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米澤城二ノ丸の謎

kage

2021/06/01 (Tue)

米澤城二ノ丸の謎

 初代米澤藩主「上杉景勝公」の居城である米澤城を訪れ、天守閣はおろか、石垣もない造りに「ここがお城ですか?」といぶかる観光客が多いという。 何故このような「地味な城」であるかの解説は別の機会に譲るとして、注目すべきは二ノ丸である。
 景勝公が城主の時代には「法音寺」「大乗寺」を始め20もの寺院があり、このような城は他に類を見ない希有な存在なので、「二ノ丸の謎」としてその解明に取り組み、いずれは米澤城二ノ丸の特異性が観光の誘客に供することを願っている。
 しかし、このように歴史的貴重な二ノ丸跡には、昭和27年(1952)以来、NHK放送中継所が設置され、鉄塔や鉄線が著しく景観を阻害する現況にあった。
 そこで、小生が属する「米沢御堀端史蹟保存会」では、平成24年(2012)に安部三十郎市長宛に陳情書を提出し、放送中継所の移転を願い出た。

 しかし、行政の反応は鈍く進展が見られないことから、当時の鈴木章郎市議に議会での発議を御願いしたり、諸代議士にNHKへの進言を御願いしたが、話が劇的に進展したのは、安倍晋三総理の側近であるO代議士がNHK経営企画局のY特別主幹との折衝を行った平成27年(2015)の年である。
 O代議士は他県の選挙区であるが、その秘書が米沢市出身と言うことで力を貸してくれたという次第で、今後NHKと市との交渉についての注意点を記した手紙が小生宛に送られてきた。

 早速、担当の企画調整部長に報告に行ったところ「ここまでやって貰えば、後は私どもにお任せ下さい」と、民間が市行政に口を挟むとスムースに事が運ばないから手を引いてくれとのことだった。

 その後、当局を訪れ進捗状況を尋ねても「NHKと折衝は行っていますが、詳細に付いては口外できません」との返答が令和2年(2020)まで続いた。
 お役所仕事とはいえ余りにも時間が掛かっていることから、今年に入って参議院議員の芳賀道也氏にこれまでの経過を説明し、力添えをお願いしたところ、本日6/1の参議院総務委員会で「米沢のNHK放送中継所移転の進捗は?」とNHKへの質問に、児玉圭司NHK理事・技師長は「2023年に移転し、2024年には米沢市に更地で返還します」と返答した。
 続いて芳賀議員の質問「移転費用の負担を米沢市に求めますか?」に対しては「考えておりません」との返答があった。

 苦節10年、漸く米澤城二ノ丸が史蹟としての価値を世に広めることができると、小生は芳賀道也参議に感謝の意の一報を入れた。

上杉衆 これぞ芋煮会

kage

2021/05/21 (Fri)

上杉衆 これぞ芋煮会

 秋の風物詩として、山形市の馬見ヶ崎河原で行われる大鍋芋煮が全国的に有名になったが、小生としてはショベルカーがお玉の代わりと言うのは馴染めない。
 当地の芋煮会と言えば、松川河川敷などで石の竈を作り、鍋に材料を入れ各自で味付けしたものをグループで食したものだが、最近は業者に頼んで出来上がった芋煮を椀に盛るだけの芋煮会が主流のようだ。

 米沢には次の伝承がある。

 応永三十一年(1406)八月十五日大井田経宗は、尹良親王を奉じ、一族を率いて諏訪から三河に向かう途中、野武士に襲われ戦死する。尹良親王は自刃し、羽川刑部他二十数名が親王に殉じたという。
 その後、大井田氏は上田長尾氏と同盟関係結び、御館の乱では上田衆として出陣して上杉景勝の下で活躍した。
 時を経て、一族が先阻の地「魚沼」を去った日は旧暦八月十五日とされており、その別れを惜しむ人々が里芋等を持ち寄り、一族の息災と、戦で亡くなった先人の鎮魂を願って、野外で芋煮の宴を開いたとの伝承があり、末裔は現在でも旧八月十五日に芋煮の宴を開いている。

 小生の属する米沢御堀端史蹟保存会では、この伝承を米沢衆芋煮の発祥と捉え、来る10月10日に昔ながらの芋煮の会を開こうとゆうことになった。
 初期費用の捻出はクラウドファンディングで行い、全国的にPRすることにより町の活性化に繋がればと願っている。
 ネットで「上杉衆これぞ芋煮会」と入力するとファンディングのサイトに入れるので、是非ご覧頂きたい。


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新庁舎オープン②

kage

2021/05/16 (Sun)

