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鬼の会、再度「住民監査請求」

kage

2006/03/15 (Wed)

鬼の会、再度「住民監査請求


 住民監査請求の制度が出来ておよそ50年になる。半世紀もの間に米沢市で監査請求は3度しか出されていない。そのうち3度目の請求は本会が出したものである。
今回、米沢市では4番目の住民監査請求を、今月17日10時に監査委員会に出向いて請求書類を渡すことにする。

 監査請求制度とは、議会でも見落としている行政および職員の会計行為に疑義があり、市民として摘発し「摘発」の是非を監査願う制度なのである。

 市職員が米沢市の歳入可能物件を、ことさらに低く査定し、米沢市の歳入に約1300万円の損失を与えた行為を3年間にわたり精査し証拠書類を集めての監査請求である。
 前回の住民監査請求は「却下」とされたが、肝心の監査委員の結論ではなく「オレが裁判官だ!」と宣って恥じない金沢裕監査事務局長の作文がそう断じたものであった。

 今回は2度目の請求である。今度は新任の監査委員に期待し局長に舐められないように万全の態勢で書類を作成したものだ。すでに報道各社に連絡をとり記者会見も予定している。
 市職員は「米沢市の歳入となるべき金額を、市場価格を精査する努力を怠り、歳入となるべき額を削減し、米沢市に多大な損害を与えた」という趣旨である。

 前回は金沢裕事務局長が本会を甘く見たせいか、「却下」と断じながら添付してきた書類からいかにデタラメな監査であったことかが証明されている。
 本会は役人贔屓の監査に煮え湯を飲まされた事由があるために、今回の請求には魂をこめ精査に次ぐ精査をした結果として請求に及ぶものだ。

 市職員の杜撰な予算執行や、やりたい放題の行政に、米沢市民の確かな目を信じ、市民の権利として請求するものだ。
関心の目を注いでほしいものである

研修旅行のあとは野球拳(雲仙市)に揺れる市議会

kage

2006/03/14 (Tue)

研修旅行のあとは野球拳(雲仙市)に揺れる市議会


 雲仙市の市会議員30名が山鹿温泉でかもしだした野球拳のランチキ騒ぎが今朝のTVで全国放映されている。どこかで同じ騒ぎを起こしたはずであった「そういえば、3年前に米沢市の議員たちが野球拳で騒ぎを起こし全国に報道されたことがあった」その場所は「山鹿温泉」であったかどうかは記憶にない。
雲仙市の場合、山鹿温泉までは4時間の距離であり、十分日帰りの研修が可能な距離にある。公費を使って1泊2日の「研修旅行」にすることはなかったという。しかも、議長・副議長・事務局長の3人が「コンパニオン」を呼ぶことに決めたのだという。
コンパニオンには2種類あって「スーパーコンパニオン」を呼ぶことに決めた。「スーパーコンパニオン」とは宴会のお酌だけでなく、裸も辞さない役柄を売り物にする女性たちのことだという。そこでおさだまりの野球拳と相成る。連敗のコンパニオンが一糸まとわぬ全裸となって酌に回ったから問題が露呈したものだ。
米沢市議団の場合は全裸であったかどうかはわからない。だけども野球拳目当てであったことは事実だった。
ところで、問題が露呈し騒ぎが大きくなると、同じ宴会場にいたはずの30名の市議たちは「野球拳」を「知らない」と言い「見ていない」と言うのだ。こうして公費の無駄使いが始まり、市議ともあろうものが悪怯れる感性すらもたない人種なのだ。

 さて、米沢市の市議員定数削減論が叫ばれている今日である。議会の傍聴席で「白布山人」筆名の元市職員が、自分が投稿した新聞記事を持って小生に感想を求めてきた。
記事の内容は、議員定数を削減して歳出を減らせという趣旨のものであった。山人氏は「能力のない議員に無駄金を支払うのは惜しい」といった。
小生は「仮に議員を減らすのは賛成だとしても、能力のある議員が残るという保証はない。それが民主主義の悪癖というものだ。能力のない議員ばっかり残ってしまうことも考えないとな」と答えたが選挙制度の避けられない制度というものだ。
 米沢女子短期大学の学長の退官パーティに出席した元職員のボヤキを聞いた。「パーティの席上で安部市長の挨拶を聞いて呆れ返ってしまった。あれが大学のある米沢市の市長ですか?」出席者の評価が芳しくなかったようだ。
 その話を聞いていた人が「市長との懇談会とは市長が老人の肩を揉んで回ることのようだ。うちのばあさんは肩揉みを断って逃げたようだが、二度と懇談会に出るのは後免だと言っている」
市長のあの謎めいた微笑みで近付かれると寒気がするのだともつけくわえていた。
 「市長と語る会」には縛りがあって「要望などの一切」は禁句であるようだ。ならば「市長と市民が何を語り合うというのか」疑問は疑問を呼ぶ。次期選挙の事前運動以外の目的があるとはいえまい。
 前高橋市長が小生に洩らしたことがある。「町中の票はアテにならないが周辺部落の票は堅い。だから次期選挙のためには部落の芋煮会などには必ず出ることにしているんだよ」
 票が命の民主主義のご時世だ。経費対議会の能率を考えれば優秀な少数議員であることが望ましいに違いない。票数が左右する議員選出であることを考えればダメ議員、ダメ市長も生まれる現実に市民は目を開くべきなのだが。

