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カテゴリ:市民活動 の記事リスト(エントリー順)

kage

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河井継之助を知っているか③

kage

2022/05/28 (Sat)

河井継之助を知っているか③

 河井継之助・小林虎三郎の精神を引き継いだ長岡市ではあるが、山本五十六元帥の生誕地との理由からか、昭和20年8月1日125機のB29編隊の焼夷弾により旧市街地のほとんどは焦土となった。
 戦後、戦災復興と戦災殉難者の霊を慰める目的で花火大会が催され、現在は「長岡まつり大花火大会」と称し、毎年8月2日・3日に開催される。
 花火師の競演である大曲や、世界一の4尺玉を打ち上げる片貝などの花火大会も観たが、迫力という点では長岡が1番と感じている。コロナの影響で2年間取りやめになっていた「長岡まつり大花火大会」が今年は開催決定されたので、早速ツアーに申し込んだ。
 元2万4千石であった小藩の長岡市が、現在は人口28万の新潟市に次ぐ都市と発展して2日に亘る花火大会を開催しているが、それに掛かる莫大な費用を負担する公共団体・企業団・そして住民のパワーには恐れ入る。

 元120万石の上杉氏が30万石で米沢に移封され、世継ぎ問題では15万石に、そして戊辰戊辰戦争後には14万7千石に減封となった米沢市は、現在人口8万人弱である。長岡市との違いは何だろうか?

 写真は長岡市役所である。一寸分かりにくいが、建物は複合施設として民間の営利会社も入っている。そして右側の写真は一階に設けられたガラス張りの市議場で、表からは丸見えであり、このような発想力の豊かさと前例のない事象を取り上げる柔軟さに驚愕した。

長岡00000544 長岡00000545


河井継之助を知っているか②

kage

2022/05/27 (Fri)

河井継之助を知っているか②

 河井継之助の長岡藩は7万4千石の小藩でありながら、2万の新政府軍を相手に善戦し、後に日本陸軍の石原莞爾が徹底的にその戦いぶりを研究したと言われる戦略家である。
 一方、藩政の改革を行い財政を豊かにし、「民は国の本 吏は民の雇い」と民主主義を唱えて民衆から慕われたが、新政府軍との戦いで命を落とし、新政府軍に敗れた長岡藩は石高を2万4千石に減らされたことにより財政は極度に窮迫し、士族の中でも日に3度の粥すらすすることのできない者がいるほどであった。
 この窮状を知った三根山藩から米百俵が見舞いとして贈られ、食べるものにも事欠く藩士たちにとっては、のどから手が出るような米であったが、藩の重鎮小林虎三郎はこの百俵の米は文武両道に必要な書籍、器具の購入にあてるとして米百俵を売却し、その代金を国漢学校の資金に注ぎ込んだ。
国漢学校では、小林虎三郎の教育方針が貫かれ、生徒一人一人の才能をのばし、情操を高める教育がなされ、ここに長岡の近代教育の基礎が築かれた。後年、ここから海軍の山本五十六元帥など新生日本を背負う多くの人物が輩出され「米百俵」の精神は長岡市のまちづくりの指針や人材教育の理念となって今日に至っている。
 小林虎三郎は語る
「この米を、一日か二日で食い潰して後に何が残るのだ。国が興るのも、滅びるのも、まちが栄えるのも、衰えるのも、ことごとく人にある。……この百俵の米をもとにして、学校を建てたいのだ。この百俵は、今でこそただの百俵だが、後年には一万俵になるか、百万俵になるか、計り知れないものがある。いや、米俵などでは、見積もれない尊いものになるのだ。その日暮らしでは、長岡は立ちあがれないぞ。あたらしい日本は生まれないぞ。……」と。
【続く】
長岡市 「千秋が原ふるさとの森」にある「米百俵の群像」は、小林虎三郎の考えに、多くの士族が反対する山本有三の戯曲「米百俵」を歌舞伎座で上演した時の一場面。
長岡00000543

河井継之助を知っているか

kage

2022/05/25 (Wed)

河井継之助を知っているか

 米沢で彼の名を知る人は極めてまれであろう。
 その人物像は、長岡藩(現在の新潟県長岡市)の上級武士の長男として生まれ、剣術や学問に励み、1852年、25歳で江戸に出て佐久間象山(さくましょうざん)の下で蘭学や砲術を学んだ後、39歳のときに藩の郡奉行となると、庶民の暮らしが豊かになるよう、財政立て直しなど藩政改革に努めた。
 1868年(41歳のとき)に起こった戊辰戦争で、長岡藩は新政府軍と旧幕府軍のどちらにも与しない「中立(ちゅうりつ)」の立場を明らかにし、戦争を避けるため、両者を和解させようと訴え続けたが、長岡藩の立場は新政府に聞き入れられず、やむなく旧幕府軍として「奥羽越列藩同盟(おううえつれっぱんどうめい)」を組んで北越戦争に参戦した結果、長岡周辺の地も戦乱に巻き込まれ、日本に3門しかない「ガドリング砲」(機関銃)を駆使し善戦するも、河井継之助は新政府軍の銃弾を受けて亡くなり敗北した。
 簡単に紹介すると以上だが、もっと知りたいなら河井継之助を主人公にした遼太郎の傑作歴史小説「峠」を原作とする映画「峠 最後のサムライ」(主演・役所広司)が今年6月17日に全国で封切られるので覧られると良い。

 長岡市は6月に「峠 最後のサムライ」が封切られることから、各地の観光業者を伝(つて)に河井継之助ゆかりの地を訪れるコマーシャルメッセージに釣られて、今月の15~16日のツアーに参加した。
 そして、小生は河井継之助よりも長岡藩と長岡市に興味を抱いたので次に述べたい。
【続く】
      只見町記念館のガドリング砲(模型)
長岡00000502

 

差出人のない手紙の主へ

kage

2022/05/17 (Tue)

差出人のない手紙の主へ

 貴殿より指摘のあった除雪問題だが、大変遅れて申し訳ない。過日担当者と面談したので報告したい。

除雪作業は下記の要項で業者と契約しているとのこと。

◆ 除雪作業(期間、出動基準、時間)
 (1)除雪の作業期間
   除雪の実施期間は、令和3年11月15日から令和4年3月31日までとなりま
  す。
 (2)除雪の出動基準
  ① 除雪の出動基準は、朝までの降雪量が10 cm以上と予想されるときとなりま
   す。作業中に降雪量が10 cmに満たないと判断される場合は、除雪を中止する
   場合があります。
    なお、3月1日から3月31日までの期間は、基準が15 cm以上となります。
  ② 市街地と山間地では雪の降り方が異なるため、各委託業者が受け持ち地域の
   気象状況を確認し、出動を判断します。
  ③ 降雪がない早朝や日中であっても、路面や気象状況を勘案し、市の指示で出
   動する場合があります。(ザケ取りや幅出し作業も含みます)
 (3)除雪の作業時間
   除雪の作業時間は、通勤通学の時間帯及び道路混雑を避けるため、車道は午前
  3時から、歩道は午前4時から作業を行い、7時に完了することを目標にします。
   なお、大雪が想定される場合など状況によっては、作業開始時間を早めて行う
  ことがあります。
  また、降り始めが遅く時間内に作業が終わらない場合には、引き続き作業を行
  うこともあります。

担当者曰く、
「除雪作業行った場合はFAXでその内容を報告することになっているので、貴殿の指摘している写真の撮影場所と時間を教えてもらえれば検討する」

 場所と時間を連絡いただければ、再度担当者と話し合いを行うの連絡をお待ちする。

ウィズコロナ

kage

2022/05/06 (Fri)

ウィズコロナ

 新型コロナ感染は当初、志村けんさん、岡江久美子さんら著名人が亡くなったことから、全国民が恐怖心を覚え移動を控えたが、当時より1日あたりの感染者数が多いにもかかわらず、昨今は「ウィズコロナ(新型コロナウイルスとの共存・共生)」などと称し移動制限のないGWを迎えたことによって、行楽地はどこも大変な人出で賑わいを取り戻した。
 かくいう小生も先月より移動範囲を広め、5/4には水没林で有名な白川ダム湖に出かけた。春の訪れとともに大量の雪解け水が流れ込み、ダム湖が満水になっている1か月しか見ることのできない景色だ。
 訪れた日は快晴に恵まれ、遠くには飯豊山の山並みが連なり、近くには若葉を芽吹かせた新緑と、今が満開の桜、そして水没林と絶景を堪能した。

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残雪桜

kage

2022/05/02 (Mon)

残雪桜

 新型コロナウイルスの蔓延は収まらない状況下で、3年ぶりに行動制限がない2022年の大型連休を迎えた。小生も2年間は行動を自粛していたが今年は少し足を伸ばそうと思い、小国町(梅花皮荘前、桜公園)の残雪桜を観に行った。
 話には聞いてはいたが、まだ観たことがないのでネットで開花状況を調べて4月29日に出かけた。雪の状況・開花時期・天候の条件が揃わないとなかなか良い写真が撮れないが、今回はほぼ満足できる残雪桜が写真に収められた。

桜00000463

 

コロナ禍で思う不思議なこと

kage

2022/04/26 (Tue)

コロナ禍で思う不思議なこと

 コロナウイルスの勢いは収まるどころか連日多数の感染者が報道されている。そこで不思議に思うのは、マスコミにより感染者の数はしっかり「何人」と伝えているが、その内訳に付いては何も公表していない点である。
 即ち、ワクチン接種回数別・年齢別の感染割合や、死亡や症状がワクチン接種回数とどのように関係するのか等については全く報じられていない。もし、3回接種を行えば感染確率が極めて低いか、感染しても無症状ならコロナウイルス恐れるにあらずと言うことになるが?
 感染者の詳細を発表しないのは「多額の予算をつぎ込んだワクチン接種だが、効果が極めて低い」ことを隠蔽しているのではないかと疑ってしまう。