新庁舎オープン②

 5/14に初めて新築の市庁舎に印鑑登録証明書を貰いに訪れた。申請用紙に記入する台の一番東側テーブルは人がいるので2番テーブルで申請書に書き込もうとしたが印鑑登録証明書の申請用紙がない。係員に尋ねると「一番東側テーブルにだけ置いております」とのこと。 旧庁舎ではどの申請記入台には用意されていて便利だったが、新庁舎でこうしたのは何故か後で尋ねてみる。

 小生は本市の人口動静に興味があり、月に一度は旧庁舎ロビーの掲示板を常に注視していたが、新庁舎にはそれがない。係員に尋ねると「ここに掲示しています」と指さしたのは、何とペラのA4用紙に印刷したもので、その前にはその数字を隠すが如く観葉植物の鉢が置いてあった。
 中川市長は「人口減少に歯止めをかける」と選挙公約で謳ったが、豈図らんや(あにはからんや)本市人口は減少の一途を辿り、有効な具体策も示されない状況から、市民に余り知られたくない心境の表れか? 

 新市庁舎西南にあるレリーフ像に気づいた市民もいると思うが、これは直江兼続公である。この像は数十年前に米澤新聞社が市に寄贈した物だが、旧庁舎西側の人目に付きにくい場所に設置されていた為、市民の多くは気づいていない。
 そこで市の、財政課に「庁舎が新築されるのを機会に、米沢市のまちづくりを行った公であるから人目に付く良い場所に・・・」と要望していたところ、現在の場所に設置された。
 一説によると「直江公は冑山を目印に町割りを行った」とあり、その公が冑山を眺めてのレリーフ像の設置場所に満足して、過日財政課を訪れ感謝の意を表してきた。
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新庁舎オープン

kage

2021/05/06 (Thu)

新庁舎オープン

 米沢市・長井市・川西町の庁舎が同じ時期に新築され、同じ時期に開庁式が行われたが、これは新耐震基準導入前に建設され、耐震化が未実施の市町村の本庁舎の建て替え事業(令和3年度完成)に国が補助金(井戸副市長からは建築費の22%と聞いている)を支給する制度によるものだ。

 本市の旧市庁舎は、吉池慶太郎市長時代の昭和45年に建設され、耐震化は施されていないことから建て替えられたものだが、新庁舎の西側の敷地に吉池慶太郎氏の半身像が新庁舎に向かって(東向き)に設置された。このことに異議はないのだが、銅像の向きに関しては・・・・

 松が岬神社の東側に「上杉鷹山公座像」があり、以前は参道にお尻を向けていたが、現在は参道を向いている。これに関して小生が関わったので述べてみたい。

 参道にお尻を向けて設置した経緯は、30数年前に小生が属する米沢松岬ライオンズクラブが周年事業として「上杉鷹山公座像」を市に寄贈することになった。市の担当者は「県の助成金を貰って整備した公園で、メインは噴水だから、それに背を向けることはできない。像が噴水向きに設置するのが条件」と言うので不本意ながら参道にお尻を向ける格好となった。

 上杉神社を訪れる観光客の多くが、ボランティアガイドに「何故参道にお尻を向けているのか」との質問に答えるに窮して「鷹山公は市庁舎の方向を向いて職員の働きぶりを監視しているのです」と説明していた。

 その後、小生が米沢松岬LCの会長のとき、高橋幸翁市長に「市の予算で参道向きに変えていただきたい」旨の陳情書を提出した。市長は「今は予算が取れないので何れ」との回答に余り期待はしていなかったが、数年して「予算が付いたので工事を行う」との連絡が入り現在の向きになった。

 このように、国・県の助成金や補助金を利用した事業には、お上の顔色を窺いながら業務を進めることから、国の補助金を導入しての新庁舎に、お上の威光は如何なものかと「上杉鷹山公座像」の向きの経緯を思い起こした。

 間もなく見納めとなる新旧庁舎の揃い踏み
 
進級市庁舎
 

桜花爛漫

kage

2021/04/22 (Thu)