3月議会傍聴記=総花的な質疑応答が続いた。

kage

2006/03/05 (Sun)

3月議会傍聴記=総花的な質疑応答が続いた。


 いつになく満員の傍聴席であったが、質疑応答は相も変わらぬ「下手な作文の読み合せ会」に終始した本会議だった。
質疑応答とも原稿は大事なものだが、原稿はあくまでも原紙であって語りかける相手の顔を見てこそ「語り」である。教育長ひとりが「語り」を貫かれたといってよい。
下手な役者でさえ「原稿の棒読み」はしないものである。その点では賑々しく議会など開催しないで「質疑応答の文集」だけで済むもののように思えた。

 さて、伊藤亮一議員の「参与は必要であるのか?」の質問に答えて、安部市長は「多くのお知恵を拝借して行政を行なうのがベターではあるが、専門的に多くの人より深い知恵のある方のご意見ということで参与は不可欠」と答えた。
 「市民を代表する議員は深い知恵を持たないからだ」と私には聞こえた。要するに議員たちは知恵を持たない集団だということである。仮に二人の参与が深い知恵者だとして遇するには米沢市の組織図で位置を示すべきであろうが、参与の存在は「妾の子」扱いで参与そのものが不満たらたらの状態なのである。
参与の件については、安部の手前勝手な独善で依頼したもので安部個人の経費で賄うべきものであろう。

 ハイライトは亮一議員の質問「-般廃棄物業の許可を出さないのは既存業者13社の擁護策ではないか? この件については市長の口からじかに聞きたい」と市長名指しでありながら吉田環境生活部長が答弁に立った。
吉田部長いわく「毎年家庭系ゴミの量は減っているので13社で十分間に合っている。これ以上、業者を増やせば過当競争になって経費の捻出に困る業者もでて来て”不法投棄”が予想できる。現実に、業者により青森岩手県境に大量の不法投棄がなされた。だから新規の許可は出さないことになった」と答弁した。
伊藤議員は「市長の答弁をと言ったはずだ」と追求食い下がった結果、安部市長はこともあろうに「職員と同じ意見だ」と答弁、時間切れとなってしまった。

 そこで大問題、答弁に事実無根の引用があった。青森岩手県境の不法投棄は「産業廃棄物」に区別されているもので「一般廃棄物」ではないのだ。
違う事例をもって、あたかも許可業者を増やすことが「不法投棄」に繋がるという説明は騙しのテクニックというべき手法であり罪を問われなくてはならない行政の悪である。

 それでは現在の米沢市において、安部市長の言う「業者の儲けが多ければ一般廃棄物の収集が適正に行われ、不法投棄は行われない」という点を検証する必要がある。
 本年2月15日付「米沢市衛生組合連合会」発行、全戸配布の「米衛連だより」舟山文司会長を見ると「これが米沢市内の不法投棄の現状です」とした写真入れの記事がのっている。
不法投棄は個人1千万、法人1億円の罰金とある。このように不法投棄の縛りが厳しくなっていることを全戸に知らしめている。
 環境生活部長と市長が断言するように「米沢市内のゴミの処理は適正に行われている」のであろうか?
何故、不法投棄が歴然として起きているのだ。
 不法投棄せざるをえない裏事情には「処理料が高価安定型」であるからで、13社の既存許可業者が高値安定策で談合の上合意しているからにほかならない。
談合合意が成立するのには安部市長容認の「行政の業者擁護策」が頑固に息づいているからだ。
行政は議会で「嘘の例」をあげて議員の追求を避けるように逃げを打った、が「偽証罪」に当たらないものであるか?
 行政は「ゴミは減った」といい、米衛連は「不法投棄の事実」を訴え、千代田クリーンセンターでは「ゴミは増えた」と言っている。
後者が現実的であろうし、行政のいう「ゴミは減った」は精査が間違っているということになる。

 一般廃棄物既存許可業者13社は「市内からゴミを根絶する目的」にそぐわない活動をしながら市から多額の出費を取得しているのだ。

 伊藤亮一議員の言う「自由な経済活動こそが活性化を生む」が正論なのである。
日本は民主主義国家であり自由経済の社会である。
統制経済の弊害は歴史に実証されているにも関わらず、自分にだけ吹く「自由の風」のもと、市民代表の議員請願採択を無視し、統制経済を容認する安部三十郎に、民主主義はどこに行くのかと限りなく恐怖心を覚えるのは私だけであるか。

「だらしない市長だな、碌な答弁もできないとは情けない」
傍聴席の集約した声であった。