 昨今「ワクチン3回接種済み」を条件にツアーの募集を行う旅行業者が増えてきた。小生もこの条件のツアーに応募し、4月23~24日に「春の2大花名所めぐり」と称するあしかがフラワーパークと、国営ひたち海浜公園を訪れるを一泊旅行に参加した。二箇所とも今が盛りの観光地ゆえに、通常なら大変な人で混雑するのだが、大型バスの駐車が少ないことから思ったほどは混んでいなかった。

 政府が「コロナ感染を防ぐことと、経済を回すことの両立」を謳うのであれば、ワクチン接種回数と感染・症状の因果関係を公表し、「何回ワクチン接種済みであればインフルエンザ並みの感染症です」と国民に安心感を与えるのが肝要ではないか。
 
写真は、あしかがフラワーパークの「大藤」と、ひたち海浜公園の「ネモフィラ」。

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続々、差出人のない手紙

kage

2022/03/22 (Tue)

続々、差出人のない手紙

 過日、当会宛てに“差出人のない封書”が届いた。原文は下段に掲載するように除雪費に関するもので、不当又は不法に支払いが為されているのではないかとの疑問が述べられている。
 市が行う除雪作業は主に建設業者に委託し公費が支払われるが、それには契約書が取り交わされるので、近日中に契約書の内容を精査し、不当又は不法支出に値するか検討する予定。

 市職員の公金扱いは甚だ杜撰にして無駄を省こうなどの認識はないようで、当会では何度となく住民監査請求や住民訴訟を行い「支出は不当又は不法である」と訴えた経緯があるが、殆どが棄却され、是正されることはなかった。
 されば、公金支出は議会承認を得なければ実行できないので、市議が精査すればよいのだが、これまた頼りなく、差出人のない手紙の主もその辺を弁(わきま)えて当会に封書を送ったのではないかと思う。

 そこで浮上するのが「議員削減」問題であるが、これについては後日述べる予定。
続々差出人のない手紙

ロシア ウクライナ軍事侵攻に思う

kage

2022/03/17 (Thu)

ロシア ウクライナ軍事侵攻に思う

 ウクライナ各地でロシア軍とウクライナ軍が戦闘を続けていて、大勢の市民が国外へ避難していることを受け、岸田文雄首相が3月2日の記者会見で「第三国に避難した人の受け入れを進める」と言明した。しかしウクライナ人難民の29人しか受け入れていない現況に「パフォーマンス」だとする厳しい声もある。

そこで・・・
 米沢市がウクライナ人難民の受け入れるのはどうだろうか? それには色々な難問や制度上の制約もあろうから政府と連絡を密にして、いけるとなったら米沢市は大々的に世界に向けて受け入れを表明するのだ。
 言葉の問題は翻訳機を与え、住居は数多くある空き家を利用する。そして就労を世話し、永住できるように取り計らうとすれば、幾ばくか人口減や人手不足の軽減に寄与するのではないだろうか。

 小生が行政にこのような進言をすれば、いの一番に「駄目の理由」が返ってくる。職員には難問を如何に可能にするか知恵を出すことは御法度らしく「前例がない」「前向きに検討する(ある辞書によると、やる振りをして何もしないこととある)」等の文言でその場をはぐらかす。
 
 ウクライナへのロシア軍侵攻は世界の困りごとだが、米沢市はこれを好期と捉え、チャレンジする職員がいることを期待する。

当県の新型コロナ第6波対策の疑義

kage

2022/02/19 (Sat)

当県の新型コロナ第6波対策の疑義

 新型コロナ第6波対策として、国が経費を負担する「軽症者の宿泊療養施設」を借り上げる制度に、県は「旧東京第一ホテル米沢」と契約を交わしことに、不安と疑問を募らせる近隣住民のS氏は吉村県知事に質問状を送ったが(内容は当ブログの 2021.12.22に掲載)S氏は、その回答に更に疑問を抱き、2回目の質問状を知事宛に郵送したとのこと。
 その質問状が送られてきたので一読願いたい。 そして「違法な公金支出」や「行政法上の作為義務違反」として法的措置も視野にいれているとの一文も添えられていた。

【知事宛2回目の質問状】

山形県知事
吉村 美栄子 様

 前文失礼致します。 昨年12月、知事宛に質問状を差し上げた米沢市の住人です。 
 新型コロナ感染第6波の猛威は止まるところを知らず、米沢市住民も宿泊療養施設を利用せざるを得ない危機感を抱いているこの折、質問に対し担当課より本年1月26日付けの回答いただきましたが、その内容に益々不安を募らせており、知事のお考えを聞けたらと思い、再度、知事宛に質問状を差し上げた次第です。
草々

問題1 前回質問書、疑問1の“県が東京第一ホテル米沢を選考した基準とは”に対して、担当職員は『老朽化について(株)ナウエルに問い合わせたところ、「ホテルは9月末まで通常営業し、施設設備も正常に稼働している。施設設備の老朽化は進んでいるが、使用可能な状況である(2~3年は持つ)。」と確認できたので、新型コロナ対応として当面の間使わせていただく施設として借上げを決定しました。』との回答でしたが、文脈から“口頭での確認しか行われなかった”と考えます。
宿泊療養施設は、設備の不備によっては人命にも関わる重大な事態を引き起こす可能性があるため、県に対して厚生労働省は「換気設備につきましては点検が必要である」「換気量の不足はクラスター感染の要因」と通達しております。
又、官公庁に申請書などを提出する場合には、記載事項に虚偽や誤りがないか、本人確認や業績確認等の諸々の確認書類提出が求められ、口頭での説明だけではすまないのが社会通念です。
ナウエルの説明に「設備は2~3年は持つと確認できた」とする前回質問書の疑問1への返答ですが、市井では「廃業理由は設備の老朽化であり、冬期なのに排気口から水蒸気が出ていないことは空調は稼働していない。水道水は濁っている」などと噂されていました。
現に、昨年12月20日に松田県職員、更に本年1月5日に置総の遠藤県職員に確認したところ「空調は故障中で稼働していない」との言質を得ていることと、本年1月20日には当ホテルの水道管が破裂したために消防車が出動したことは、本年1月26日付け回答書に記載される疑問1への回答は虚偽であったことは明らかです。 上記の件で質問致します。

質問(1-1) 県が宿泊療養施設として民間施設を借り上げる契約は、県民の生命に関わるような重要案件です。よって、施設が目的に適合するか否は確認する必要があると思いますが、県が民間企業と契約を結ぶ際に“重要事項に値する事項の確認は口頭で良い”とする根拠を教示願います。
質問(1-2) 県民の問い合わせに関し、虚偽の説明を行った担当職員の行為に対し、知事はどのような取り扱いをお考えですか。

問題2 前述したように、市井では「冬期なのに排気口から水蒸気が出ていないので空調は稼働していない。水道水は濁っている」などと噂され「県が借り上げた施設の換気等は正常に稼働しているのか」との不安視する疑問から、昨年11月24日に“建築物環境衛生管理基準に基づいた測定データ”の開示を求めたところ、県からは「建築物の所有者若しくは維持管理権限者の保存義務にて“不存在”」との返答【資料1】を得ました。
昨年11月24日の時点で県が借り上げた施設は、所有者も、所有者から賃借を受ける㈱DEN社も“旧東京第一ホテル米沢”を宿泊施設としては運営しておりませんので、測定データの保存義務はなく“公文書不存在”は当然です。さらに、県が㈱DEN社と交わした合意書には、所有者及び㈱DEN社の双方に“維持管理権限者”であることを定める条文はないことから“建築物環境衛生管理基準に基づいた測定データ”の保存義務はありません。
以上から、“維持管理権限者の保存義務”の有るのは、“旧東京第一ホテル米沢”を宿泊施設として使用する県であり、施設のマスターキーを預かっていることと、合意書の第5条に明記する“甲は、この施設の使用に当たり善良なる管理者の義務を負うものとする。”との条文から“建築物環境衛生管理基準に基づいた測定データ”の保存義務は県にあることは明白です。 この件で質問致します。

質問(2-1) 県は、令和3年11月1日に㈱DEN社と交わした“宿泊施設の使用に関する合意書”には“乙が運営する宿泊施設「旧東京第一ホテル米沢」”と明記されていますが、乙である㈱DEN社は【資料2】で分かるように宿泊施設を運営していないことから、この合意書による公金支出は違法であると考えますが、知事はどのようにお考えでしょうか。

質問(2-2) 前述の理由から“旧東京第一ホテル米沢”を宿泊施設としては運営しているのは当県であることは明白です。 まして、合意書の第7条には“甲は、本件施設を軽症者等の療養のために使用するに当たっては、本件施設の近隣住民等に不安を与えるおそれがあることから、前条に定めるほか、甲の責任と費用負担において、事前に近隣住民等への説明その他一切の対応を行うものとする。”とあるにも係わらず、設備の老朽化で廃業したホテルの設備を不安視する近隣住民に対し、県が保存義務のある測定データを提示せず「㈱DEN社に求めよ」との担当職員の行為は“行政法上の作為義務違反”に値すると考えますが、知事はどのようにお考えでしょうか。