桜花爛漫

 世はコロナ禍で不要不急の外出を自粛するよう叫ばれているが、各地の桜は「我関せず」と本年も見事に開花した。そうなると桜見に出かけたくなるのが人情である。

 昨年計画していた福島県猪苗代町の「観音寺川の桜並木」はコロナ騒ぎで中止したが、本年は三密を避ければ感染の恐れはないと独断し、4/16桜見に行くことにした。
 混まない早い時間に到着するよう米沢を午前6時に出発し、現地には8時前に到着すると、案の定人はまばらで、ゆったりと花を観賞することができた。  
 写真のように、川幅5mほどの堤防両側に並ぶ桜は人が植えたもので、苗木からこのように育つのは30~50年の年月を要する。
 ところで、米沢の桜は殆ど老木が目立ち、その状況を心配した上杉家第17代当主の上杉邦憲氏が、一般社団法人霞会館にお声をかけた結果、2018年に桜の苗木200本が本市に贈呈されることになった。
 植樹や更新は米沢市が主体となって行う計画とのことで、先ず、旧愛宕小学校界隈から始めると言うが、見応えがあり多くの見物客が訪れるようになるには数十年を要し、果たして米沢市の職員によるお役所仕事でどうなるものかと危惧する次第。
(観音寺川の桜並木)           (松川河畔敷の桜並木)                
観音寺川 松川河畔







山形大学xEV飯豊研究センター(飯豊町)の怪!! ⑤

kage

2021/04/20 (Tue)

山形大学xEV飯豊研究センター(飯豊町)の怪!! ⑤

 後藤幸平町長が掲げた「飯豊電池バレー構想」に専門職大学の誘致がある。
 内容は仙台の赤門自動車整備大学校を経営する学校法人赤門学院が飯豊に私立4年制大学の「モビリティシステム専門職大学」を開校し、「電池」「駆動」「車体」「情報」を柱に、電池とモーターで動く様々なシステムを学習するのだという。 そして専任教員の4割以上は実務家教員(企業などで活躍した優秀な方)で、最新の活きた知識と技術を学べるとある。

 開学に向け、2019年10月に文部科学省へ申請し、本年4月に開校すると広報していたが、未だ開校したとは報じられていない。山形大学xEV飯豊研究センターのつまずきで「飯豊電池バレー構想」が大きく揺らいでいるように思えるが?

 新しく大学を開学し運営するには相当難しい問題をクリアしなければならず、まして永年に亘り継続するには高度の経営ノーハウを必要とする。

 30数年も前の話になるが、時はコンピューター時代の草創期で、各企業が自社に合ったアプリケーションソフトを求めていた。それに伴い、各地にコンピューターアプリケーションソフトの開発会社が設立され、システムエンジニア(SE)がもてはやされていた。
 当地、米沢にも白布温泉に向かって泉町踏切を越えた右手にソフト(アプリ)開発会社の高層ビルが建設され、それに付随して同敷地内にアプリを学ぶ学校も開学された。
 開校間もなくして、知人より「学校運営に手を貸してくれないか」との依頼があったことから、早速校長と面接し小生のやるべき仕事内容を尋ねたところ、学校運営には金が掛かるので「企業からの資金集めが仕事」だと言う。
 企業が学校に資金を提供するには、開発しているアプリが優秀であるか、卒業生が優れたSEとして採用できるか等のメリットを期待するものなので、その辺を質問したが、とても小生が考えるレベルに開きがあったので丁重にお断りしたことがあった。そして間もなく学校は倒産した。

 その頃、特許保有件数世界一の西澤潤一教授が東北大学にいて、多数の企業が資金提供を申し出ているテレビ番組が放映されていた。そして西澤教授の指導を求めて入学した学生に、舛岡富士雄氏、江刺正喜氏、小柳光正氏等がいて、その後、世界に名を馳せる研究者となった。

 自動車無しでは考えられないこの時代に、電気自動車や自動運転の車の草創期を感じ、それに伴う技術者の養成を目的とする飯豊町の「モビリティシステム専門職大学」の開学は時代にかなった計画だが、小生は30年前の経験を思い起こし、飯豊町はこの「難事業」をどう達成するか興味津々であり、成功することを祈る。
【完】

 

山形大学xEV飯豊研究センター(飯豊町)の怪!! ④

kage

2021/04/15 (Thu)

山形大学xEV飯豊研究センター(飯豊町)の怪!! ④

 当初、Y教授が研究を進めるリチウムイオン電池を核に、飯豊町の後藤幸平町長が掲げた「飯豊電池バレー構想」はすばらしいものと評価したが、今となっては飯豊町のお荷物となるのではないかと懸念する。

 社会通念として、大学教授といえば「高度な知識」で「良識の府」ととらえられ、彼らに話を持ち掛けられれば疑うことなくその話を信用してしまう場合が多いが、小生が大学教授と関わった実体験から必ずしもそうとは言えない事例を以下に述べたい。

