する考えなどはあるまいな。