問題3 本県は宿泊療養施設として“旧東京第一ホテル米沢”を借り上げるべく㈱DEN社と賃貸契約を交わしましたが、㈱DEN社は当ホテル施設の所有者ではなく、田邊勝己氏の所有物件です。
田邊勝己氏は弁護士ですが、三菱UFJフィナンシャル・グループ第16回定時株主総会に「第6号議案・反社会的勢力及び反社会的勢力への利益供与者(補足説明:例えば田邊勝己)への融資や不適切・異例な取引等の禁止」が株主より提案されたり、アクセスジャーナルの山岡俊介氏に「暴力団勢力と関係のある悪徳弁護士」と報道されたり、警視庁組織犯罪対策総務課に、民事再生法256条違反(特定の債権者に対する担保の供与等)容疑で、元暴力団組長の野呂周介や黒木正博ら6人を逮捕した早朝、関与を疑われた田邊勝己弁護士は家宅捜索を受けるなど、反社の疑いが極めて高い人物です。
以上のことを前回の令和3年12月21日付けの質問状で質したところ、令和4年1月26日付けの回答書面で『県と合意書を取り交わした相手方はDEN社であり、県は、県の合意書の相手方であるDEN社が反社及び反社への利益供与者でないことを「暴力団排除に関する誓約書」を徴収して確認しております』との返答を得ました。
県が㈱DEN社に支払った賃借料は、㈱DEN社を介して所有権者の田邊勝己氏に賃借料として支払われることは火を見るよりも明らかであり、これらの事象を鑑みて質問します。

質問(3-1) “山形県の事務及び事業における暴力団排除に関する要項”では、“第4条(6)暴力団又は暴力団員等に対して資金等を供給し、又は便宜を供与する等暴力団の維持又は運営に協力し、又は関与しているもの”と定めていますが、例えば、県が、ある事業をA社に発注する際に「暴力団排除に関する誓約書」を徴収して確認さえすれば、A社が暴力団又は暴力団員等に県発注の事業を下請けさせ、対価を支払うことに問題ないと理解して宜しいでしょうか。
 
問題4 私の一回目の質問は吉村知事宛でしたが、本年1月26日付けの回答書には、問い合わせ先として“山形県健康福祉部医療政策課”となっていたので質問します。

質問(4-1) 本年1月26日付けの回答は知事のお考えではなく、担当課の考えと理解してよろしいでしょうか。

質問(4-2) 宿泊療養施設の近隣住民は、新型コロナウイルスの影響に不安感を募らせて、県の担当課に縷々お伺いを立てたところ、不安感は消えるどころか益々助長するばかりです。
そこで、知事のお考えを直接伺いたく質問状を差し上げましたが、知事が直接回答するには何か不都合があるのでしょうか。
あるとすればその理由をお聞かせ下さい。

以上

米澤城二の丸のこと

kage

2022/02/08 (Tue)

米澤城二の丸のこと

 現在「NHK米沢ラジオ中継放送所」のある場所は、初代米澤藩主「上杉景勝公」の「米澤城二の丸」跡であり、そこには他に類を見ない21もの寺があったという歴史的に希有な城である。
 小生はNHKに移転を求め、この史実を観光資源に活用すべきと活動してきたが、無料貸与から60余年を経た2024年、米沢市に返還されることとなったことを踏まえて、明日、市の担当者との話し合いを行う。その資料として「米澤城二の丸」を調べ、以下に記すので訪問諸兄の意見投稿を願いたい。

【米澤城二の丸跡のこと】
 慶長六年(1601)の初冬、米沢に入った藩主景勝は二の丸を普請してここに居住し、同九年(1604)には門・塀・隅櫓等の改築に着手した。
 城門は東西南北に四箇所で、東門が武者溜まりと馬出しを備えた大手門すなわち正門である。二の丸でも東北と西北の両隅に白壁造りの櫓が造られたが、本丸と違ってこれは二階建てであった。西門の場所はこの西北隅の二階櫓に接した南側の部分であったが、城門の建造物はつくられていない。また、厩に隣接した北門の外側部分にも馬出しの広場がつくられている。これらの城門と隅櫓をつないで土居がめぐらされ、その外側には堀が掘られていたが、土居の高さは二間から二間三尺と本丸よりも低く、堀の深さも二間から二間三尺で本丸の堀よりは浅かった。土居の上の塀は板塀であったが、寛文三年(2663)に白壁に造りかえられている。また、隅の櫓だけでなく大手門の北方と南門の東側部分の土居の上にも白壁の二階櫓が建てられていた。これも享保の城下絵図では更に三箇所ほど増設されており次第に城郭としての威容が整えられていった様子が窺える。
 最初、二の丸の大半は上中級家臣団の侍屋敷に割り当てられ、色部・志駄・平林・安田・須田などの重臣で固められ、北辺の色部屋敷の西隣には牢屋敷もつくられている。二の丸の西側の堀と堀立川の中間部分、及び二の丸南門から西へ出た地点には空堀が掘られ内側に土居が築かれていた。
 三の丸が造成されると、これらの侍屋敷は三の丸の要所に移されて、二の丸には御勘定屋を初めとして、鉄砲蔵や矢蔵などの武器庫、特産品の蝋などを収蔵する幾つもの土蔵、藩役人の詰所にあてられた長屋や藩召抱の職人たちの仕事場である作事屋、そして北門から西部には廐が設けられている。

 本丸にある御堂の祭祀を司るものとして、霊仙寺のみ本丸内に本拠を構え、御堂に朝夕配膳を行う役目を負っていたが、特に、謙信への本膳は年中霊仙寺の役目であった為に二の丸にも霊仙寺役宅を構えて、六~七名の御膳衆で調理を行い、通常使用されない菱(秘シ)門から本丸内に運び、据膳していた。

 また、二の丸には御堂に奉仕する寺院が、法音寺を真言宗の筆頭として二一ケ寺が造られ、毎月一三日の謙信の命日、毎月二〇日の景勝の命日の修行、毎月一日・一五日・二八日の仁王経の奉読などの他、毎年三月十三日の謙信の命日にむけて三月一日から十三日までの間は千部経の執行が恒例とされていた。寛文五年には百回忌が執り行われ、享保十二年にも一五〇回忌が催されている。米沢藩にとって上杉謙信は正に神格化された存在であったと言えるであろう。

 御入水の用水は二の丸の堀を越えて大手門の西側から二の丸に引き入れられ、更に二の丸からは内堀の上にかけ樋が渡されて本丸内に導かれている。当時、米沢城と呼んだのはこの二の丸曲輪までで「米沢雑事記」によれば、二の丸の大きさは北辺から順に一六七間、二一三間、一八〇間、一九八間であったとされているが、本丸・二の丸共に南北方向よりも東西方向の方が長いつくりになっていたから、この数字は直線的ではなかった土居の長さを示したものであろうか。
 後に、高家筆頭の吉良家から入って上杉米沢藩一五万石を就封した綱憲の代には、江戸育ちの新藩主の意を受けて能舞台や新御殿が二の丸に建設された時代でもあった。

 明治維新後、新政権が出した太政官布告「神仏分離令」と明治三年(1870)に出された「大教宣布」、そして廃仏毀釈運動から二の丸にある寺院は移設・廃寺となった。

 そして明治二十九年(1896)、この米沢城二の丸跡に、敷地約5、000坪、建坪530坪という壮大な上杉家十四代茂憲(もちのり)伯爵邸が、池田成章の設計・施行で建設、「鶴鳴館」とも呼ばれ皇族の御宿所としても利用されるほど豪勢な造りであったが大正八年(1919)の米沢大火に巻き込まれ焼失した。
 その後、大正十四年に上杉家十五代当主・上杉憲章が米沢で過ごす際の邸宅として、設計は山形市の『山形県旧県庁舎』(現・文翔館)も監修した米沢出身の中條精一郎、施工は上杉家御用達の名棟梁・江部栄蔵により、現在の上杉伯爵邸が完成した。
 建坪は285坪とほぼ半分になったが、母屋を始め仏間棟、子供室、東土蔵、北土蔵、門などから構成する大規模なもので屋根は銅板、造作材に木曽檜や欅を使用すなど素材から吟味され、工法も派手な彫刻を押える事で質の高さが感じられる。又、庭園は浜離宮を倣ったものとされ林泉寺庭園、法泉寺庭園と共に米沢三名園の一つに数えられている。

 第二次大戦後の昭和二十年には、米沢に進駐した米軍将校の宿舎として使用されたが昭和二十五年に接収が解除されことにより米沢市が上杉家より譲り受け、中央公民館として市民に利用されてきたが昭和五十四年(1979)に上杉記念館と称し、市内観光の中核施設として観光客や市民に開放される。主に、郷土料理の提供、資料展示など。米沢の郷土料理の原点とも言われる、鷹山公の「かてもの」を味わうことができる米沢唯一の館として現在に至る。

上杉伯爵邸は、国(文化庁)による登録有形文化財に登録されいる。
06-0007 米沢市上杉記念館 大広間・玄関棟 平成9年(1997年)06月12日
06-0008 米沢市上杉記念館 客間棟 平成9年(1997年)06月12日
06-0009 米沢市上杉記念館 仏間棟 平成9年(1997年)06月12日
06-0019 米沢市上杉記念館 子供室 平成9年(1997年)12月12日
06-0020 米沢市上杉記念館 使用人室 平成9年(1997年)12月12日
06-0021 米沢市上杉記念館 警護棟 平成9年(1997年)12月12日
06-0022 米沢市上杉記念館 東土蔵 平成9年(1997年)12月12日
06-0023 米沢市上杉記念館 北土蔵 平成9年(1997年)12月12日
06-0024 米沢市上杉記念館 門 平成9年(1997年)12月12日



新型コロナ感染症者対策、県の不作為

kage

2022/02/03 (Thu)

新型コロナ感染症者対策、県の不作為

 新型コロナ感染症者は連日最多を記録し、我が米沢市でも「まん延防止措置」が適用となり、クラスターの発生も懸念される。これに対し、国は予算を計上して、県に「軽症患者」「濃厚接触者」の宿泊施設を確保するよう通達した。
 中川市長は「東京第一ホテル米沢をその施設に」と要請し、県は、この物件の所有者「ナウエル」と賃貸契約を結び、地域住民対象の説明会を行った。