【舘山城の事】
 米沢市の文化課が数年前に、舘山発電所が伊達政宗の城跡(主郭)であると大々的にピーアールを行った。しかし政宗は17歳で家督を譲られると福島に侵攻して統治下に治めた為、舘山にちっぽけな城を築く理由がないとして、文化課にクレームを申し出た。
 すると文化課のA職員は「山形大学のI教授もそのように述べている」というので、I教授と面談すると「市当局がそう言っているので、私もそのように言ったまで」と全く無責任な返答だった。

【ナセバ建設の工事遅延】
 市が発注した工期よりナセバ完成は3ヶ月の工事遅延を来たした。市は、この工事遅延に対して「豪雪の為の不可抗力」名目で約3,000万円を増額して工事代を支払った。
 この事案に「工事遅延は壁柱工法に対処できなかったJVの技術不足であり、公金支出は不当である」として住民監査請求を行ったところ、困り果てた市当局はH工学博士・O工学博士等に意見を求めて調査報告書が提出された。
 報告書は工学博士とは思えぬ稚拙な物で、冒頭に「法律及び財政的な観点は含まない」と前置きしながら、延々と法律及び財政に関する記述が続き、肝腎の「工事遅延はJVの技術不足か否か」に付いては「壁柱工法は特段特殊な工法ではない」と表記するばかりで、JVの技術評価に付いては触れていない。(この調査に市は約30万円を支払った)

【加冶川重油汚染問題】
 福島県沖地震の後「加冶川に重油が流出したが、廃業した染色業者の地下タンクが流出元と思われるので調査を望む」として、住民が議会に請願書を提出して採択された。
 それを受けて市は「地下水技術検討会」を組織し「Y山形大学名誉教授」・「YNE山形大学名誉教授」等が委員となって検討の結果「地下タンクから約100メートル北に井戸を掘って汚染するか見守る」との結論を出し、市は井戸掘削に約80万円を福島の業者に支払った。
 請願提出の市民は「地下水汚染を心配して、原因特定と原因の撤去を請願したのに、汚染されるのを待っているとは支離滅裂な検討結果だ」と教授肩書きに不信感を露わにした。

 かように○○教授の肩書きが有るからと言って安易に信用してはいけない。
【続く】 

山形大学xEV飯豊研究センター(飯豊町)の怪!! ③

kage

2021/04/12 (Mon)

山形大学xEV飯豊研究センター(飯豊町)の怪!! ③

 山形大学工学部に於けるリチウムイオン電池の研究はY教授だけでなく、2015年4月に着任した森下正典教授は従来の液体に代わる固体化したゲル状の電解質を研究し、2020年2月には全固体型リチウムイオン電池で容量を2倍にする実用化技術開発に成功したと発表し、2年以内の製品化を目指しているという。 よって、Y教授の液体型リチウムイオン電池の研究は以後無価値となる為、2020年1月に山形大学の小山学長は後藤町長にセンターの撤退を伝えたのではないか? 

 外部の小生から見ると(想像を含めて)、山形大学は2011年民間企業を退職したY氏が液体型リチウムイオン電池の研究の第一人者と考え、教授として招聘したが、世界の潮流は固体型に移行しつつあったところに、2015年森下正典氏が教授に着任して固体型の開発が進むと、Y教授の存在は山形大学に取ってお荷物となった。
 しかし山形大学が招聘したのだからY氏を退官させる訳にもいかず、苦肉の策として自治体から空き工場提供と出資を仰ぎ、山形大学xEV飯豊研究センターが設立されたのではないか。
 このように考えれば、小山学長の「撤退する理由などについては説明できない」の弁は理解できる。

 飯豊町の後藤町長は「山形大学xEV飯豊研究センター」を核とした「飯豊電池バレー構想」を発表し、リチウムイオン電池関連製品製造の為に添川地内の東山工業団地に貸し工場の建設に着手した。
 それに加えて「モビリティシステム専門職大学」を誘致し、「電池」「駆動」「車体」「情報」を柱に、電池とモーターで動く様々なシステムを学習するとして2019年10月、文科省に大学開設の申請を行った。

 「飯豊電池バレー構想」が計画通りに事が進めば、近隣自治体が羨むようなまち作りが実現するのであろうが、Y教授のパワハラ問題からどうも上手くいっていない話を耳にする。

 山形大学は小山学長から玉手学長に代わり「山形大学xEV飯豊研究センター」には今後も協力するとのコメントを発しているので、東山工業団地は森下正典教授の全固体型リチウムイオン電池関連の製造工場として稼働できるのであれば将来に希望も持てよう。しかし、有望な研究には企業の金銭的支援が付きものゆえに、大学の一存とも行かないであろう。
【続く】

 