 以上の行為に、疑惑と、犯罪である県職員の「不作為」が問題視される。

 「第一ホテル」は設備の老朽化を理由に、昨年10/1をもって廃業しているので、ホテル業で必要な「換気システム・水質」などの調査データを「管理者の注意義務」として備えなくとも良い。
 よって「ナウエル」と交わした契約書にある、第6条「県は、この施設の使用にあたり善良なる管理者の注意義務を負うものとする」との条文から、「軽症患者」等が宿泊するに適する施設か否かは、県が「換気システム・水質」等を調査し、データを備える必要がある。

 「第一ホテル」の換気システムはセンター方式なので、一室に陽性の軽症患者が宿泊すれば、他の部屋の陰性濃厚接触者が陽性となり、クラスター発生の可能性が極めて高い設備である。ゆえに、特に換気システムには注意を払わなければならないし、水質については「赤茶けた濁り水が出る」との噂があり、水道管の腐食が懸念されていた。

 過日、県が賃借した「第一ホテル」の「換気システム・水質」等の調査データを求めたところ「ナウエルが“設備は2~3年間大丈夫”と言ったので調査データは不存在」との返答を行った。ところが、2~3年間は大丈夫と言ったホテルの水道管は1/20に破裂し、近隣住民が騒ぎ出す事態となった。
 これは、前述の契約書第6条に対する「不作為」であり、もしも「第一ホテル」でクラスターが発生した場合には、関係者は「不作為犯」として罰せられる。
 
 昨年10/29に「ナウエル」は「第一ホテル」の土地建物を「鳥取県境港市の田邊勝己氏」に売却した。よって県は賃借契約書を「ナウエル」から「田邊勝己氏」に変更する必要が生じたが、驚いたことに新潟のホテル経営者「DEN社」と契約した。
民法の第612条では、借主が貸主に無断で転貸借することを禁止しているので、県は所有者「田邊勝己氏」と契約すべきところ、何故に借主の「DEN社」と契約したのか?

 「田邊勝己氏」は弁護士であるが、三菱UFJフィナンシャル・グループ第16回定時株主総会に「第6号議案・反社会的勢力及び反社会的勢力への利益供与者(補足説明:例えば田邊勝己)への融資や不適切・異例な取引等の禁止」が株主より提案されたり、アクセスジャーナルの山岡俊介氏に「暴力団勢力と関係のある悪徳弁護士」と報道されたり、警視庁組織犯罪対策総務課に、民事再生法256条違反(特定の債権者に対する担保の供与等)容疑で、元暴力団組長の野呂周介や黒木正博ら6人を逮捕したのと同日早朝、田邊勝己弁護士は家宅捜索を受けたなど、田邊勝己氏は反社の疑いが極めて高い。 よって、県は田邊勝己氏を契約相手とするには「暴力団排除に関する要項」の「3条(7)暴力団を利するおそれのある事務又は事業」に抵触する恐れから「DEN社」を隠れ蓑に契約したと推測する。

 県の不作為はこればかりでない。曲がりなりにも、県が「DEN社」は反社でないと判断して賃借したとして、再度、「第一ホテル」の「換気システム・水質」等の調査データを求めたところ、前回同様「DEN社がデータを揃えるべきで、県は持ち合わせていない」との答えが返ってきた。
 馬鹿も休み休み言えと言いたい。「DEN社」は 「第一ホテル」を宿泊設備として登録していないホテル未営業の会社であるから、データを備える義務はない。
 再度言うがDEN社との契約書の第6条「県は、この施設の使用にあたり善良なる管理者の注意義務を負うものとする」との条文から、県が本当に米沢市民をコロナ禍から護る意思があるなら 「第一ホテル」が「軽症患者」を宿泊させるに資する設備であるか調査をする責任がある。


差出人のない手紙の後日談

kage

2022/01/28 (Fri)

差出人のない手紙の後日談

 当ブログ2021/12/13掲載の「差出人のない手紙」が当会に届いたことを受け、上司に問題職員の手紙内容を伝え、善処するよう申し入れた。

 本日再び「差出人のない手紙」が郵送されたのでその内容を伝えたい。
 
【全文のまま】
 過日、文書をお送りした者です。その際は不躾に文書をお送りしたお詫びと担当課等に苦言を呈してくださったお礼を申し上げます。私自身もその職員の件で別の職員に苦言を呈したこともあったのですが相手にされなかったため人が変われば耳を傾けるのではという思いでした。貴方からのご意見によるものと思いますが、急に事務が動き出したようです。
 
 となれば、その職員は「能力が低い」ではなく「やらなかった」ということになり市民への背信行為を意図的に行っていたことになるのではないかと思うのです。 また、上司や人事担当者はその実態に気づかなかったのか、看過してきたのかわかりませんが、貴方からの意見がなければ変えられない、自浄作用を失ったもしくは持たない組織と言えるのではないでしょうか。

 ただ、役所に知り合いがいる知人にこの職員のことを聞いてみたのですが、悪い意味で有名な職員のようです。公務員といえども分限処分ができるはずであり、聞けば聞くほどこの職員の処分は市民の利益と感じます。期待はしていませんが私もこれからの人事担当者の対応を注視したいと思います。

 また、役所の危機意識の欠如はコロナの対応にも思うのです。今月に職員2名の感染し、濃厚接触と疑わしい職員を帰宅させたなどの対応が発表されていました。内部的にはそれでよいのかもしれませんが、せめて何階にいる職員かもわからなければその期間に訪れた市民はどうすればよいのでしょうか。確かに全く公表しない自治体もあるとはいえ、山形市のように市民の安全を考慮し大まかな所属を公表する自治体に比べれば市民より組織をとったと判断でき、人の流出がとまらないと嘆きながら効果をだせない施策ばかりの実情に納得させられるのです。【以上】

 「差出人のない手紙」氏より上記のような返信を頂いたことに感謝している。小生は永年公務員の働き方は「遅れず、休まず、働かず。何もしないのが最大の美徳」と揶揄し、批判を続けてきた。
 地方公務員法第三十条には「すべて職員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。」と定めてあるのだが、そうでない怠慢職員に対しての処分が明記されていないので「役人天国」と不埒な公務員が多い。
 この場合、市長は人事権を握っているので法第三十条にそぐわない職員の処遇を行えば良いのだが、至らない市長の場合には「神輿は軽くてパーが良い」と、職員は我が世の春を満喫している。

 ならば、市民が議会に不埒な職員の処遇を市長に進言するように要望したらどうだろうか?
 実際昨年、鳥海議長宛てに上記内容の要望書を提出したところ「議会には人事権が無い」との理由で取り上げてもらえなかった。
 米沢市議会基本条例第2条(3)には「市民の多様な意見を」「・・・政策提言の積極的な実施に努めること」あるように、市民の要望内容を議会で討議すべき所、議長は「議会が人事権を行使しろ」と解釈したようだ。これは彼の読解力不足と言うよりは職員同様「遅れず、休まず、働かず。何もしないのが最大の美徳」を地で行ったのではなかろうか?


新型コロナウイルス感染症 「第6波」突入

kage

2022/01/26 (Wed)

新型コロナウイルス感染症 「第6波」突入

 連日、感染者数の最多記録を更新しているコロナ禍であるが、国は軽症者への対策として宿泊療養の予算を計上したことを受けて、県は「旧東京第一ホテル米沢」をその施設として賃貸契約を締結した。前述したように、この契約は疑惑に満ち満ちたもので、到底住民への感染症対策とは言えるものではない。

 第一ホテルは昨年10/1を持って廃業しているが、理由として「設備の老朽化で、整備に多額の費用を要する」をあげている。事実、関係専門業者は「ホテル廃業時には“空調設備が故障”し“水道配管は寿命”」と語っている。

 ついに米沢市でも宿泊療養の感染者が出た為に、県は当ホテルに一人を入所させたが厚生省は「換気設備につきましては点検が必要である」と指導しているので、換気設備の状態を問い合わせると「賃貸側ホテルの責任であり、県は責任がない」との返答だ。ところが賃貸契約書の第6条には「県は、本件設備の使用にあたり善良なる管理者の注意義務を負うものとする」と明記しているから、換気設備に注意を払うのは当然ではないか。

 当ホテルの換気システムはセンターにフィルターがある為、設備に不備があった場合には全室にウィルスが拡散し、クラスター発生の原因となる。よって、県は換気システムには最大限留意すべきだが、県にはその意識が皆無である。

 先週の20日に当ホテルに消防車が出動した。近隣住民は「スワ、ホテルのボヤか?」と心配したが、水道配管の故障だったらしい。前述したようにホテルの水回りはいつ問題を起こしても不思議ではない状態で、今般の騒ぎとなったのではないか。

 ホテル借り上げ疑惑は市の対応にもある。
 県が第一ホテルを「コロナ感染軽症者の宿泊施設」として借り上げるに付いて、近隣住民に「宿泊施設に入所していただく場合、受入調整本部から米沢市を介して適時適切に情報提供します」とのチラシを配布している。よって、今般の入所に対して市は近隣住民に説明しなければならないが、担当者は問い合わせした市民に「知らせる必要がない」と入所に関する情報を隠蔽しようとしている。
 
 かように「コロナ感染軽症者の宿泊療養」に対する公務員の態度は、江戸時代同様「我々はお役人様だ、町民の分際でお役人に楯突くとは不埒千万」との意識が、今もって存在するとしか思えない。

第一ホテルにまつわる奇っ怪な噂

kage

2021/12/22 (Wed)

第一ホテルにまつわる奇っ怪な噂

 国は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大と医療崩壊を防止する目的で、軽症・無症状の感染者を受け入れる施設として、ホテル等の借り上げに予算を組んだ。
 それを受けた県は、米沢市の“旧 東京第一ホテル米沢”(以後第一ホテル)を宿泊療養施設として使用し、その対価を支払う旨の合意書を締結した。

 上記の件に不審を抱いた米沢市の某氏が知事宛に質問状を送り、回答を求めているが、質問内容を入手したので披露したい。

【質問状の抜粋】
疑問1 県が“第一ホテル”を選考した基準とは
厚生労働省は令和3年4月7日に、各都道府県に対して“新型コロナウイルス感染症の治療を行う場合の換気設備について”【資料1】を通知しており、1ページには「換気設備につきまして点検が必要である」とあり、また「換気量の不足はクラスター感染の要因」とも表記しています。
当ホテルは本年6月1日、設備の老朽化を理由に本年10月1日をもって営業を終了することを公表し、空調設備は不完全であることが判明しています。にも拘わらず県は換気設備の点検を怠り、厚生労働省の基準を満たさない、クラスター発生の可能性が極めて高い“第一ホテル”を指定したのは何故ですか、経緯と指定した基準をお知らせ下さい。

疑問2 県が交わした“宿泊施設の使用に関する合意書”(以下同意書)の時期
一回目合意書を締結した相手は“株式会社ナウエル”(以後ナウエル)で、日付は令和3年10月4日ですが、この時期ナウエルはホテル営業を停止しており、当不動産の売買契約を10月6日に交わす手はず【資料2】になっていました。
県は、ナウエルと交わした“合意書の第3条”には、“本件施設の運営の譲渡”として譲渡条件が記載されていますが、二回目の“株式会社DEN ORIENTAL RELATIONS”(以後DEN社)と交わした“合意書”には“運営の譲渡”の条文が有りません。よって県は、ナウエルが本物件の売買を近日行われることを認識してナウエルと契約を締結したことは明らかです。
当時の米沢市に於ける新型コロナウイルス感染症拡大は懸念される状態では有りませんでしたし、まして換気設備が不十分で、軽症・無症状の感染者を受け入れることが出来ない当ホテルを、この時期に県がナウエルと同意書を交わす必然性とは何だったのでしょうか。

疑問3 県が交わした第二回目の“合意書”の相手
案の定、ナウエルは第一ホテルの不動産を“田邊勝己氏”に売却し、“田邊勝己氏”は令和3年10月29日に所有権移転登記【資料3の甲・乙】を行いました。
不動産の“賃貸借契約”は物件の“所有者”と交わすのが社会通念ですが、県は第一ホテルの営業を引き継ぐと報道【資料2】されたDEN社と合意書を交わしました。この行為は後日、当ホテル所有者の“田邊勝己氏”より契約の無効を主張され、トラブルの原因となる可能性の有る契約ですが、県がDEN社と契約を交わしたのは何故でしょうか。

報道サイト(http://hodotokushu.net/kaiin/kiji20210705s.html)【資料4甲・乙】によりますと“田邊勝己氏”は「反社会的勢力及び反社会的勢力への利益供与者」として警視庁組織犯罪対策総務課より家宅捜索を受けています。 よって、県は“反社会的勢力への利益供与者”として公になることを恐れ、隠れ蓑にDEN社と合意書を交わしたと推察されますが如何でしょうか。

疑問4 新型コロナウイルス感染者を当ホテルで受け入れる事態が生じた場合
第一ホテルは、本年10月1日をもって営業を終了して各設備は止まっており、特に空調設備は稼働できない状態(令和3年12月20日現在確認)が続いております。感染者を受け入れる事態が生じた場合には、相当な時間を要して各設備の点検・調整をしなければならず、同意書に定めた期間にホテルを使用することは不可能な状態です。現に本年10月から12月の間に空調設備は稼働出来なかったことから、この時期に感染者の受け入れは出来ませんでした。にも拘わらず県がナウエル及びDEN社と合意書を交わしたのは何故ですか。

疑問5 県が交わした“合意書”の内容と、県職員対応の齟齬
私は“公文書開示請求書”にて「建築物環境衛生管理基準に基づいた測定データ」を求めたところ、“公文書不存在通知書”【資料5】には“不存在の理由”として、「建築物環境衛生管理基準に基づく測定は、建築物の所有者若しくは維持管理権原者に測定及びその測定記録の保存義務があり、当課が保存するものではないため。」との返答がありました。
しかしながら“一回目合意書の第6条・二回目合意書の第5条”には「甲(県)は、本件施設の使用にあたり善良なる管理者の注意義務を負うものとする」とあることから、県は管理者としてホテルが軽症・無症状の感染者を受け入れる施設としての環境が整っているかどうかを調査する注意義務が生じます。それを「当課が保存するものではないため」と返答した根拠はどこにありますか。

疑問6 不正な利益供与の疑い
今月20日、松田課長補佐に「今後ホテルとの契約はどうしますか」と伺ったところ「再契約をする」とのことでした。
ホテルの設備は長期に亘り使用していないことから、いざ感染者を受け入れるとすると、各設備の点検・調整には1か月以上掛かるとの専門業者の説明があり、県が支払うホテルへの対価は、国が目的とする「医療崩壊を防止する目的」から大きく乖離するにも拘わらず、松田課長補佐が頑なにDEN社と合意書を交わそうとする行為に不正な利益供与の疑いを感じます。
【資料4甲・乙】で分かるように“田邊勝己氏”は「反社会的勢力及び反社会的勢力への利益供与者」として家宅捜索を受けた人物で、第一ホテル運営のDEN社が県から得たホテル賃貸料は、第一ホテル所有者の“田邊勝己氏”に還流することは容易に想定されます。
もしそうであったなら、県がホテルと再契約を行う行為は「山形県の事務及び事業における暴力団排除に関する要綱」で禁ずる“第3条 (7) その他暴力団を利するおそれがある事務又は事業”に加担する違法行為で、県は“反社会的勢力への利益供与者”となる可能性が大でありますが、第一ホテルとの再契約はどのように考えますか。

 以上のように県が“旧 東京第一ホテル米沢”を借り上げたのには裏がありそうだ。
 12/08の当ブログ“県借り上げ「東京第一ホテル米沢」の謎”と一緒にご高覧頂けたらと思う。

 疑問1の「県が“第一ホテル”を選考した基準とは」については、県職員が口を滑らし「第一ホテルを選考するよう県に要請したのは、米沢市長と米沢のS県議」と漏らしたという。
 空調設備が故障していて感染者を受け入れられないホテルに、月3千万円弱の公金を6ヶ月も払うのは、県職員と関係者にキックバックが有ると疑われる行為だ。

差出人のない手紙

kage

2021/12/13 (Mon)

差出人のない手紙
 
 過日、小生宛に差出人のない手紙が届いた。それは、本市職員の“怠慢・ふしだら”な勤務態度に憤懣やるかたない内容だ。
 このような内容の手紙は、今回だけでなく過去に数度あり、そのたびに人事課及び問題課の上司に善後策を質してきた。
 その後、問題職員への投稿がなかったことから改善されたとものと理解し、今回もそのような対応を考えている。

 小生が、このところ述べているように、公務員の体(てい)たらくぶりは目に余るものが有る。 公務員である官僚が優秀であったのは、第二次世界大戦以後、我が国が敗戦による壊滅的な状況下で、敗戦国として如何に復興するかを模索したときだ。
 その後、経済大国となってからは“遅れず・休まず・働かず”を金科玉条の“平和ボケ症状”が進み「働いても、働かなくとも給料は同じ、同じ給料なら働いて損々」と我が世の春を満喫しているのが昨今の公務員の勤務態度ではなかろうか。

 小生は元の“機屋”のとき、従業員への給料は“出来高払い”を採用し、他業種と比較しても遜色のない額を支払っていた。しかし“出来高払いは違法”との労働基準局の指導により“固定給”に切り替えたときがある。 すると生産高は何と半分に激減したことから「人間の性とはこんなものか」と感じる実体験があり「働いても、働かなくとも給料は同じ、同じ給料なら働いて損々」とする公務員の態度は良く理解できる。

 この現状を打破するには、有能な首長が人事権を駆使すればある程度可能と思われるが、そんな首長が現れることを期待する。 

美(うま)し米沢 写生大会

kage

2021/12/09 (Thu)

美(うま)し米沢 写生大会

 小生が属する“米沢御堀端史蹟保存会”主催による、市内中学校の生徒対象に「美し米沢 写生大会」を企画したところ100人の応募があり、その作品を12月8日より22日の期間で新庁舎ロビーに展示している。

 狙いは「若い人に郷土愛を持って貰いたい」との願いから、風景や建造物を写生し、それらの歴史的事柄を調べた文章を添えての企画なので、文章も一読願いたい。

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 ロビーに展示するには、管轄する財政課に申し込む必要がある為、空いている日を尋ねると「11月28日より12月4日が空いてます」と言うことなので予約を入れたところ、後日に「12月4日を他の団体に譲ってほしい」との連絡が入った。 当方は日程に縛られてはいないので承諾した。

 すると、又数日して「11月28日より12月4日は先に予約が入っていたので、12月8日より22日に変更してほしい」との連絡が来た。 いわゆるダブルブッキングによる期日変更である。 期日変更には吝(やぶさ)かではないが、市当局は何故このような管理ミスを行ったのか、文章で求めたのが以下である。

 前述した県職員による市民への対応や、今般の市職員に見られるように「公務員の能力はこの程度である」ことを、市民は認識すべきである。 

無題2



県借り上げ「東京第一ホテル米沢」の謎【その2】

kage

2021/12/08 (Wed)

県借り上げ「東京第一ホテル米沢」の謎【その2】

 前述の【謎その4】で「センター方式のエアコンと、老朽化した水道管の水には配慮が必要だが、そのことに県は全く無関心で調査を行わないのは何故だ?」に対して、県当局に文書による返答を求めたところ、驚くことに下記の回答を得た。

「建築物環境衛生管理基準に基づく測定は、建築物の所有者もしくは維持管理権限者に測定及びその測定記録の保存義務があり、当課が保存するものではない」

しかし、
 令和3年11月1日に、県(甲)とホテル賃借人で交わされた契約書によると「第5条:甲は、本件施設の使用にあたり善良なる管理者の注意義務を負うものとする」
とある。

 そして令和3年4月7日には、“厚生労働省”が各県に以下の事務連絡を行っている。

「2 新型コロナウイルス感染症患者の治療に当たり、換気設備について以下の対応を検討することとして下さい。
① 換気設備の換気量の測定等を行い、適切に機能していることを確認して下さい。
② ①の測定の結果、適切な換気量が確保できていない場合は、フィルター等の清掃や老朽化した換気設備の補修等を行うことにより、換気状況の改善を図れるよう検討を行って下さい。」

 以上を踏まえれば、県が換気設備を管理する必要があることは明白だが、「建築物の“所有者”もしくは維持管理権限者に測定及びその測定記録の保存義務があり県にその義務はない」というのなら、“建築物の所有者”と賃貸契約を結ばないのは何故だ?

 以上を鑑みれば、
① 県担当者は国からの新型コロナウイルス感染症対策として支給される一億円弱を消化すべく利権者に支給し、キックバックを目論んでいるものか?
② はたまた「米沢市では新型コロナウイルス感染症患者がこのホテルを利用することはない」との見立てから、公務員の金科玉条「遅れず、休まず、働かず」を頑なに実行しているのか?
③ あるいは、感染症の疑いがある患者がこのホテルを利用すれば、老朽化したセンター方式のエアコンでクラスターが発生することは必至であるから、そのことを喜びとする愉快犯(社会を恐慌におとしめて、その醜態や慌てふためく様子を陰から観察する・あるいは想像して喜ぶ行為を指す)か?
 
  以上の如く“県借り上げ「東京第一ホテル米沢」の謎”は深まるばかり!!

県借り上げ「東京第一ホテル米沢」の謎

kage

2021/12/01 (Wed)

県借り上げ「東京第一ホテル米沢」の謎

 県は、新型コロナウイルスへの感染者の内、軽症者の療養を目的に「東京第一ホテル米沢」と賃貸契約を結んだ。賃貸料は国(厚労省)が補助するので県の負担は無いようだが、謎だらけの賃貸契約だ。

【謎その1】 この制度の適用は米沢市以外に県内2例有るが、感染者の多い山形市や天童市にはなく、感染者の少ない米沢市が指定されたのは何故か?

【謎その2】 この契約が県と「ナウエル」で交わされたのは今年の10月4日であるが、第一ホテルは10月1日のチェックアウトでホテル業務を終了し、ナウエルは10月6日には東京の某氏(公表していない)と「東京第一ホテル米沢」の売買契約を結んでいる。と言うことは4日の時点で「ナウエル」及び「県」は、この契約が無効となることを認識していたのか?

【謎その3】 案の定、10/4交わした賃貸契約は無効となり、改めて県と、新潟市のホテルを経営する(株)DEN社と賃貸契約を結んだ。 驚いたことに、このDEN社は「東京第一ホテル米沢」の地権者ではない。 前述したように、ナウエルが売買契約を行ったのは「東京の某氏」であるから、アパートに例えればDEN社は単なる間借り人となる。
 社会通念として、アパートの借家人に「あなたの部屋を私に又貸して下さい」などの契約は行われない。
 地権者の大家と借家人の双方との契約をしなければ、米沢市の「ポポロ跡地問題」のように禍根を残すこととなる契約を行ったのは何故か?
 
【謎その4】 「東京第一ホテル米沢」は「設備の老朽化で数億円の改修費が見込まれ、営業を断念した」と報じられたように、感染者が入居するとなると、それに相応しい設備であるか疑問が生ずる。 特にセンター方式のエアコンと、老朽化した水道管の水には配慮が必要だが、そのことに県は全く無関心で調査を行わないのは何故だ? 

 かように謎だらけの県によるコロナ軽症者の療養施設借り上げだが、万が一感染者が入所した場合の経費は全額県負担である為、濡れ手で粟の「月額2,700万円強」支払われる賃貸料に有るのではないか?

 昨今世間を賑わしている日本大学のように、金が絡むと社会通念を失する場合が多い。

ある御婦人からの電話への回答

kage

2021/11/25 (Thu)

ある御婦人からの電話への回答
長井市役所
 当ブログ10/22で「福祉部門が身障者に配慮せずに、新庁舎の入り口玄関から一番遠い奥にあるのか?」との苦言に、当局より回答が来たので、同時期に完成した左図「長井市役所」と比較されたい。
 「思いやり駐車場」が玄関前にあり、かつ入り口は庁舎中央にある。
無題-1

「美(うま)し米沢」写生大会

kage

2021/11/09 (Tue)

「美(うま)し米沢」写生大会

 米沢御堀端史蹟保存会は名の通り史蹟を顕彰する団体であるが、歴史は観光の最大の要素と考え、観光産業に寄与すべく種々の企画に取り組んでいる。その一環に市内中学生を対象に、画題の歴史を知ることにより郷土愛を育もうと“「美(うま)し米沢」写生大会”を行って今年が第3回である。
 9月30日を応募締め切りとし、コロナ禍で点数は少ないと思っていたが、99点の応募あり、主催者側としては嬉しく思っている。 

 早速新庁舎ロビーで展示すべく、ロビーを管轄する財政課に使用許可を申し出たところ「衆議院選が10月行われそうなので11月以降の日程にして下さい」との事だった。 空いている日程を尋ねたところ「11月の29日~12月4日が空いています」と言うので「その日程で御願いします」と予約を入れた。

 しかし、一週間ほどして「12月4日を他の団体に譲ってほしい」との連絡が有ったので快く承諾した。しかし、しかし、また一週間ほどしたら「11月の29日~12月4日は先に予約が入っていたので、12月8日以降に変更してほしい」とのこと。

 当方の展示会は、期日の変更には何ら不都合は生じないから応じたものの、一般社会で金が動くイベントでの「ダブルブッキング」は、速賠償問題に発展するという意識は市職員にはないのであろうか? それとも「上司の指示は真面目に聞くが、市民の話はいい加減な対応で良い」との認識を持っているのだろうか? はたまた「一事が万事、市職員のレベルは低く、こんなもの」なのだろうか?
 
 12月8日から22日まで、市庁舎ロビーで作品を展示するので御覧頂きたい。

写生大会
 

コロナ禍に思う“不思議なこと”

kage

2021/11/02 (Tue)

コロナ禍に思う“不思議なこと”

 コロナ禍も沈静化の方向で安堵の気持ちが広がっている10月に、下記のチラシが米沢市中央地区の一部に配られた。
 配布者は「山形県」で、日付は今年「10月6日」とあり、「旧 東京第一ホテル米沢」を新型コロナ感染者を受け入れる施設として借り上げ、整備するという内容である。

◆疑問-1
 当県、ことに米沢市では感染拡大に向かっている時期にさえ病床不足は発生していないのに、何故コロナ禍が沈静に向かっているこの時期に「旧 東京第一ホテル米沢」と契約し整備費を投入するのであろうか?
◆疑問-2
 チラシ配布が米沢市の中央地区一部だけだが、感染力の強い患者を市の中央部で扱うとすると、当然米沢市民の関心は強いので、市と連絡を密にし「広報よねざわ」等で報道し、市民の理解を得るべきと思うが?
◆疑問-3
 チラシにある「10月6日」は「東京第一ホテル米沢」のオーナーである「ナウエル」と東京在住の篤志家間で「売買契約」を結んだ日である。【参照】あくまでも売買の契約であるから「所有権」の移転登記は為されず、オーナーは「ナウエル」で 「東京第一ホテル米沢」は実在していたことになる。にも拘わらず、県は「旧 東京第一ホテル米沢」を借りると表記したのだろうか?
◆疑問-4
 県は誰と賃貸契約を結んだのであろうか? 譲渡先の篤志家との契約はどうなっているのだろう? 新潟のDEN社が来春ホテルを開業すると言うが、県が整備した客室はどうなるのであろうか? 新潟のDEN社との契約はどうなっているのだろうか?

 県によるチラシ配布に、市井には「神の声」が有ったのてはないかとの噂もあり、当会は情報収集に当たっているので後日詳しい内容を伝える予定。
県チラシ

雲井龍雄を語る

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2021/10/28 (Thu)

雲井龍雄を語る

雲井竜雄
 10/23に笠井尚(かさいたかし)氏による「土俗的革命家雲井龍雄」と題する講演を拝聴した。米澤藩士「雲井龍雄」は戊辰戦争での活動家である。
 戊辰戦争では「奥羽越列藩同盟」のもと、米澤藩は会津藩と共に薩長軍と戦うも、米澤藩は早々と敵軍に恭順したことから、今でも米沢市民を快く思わない会津住民も居るという。
 講師の笹井氏は会津生まれの会津育ちと言うこともあり、米沢市民への感情はあまり良くないと思っていたが、講演内容は「雲井龍雄」を賞賛するものであった。

 小生は講演内容よりも、主催者が配布した文芸春秋10/10の記事「河野家三代の血脈」の一文に興味を持った。そこには、河野太郎代議士の祖父である一郎氏について次のように載っていた。・・・朝日新聞の入社試験では、英語がちっとも分からず、「有為な青年を選抜するのにこんな試験をするのはおかしい」と猛然と批判。幕末の志士・雲井龍雄の「天門の窄(せま)きは甕(かめ)より窄し」の詩を答案用紙いっぱいに書いて提出した。・・・とある。
 結果は不合格であったが、このように雲井龍雄の詩は政治家に限らず、多くの人々に口にされ、士気を鼓舞したという。

 NHKの大河ドラマでも明治維新を取り上げている今、米沢市民は雲井龍雄に関心を持って貰いたいと思っている。

【雲井龍雄のこと】
 時は幕末、260余年続いた江戸幕府も、農業中心の時代から商業中心の流れの変化や、列強諸外国の我が国への干渉など、これまでの幕藩体制では抗しきれない状況が日増しに強くなっていた。
 此の状況に、薩摩藩を主とした「公武合体派」は、日本の植民地化を防ぐべく開国し、朝廷との協調運動を進めようとする一方、長州藩を主とした「尊皇攘夷派」は、弱体化した幕府を打ち倒し、干渉してくる諸外国を排除しようと主張し、各派の衝突が京の随所で勃発していた。諸藩は、此の流れに如何に対処するべきかを模索していたが、慶応3年12月9日(1868年1月3日)に、京都で王政復古の大号令が断行されると、米沢藩は情勢探索の命を雲井龍雄に下したのであった。
 雲井龍雄は秀才の誉れ高く、慶応元年(1865年)藩主上杉齊憲に従い江戸に出府すると、安井息軒の三計塾に入門し塾長にまで上り詰める。ここで雲井は全国諸士の知遇を得て此の塾を拠点に政治情報を収集したことが、後々彼の行動に大きな影響力を与えることとなる。
 情勢探索のため雲井が京に赴くと、強引な倒幕・倒会津を進める薩摩藩の方針に異を唱え、薩摩藩を政権から排除すべく討薩を広く呼びかけていくが、諸藩の態度は曖昧であった。
 勢いを増す薩摩藩は江戸で火付・強盗・殺戮の暴挙をもって幕府を挑発したことにより、ついに幕府は1868年(戊辰の年)に鳥羽伏見にて薩摩藩への攻撃を開始する。すると、薩摩は朝敵である長州及び倒幕派の公家と手を結び、未だ幼き天皇を蔑ろにして「錦の御旗」を掲げ官軍であることを表明した。官軍に抗えば賊軍になることを恐れた多くの藩が薩長軍(以下西軍)に寝返ったことから、勢いを増した西軍は東北へと進攻すると共に、東北諸藩に会津討伐の命を下したのである。
 東北諸藩は、西軍の会津討伐に義のないことから、会津藩を援護すべく奥羽越列藩同盟を結成し、雲井は「討薩の檄」なる書状をもって、東北に限らず諸藩に西軍との抗戦を訴えた。かくして戊辰戦争は東北を戦場として激戦が展開されることとなる。しかし、銃砲に勝る西軍に東北諸藩は恭順するに至り、東北での戊辰戦争は終焉を迎え、翌年函館戦争を最後に旧幕府勢力は排除され、薩摩・長州両藩出身の官僚層を中心とする急進的な近代化政策を推進する新政府が設立された。
 雲井は安井塾の旧友稲津渉により新政府の集議院(政府の諮問機関)に推挙されるも、薩摩を批判してきたこれまでの言動から集議院での身の置き所は無く、一ヶ月足らずで集議院を去ることとなる。
 新政府が設立されると、これまでの幕藩体制の士族は浪士の身となり、彼らの鬱積する状況は反政府運動の兆しとして全国的に広まっていた。
 集議院を去った雲井は、浪士らを天兵として採用するよう明治3年に新政府に嘆願書を提出したことにより、雲井に多くの賛同者が集まることとなった事態を危惧する新政府は、反政府運動を圧殺する手始めとして雲井を政府転覆陰謀の名の下に捉え、深く取り調べも行われず罪名の不確かな「仮刑律」が適用され、同年12月26日(1871年2月15日)に判決が下った2日後に小伝馬町牢獄で斬首刑に処され小塚原刑場に梟首された。
◇雲井龍雄の辞世
死不畏死 死して死を畏(おそ)れず
 生不偸生 生きて生を偸(ぬす=盗)まず
 男兒大節 男児の大節は
 光與日爭 光(かがやき)日と爭(あらそ)う
 道之苟直 道 之(これ)苟(いやし)くも直(なお)くんば
 不鼎烹憚 鼎烹(ていほう=釜茹刑)をも憚(はばか)らず
 渺然一身 渺然(びょうぜん=極小)たる一身なれど
 萬里長城 万里の長城たらん        享年27才。
 雲井龍雄は旧士族の待遇を嘆願し、薩摩藩専制による藩閥体制の新政府を批判し続けて明治3年に処刑されたが、明治7年頃、旧士族や農民たちは雲井同様に明治政府の体制である藩閥政治を批判し、国民の政治参加や国会開設、立憲政体などを要求する自由民権運動が盛り上がり、運動の志士たちは好んで雲井龍雄の漢詩を口にしたように、雲井の藩閥政治批判の思想は、後の自由民権運動に繋がって行くのであった。
※参考文献 友田昌宏著「東北の近代と自由民権」 高島真著「謀殺された志士 雲井龍雄」 

NHKラジオ中継放送所の移転が具体化

kage

2021/10/26 (Tue)

NHKラジオ中継放送所の移転が具体化

 上記は現在「米澤城二の丸跡地」に設置され、米沢御堀端史蹟保存会は「鉄塔や張り巡らされた鉄線の景観は、価値ある史蹟に相応しくない」として10年前より市当局に「NHKと移転交渉を行うよう」要請を続けてきた。が、担当職員の働きは捗々しくなく、そこで個人的に他県の大物代議士の力を借りてNHKと交渉を進めて貰ったのが5年前である。そのとき指摘されたのが「市は本腰を入れてNHKと交渉していない」と言うことだった。
 そのことを担当職員に伝えたが「蛙の面に小便」の態度で進捗は見られなかったが、芳賀道也参議院議員が今年6月の国会でNHKに質したことから具体的な移転時期の回答を得ることができた。詳細は以下に米新10/25の記事を掲載する。
 
 松が岬公園西南角付近に設けられている「NHKラジオ米沢中継放送所」の移転先が米沢市直江石庭1番3地内に移転することが分かった。すでに所有権移転登記がことし9月28日に終えていることも分かった。

 NHK米沢中継放送所は昭和27年度に市の働きかけで、松が岬公園に設置、ローカル天気予報や郷土紹介などが行われてきた。
 しかしNHKの方針などで山形市に重点施設は移動し、高いアンテナと無人の施設について目立つようになっていた。付近住民からは「観光地にアンテナなどの施設は必要ない」などの声が高まって移転要望が出され国会でも取り上げられていた。
 移転地は直江石堤1番3で、ニツセキハウスグラウンド貸し施設付近。所有権移転登記は今年9月28日に終了、面積は1万611平方㍍。
 移転に向けた今後のスケジュールによると今月から設計・建設開始、令和5年移転先からの放送開始、令和6年度現在用地を市に返還予定となっている。
 市では、跡地利用について市庁内で協議のほか地元関係者からの意見も確認することにしている。(以上米新より)

 跡地利用については「米沢御堀端史蹟保存会」が中心となって「NHK跡地整備推進協議会」を立ち上げ検討を進めている。

ある御婦人からの電話

kage

2021/10/22 (Fri)

ある御婦人からの電話

 御婦人曰く「福祉課受付窓口が、入り口玄関から一番遠くて奥にあるのは納得できない、障害者や高齢者を思いやるなら入り口に近く設けるべきではないか!!」と憤懣やる方ない様子だった。
 そこで小生は福祉部の神保課長を訪れ「何故一番奥なのか?」を質したところ、理解し難い説明だったので書面での回答を求めた。返事が来たらこのブログで公開するつもり。
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 米沢市の新庁舎は、外構及び旧庁舎取り壊しを含めると約80億円という巨額の建設費で、今年5月1日にオープンした。 しかし使い勝手は前述御婦人に限らず、安部三十郎前市長に「議場の設計が悪い」と山新に投稿されたし、小生も複数の階に用があった場合など、関係窓口までの導線の長さにウンザリする。 庁舎東西の真ん中に、玄関や階段・エレベーターを設ければ使い勝手が良いというものだ。
無題-2


 新庁舎はそれだけではない。写真は庁舎南側の部分だが、半年も経たないのにこの景観だ。一般市民が大金を掛けての新築自宅なら、工事会社に文句の一つも言いたい所だろう。
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 新庁舎の入札は公募型プロポーザル方式で、竹中工務店・後藤組・置賜建設・久米設計・特定建設工事共同企業体が落札したものだが、小生はこの時点からキナ臭さを感じていた。
 というのは、応募業者の工事額が同額である点と、落札した竹中工務店は「鉄骨構造」にも拘わらず、鉄骨構造より坪単価が高い称される「鉄筋コンクリート構造」の競合他社と同額である。同額ならメリットの多い鉄筋コンクリート構造を選ぶのが常識であろう。
 百歩譲って「工事費にとらわれず、市民・職員の使い勝手の良さで竹中工務店に決定した」と言うのなら納得もするが、前述の如き甚だ使い勝手が悪く、「責任者出てこい」と叫びたい心境だ。

 因みに審査委員会の面々は以下である。

会 長  山形大学工学部 建築・デザイン学科 教授 三 辻 和 弥
副会長  仙台高等専門学校 建築デザイン学科 教授 坂 口 大 洋
委 員  山形県県土整備部 建築住宅課営繕室 営繕室長 髙 橋 光 一
委 員  公益財団法人 山形県建設技術センター地域支援部参事(兼)建築課長 庄 司 久 一
委 員  米沢市副市長 井 戸 將 悟

 お気づきであろうが、立派な肩書きで市民を納得させようとする、行政の常套手段。

リモート芋煮会

kage

2021/10/15 (Fri)

リモート芋煮会

 年初に企画し、全国に発信して参加者を集い、10/10に松川河川敷で「上杉衆 これぞ芋煮会」を大々的に行おうとしたが、コロナ禍は収まらず、止むなくリモート芋煮会となった。
 これには、山形県立米沢女子短期大学の協力を得て、10/10にオンライン会議で実績のあるZoomで送受信を行った。その様子は同校の米短ホームページを覗いてもらいたい。

 初めての試みと言うこともあり、至らない点が多々有ったと思うが、参加者には概ね好評であったので、来年は松川河川敷でリアル「上杉衆 これぞ芋煮会」を開催し、その様子を全国にWeb発信しようと思っている。

 以下は、事前に少数で河原に行き、実際に芋煮を作ったときの写真で、10/10のリモート芋煮会に使用した。

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季節外れの啓蟄

kage

2021/10/12 (Tue)

季節外れの啓蟄

 2年近く続いたコロナ禍は世界中に影響を与え、人々の行動は萎縮した。この間、持病持ちの小生は正に「巣ごもり」状態で過ごし、ブログ更新も怠っていたが、コロナ禍も漸く沈静化の方向にあるので、季節外れの「啓蟄」(冬ごもりをしていた虫が気候が暖かくなって外に出てくる時期)の如く、以前のように当サイトを更新する予定。

 直近に思うこと!!
 数日前に日本大学の付属病院設計に関する背任事件が報道され、それによると、
・・・病院の設計業務契約について、設計料の金額に関係なく、提案内容などを審査して決める「プロポーザル方式」で設計業者を選定することとし、プロポーザルには4社が参加し、都内のある設計会社に発注先が決まった。
 この際に、井ノロ容疑者は審査に関与し、この設計会社が受注できるように評価点を上げ、他の3社を下げるといった改竄を行い、受注した設計会社に対し、井ノロ容疑者の指定する会社に2億2千万円を送金させた・・・

 米沢市民にとって「日大の背任事件などは無関係」と関心は薄いだろうが、米沢市でも市立病院の設計業者を選定する際に、上記のような背任行為が行われたのでは?と思わせる行為があった。

 市立病院の設計業者選定に当たっては、今般の日大と同じ「プロポーザル方式」によるもので、複数の応募があったが、令和元年8月京都の(株)内藤建築事務所に1億六千六百万円で発注された。
 が、驚いたことに、この内藤事務所は愛媛県より令和元年6月10日から令和2年6月9日までの1年間の指名停止処分を受けているのである。この1年間の指名停止と言うのは異例とも言うべき長期であり、「余程の悪行を犯した業者だろう」と業界通の間で噂された。
 
 因みに、(有)今田土建の道路補修工事に、米沢市は刑事告訴を行い有罪が確定した結果、平成30年12月10日から平成31年 3月31日の三ヶ月と20日程の処分であったことを鑑みれば、刑事罰を受けてもいない内藤事務所への1年間の指名停止は如何に異常か分かろうと言うものだ。

 通常、行政は脛に傷ある業者への発注は避けるもので、前記の今田土建には指名停止が解けた後も市からの発注は無いという。

 プロポーザル方式での業者選定は、選考委員数名が総合的に評価した合計点数で決められるため、日大の井ノロ容疑者の如く彼らの匙加減でいかようにも決せられる。
 小生は、証拠は無いが市立病院の場合にも「神の声」が有ったと思っている。

 議会で、小中学校の児童生徒に提供する給食に当たっては「センター方式」を採用することが議決されたが、「センター方式」と決めた教育委員会に、日大の井ノロ容疑者と同じ匂いが感じられ、現在しらべている。

上杉氏へ

kage

2021/09/05 (Sun)

上杉氏へ

 当ブログは、なるべく面談し裏を取って掲載することをモットーにしているが、このコロナ禍で面談も捗々(はかばか)しくなく、巣ごもり状態で更新も滞っていたが、上杉氏より10/10の芋煮会に付いての投稿があったので答えたい。

 9/3に役員会を開き関係者には以下の連絡を発信することにした。しかし開催日当日配布する小冊子はできているので紹介したい。

「上杉衆 これぞ芋煮会」ご参加の皆様へ

 この度は、多数のご参加を賜り誠にありがとうございました。深く感謝を申し上げます。
 皆様に本企画をご案内申し上げました当時、コロナウィルス感染問題は沈静化に向かうものと考え、開催日の10月10日に皆様とお会いできる日を楽しみに催事の段取りを進めて参りましたが、意に反し9月に入りましても下火の兆しどころか蔓延にストップがかからない状況が続いております。
 3密防止を図りながらの屋外イベントと申し上げましても限界があり、ご参加者皆様のご健康と安全を第一に考えれば一堂に会してのリアル開催は難しいと判断せざるを得ないことから止む無く中止することとし、リモート発信に切り替えたいと思う次第です。(当初のご案内に記載致しました注意事項により)
 延期も検討致しましたが、コロナ問題の収束時期が不透明な上、芋煮会のシーズンから外れてしまうことから、断腸の思いでリモート発信に切り替えますことをここにご連絡申し上げます。
 何卒、事情ご賢察の上、ご了承下さいますようお願い申し上げます。
 尚、最初からリモートでの参加を申し込みされた方並びにリアル開催に参加をご希望された方には、「芋煮セット」を前日の10月9日着でお送り申し上げますよう手配しておりますのでお受け取り下さい。
 芋煮セットの到着日に関し変更を希望される方は、9月30日(木)までにお知らせ下さいますようお願い申し上げます。
 又、リモート発信の要領に関しましては別紙説明書をご覧になって頂き、当方からの発信スタート時間帯迄に受信可能な状態に段取って頂きたく、ご準備下さい。
 来年度も「第2回上杉衆これぞ芋煮会」の開催を予定しておりますが、それまでにはコロナ問題も落着し、来年こそは楽しい芋煮会を通し皆様と強い絆で結ばれますことを強く願っております。
 次回も是非ご参加を賜りますよう、重ねてお願い申し上げます。  以上


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米澤城二ノ丸の謎

kage

2021/06/01 (Tue)

米澤城二ノ丸の謎

 初代米澤藩主「上杉景勝公」の居城である米澤城を訪れ、天守閣はおろか、石垣もない造りに「ここがお城ですか?」といぶかる観光客が多いという。 何故このような「地味な城」であるかの解説は別の機会に譲るとして、注目すべきは二ノ丸である。
 景勝公が城主の時代には「法音寺」「大乗寺」を始め20もの寺院があり、このような城は他に類を見ない希有な存在なので、「二ノ丸の謎」としてその解明に取り組み、いずれは米澤城二ノ丸の特異性が観光の誘客に供することを願っている。
 しかし、このように歴史的貴重な二ノ丸跡には、昭和27年(1952)以来、NHK放送中継所が設置され、鉄塔や鉄線が著しく景観を阻害する現況にあった。
 そこで、小生が属する「米沢御堀端史蹟保存会」では、平成24年(2012)に安部三十郎市長宛に陳情書を提出し、放送中継所の移転を願い出た。

 しかし、行政の反応は鈍く進展が見られないことから、当時の鈴木章郎市議に議会での発議を御願いしたり、諸代議士にNHKへの進言を御願いしたが、話が劇的に進展したのは、安倍晋三総理の側近であるO代議士がNHK経営企画局のY特別主幹との折衝を行った平成27年(2015)の年である。
 O代議士は他県の選挙区であるが、その秘書が米沢市出身と言うことで力を貸してくれたという次第で、今後NHKと市との交渉についての注意点を記した手紙が小生宛に送られてきた。

 早速、担当の企画調整部長に報告に行ったところ「ここまでやって貰えば、後は私どもにお任せ下さい」と、民間が市行政に口を挟むとスムースに事が運ばないから手を引いてくれとのことだった。

 その後、当局を訪れ進捗状況を尋ねても「NHKと折衝は行っていますが、詳細に付いては口外できません」との返答が令和2年(2020)まで続いた。
 お役所仕事とはいえ余りにも時間が掛かっていることから、今年に入って参議院議員の芳賀道也氏にこれまでの経過を説明し、力添えをお願いしたところ、本日6/1の参議院総務委員会で「米沢のNHK放送中継所移転の進捗は?」とNHKへの質問に、児玉圭司NHK理事・技師長は「2023年に移転し、2024年には米沢市に更地で返還します」と返答した。
 続いて芳賀議員の質問「移転費用の負担を米沢市に求めますか?」に対しては「考えておりません」との返答があった。

 苦節10年、漸く米澤城二ノ丸が史蹟としての価値を世に広めることができると、小生は芳賀道也参議に感謝の意の一報を入れた。

上杉衆 これぞ芋煮会

kage

2021/05/21 (Fri)

上杉衆 これぞ芋煮会

 秋の風物詩として、山形市の馬見ヶ崎河原で行われる大鍋芋煮が全国的に有名になったが、小生としてはショベルカーがお玉の代わりと言うのは馴染めない。
 当地の芋煮会と言えば、松川河川敷などで石の竈を作り、鍋に材料を入れ各自で味付けしたものをグループで食したものだが、最近は業者に頼んで出来上がった芋煮を椀に盛るだけの芋煮会が主流のようだ。

 米沢には次の伝承がある。

 応永三十一年(1406)八月十五日大井田経宗は、尹良親王を奉じ、一族を率いて諏訪から三河に向かう途中、野武士に襲われ戦死する。尹良親王は自刃し、羽川刑部他二十数名が親王に殉じたという。
 その後、大井田氏は上田長尾氏と同盟関係結び、御館の乱では上田衆として出陣して上杉景勝の下で活躍した。
 時を経て、一族が先阻の地「魚沼」を去った日は旧暦八月十五日とされており、その別れを惜しむ人々が里芋等を持ち寄り、一族の息災と、戦で亡くなった先人の鎮魂を願って、野外で芋煮の宴を開いたとの伝承があり、末裔は現在でも旧八月十五日に芋煮の宴を開いている。

 小生の属する米沢御堀端史蹟保存会では、この伝承を米沢衆芋煮の発祥と捉え、来る10月10日に昔ながらの芋煮の会を開こうとゆうことになった。
 初期費用の捻出はクラウドファンディングで行い、全国的にPRすることにより町の活性化に繋がればと願っている。
 ネットで「上杉衆これぞ芋煮会」と入力するとファンディングのサイトに入れるので、是非ご覧頂きたい。


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