山形大学xEV飯豊研究センター(飯豊町)の怪!! ②

kage

2021/04/08 (Thu)

山形大学xEV飯豊研究センター(飯豊町)の怪!! ②

 ところで「山形大学xEV飯豊研究センター」は、成長分野であるリチウムイオン電池の研究開発拠点として2016年に開設され、パワハラをしたと認定されたY教授が、開設当時からセンター長に就いている。
この教授は、2011年に民間企業を退職して山大工学部の教授に就任したが、目立たない存在だったというのに同研究センター所長に抜擢されたのは山形大学のある理事との個人的な関係からだと噂されている。

 このセンターは山形大学から飯豊町に開設を提案し、センター開設の総事業費15億円のうち7億円を町が負担したものだが、Y教授はスタートしてわずか2年あまりで複数のパワハラ事案を起こし、被害者は大学側に伝えているにも関わらず、事案を隠蔽するような態度で対応は極めて鈍かったという。 しかしパワハラ問題がマスコミにも取り上げられると、大学側は考えられないような軽い処分をY教授に科し、お茶を濁そうとした。
そして2020年1月に山形大学はセンターの撤退を町に伝え、Y教授は2020年の春に大学を退職した。
 詳しいことは『「パワハラ教授」に甘すぎる処分を下した山形大学の不可解」』としてネットに掲載されているので参照願いたい。(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57112)

 数年前、山形大学のリチウムイオン電池研究所が飯豊町に決まったことに「米沢市で受けるべき事案ではなかったか」と飯豊町に持って行かれたことを悔やんだが、今となっては「後藤飯豊町町長は“好い面の皮”」と同情するばかり。

 山形大学ともあろう知的集団が、15億円も投資した研究施設をわずか4年で放すとは? これはY教授と大学側で巧妙に仕組まれた罠に、飯豊町が掛かったのではないかと疑いを持つ程に奇っ怪な事案である。

 そんなことからリチウムイオン電池とは何ぞやとの興味を持つようになり、ググると、液体型と固体型があり、吉野氏がノーベル賞の対象となったのは液体型で、この型はプラス極とマイナス極のイオンの伝導を担う電解質として液体を用いるため、その蒸発や分解・液漏れ等により、破裂・発火するといった心配があるが、全固体電池はその電解質が固体となるため、液漏れの心配がなく、安全性が格段に向上し「耐久性」「温度耐性」「サイズ」そして「充電時間の短縮」にメリットがあると言う。
【続く】

平洲椿の開花

kage

2021/04/05 (Mon)

平洲椿の開花

 関根の普門院は上杉鷹山公が、江戸から細井平洲師を迎えに出向いた寺院とされ、師が江戸より椿の苗を持参して当寺院に植樹されたのが「平洲椿」である。
 この椿は「千重」と称されるほど花弁の数が多く、新種ではないかと「日本ツバキ協会」に申請して認可されたことを記念し、2018年6月苗の頒布会を行った。
 50名ほどの応募者があり、その後の生育が気になっていたが、先日「平洲椿が開花しました」と弾んだ声の御婦人から電話があり、早速カメラに収めたのが下の写真である。 小生も苗を育てているが蕾みが付いていないから今年は期待できない。 50名ほどの応募者の殆どが枯らしているので、開花まで育てられるのは数人ではなかろうか。

 下右の写真は本家本元の「平洲椿」だが、蕾はまだ堅く開花は2週間程先と思われる 諸兄も是非「普門院」を訪れ「平洲椿」を鑑賞いただきたい。

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山形大学xEV飯豊研究センター(飯豊町)の怪!! ①

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2021/04/04 (Sun)

山形大学xEV飯豊研究センター(飯豊町)の怪!! ①

 世界的に脱炭素社会の実現を目指す計画が発表され、なかんずく自動車はEV(電気自動車)化に加速している昨今だが、その原動力となるバッテリーに付いては改良に各社鎬(しのぎ)を削っている現況にある。

 現在の「ナセバ」建設が議会で討議されている頃、山形大学ではリチウムイオン電池の研究センターを設立すべく、土地と資金の提供を自治体に打診していた。
 当然、本市にも話が持ちかけられたが、「ナセバ」建設で頭が一杯の安部三十郎市長は、議会に報告をすることもなくスルーとした。

 この話に飛びついたのが飯豊町の後藤幸平町長である。おりしも町が誘致した照明機器の大手メーカーが工場撤退を表明して途方にくれていたところに、山大から「空いた工場をリチウムイオン電池の研究開発を進める拠点施設として利用したい」との申し出があったから、大乗り気(おおのりき)で話は進められた。

 後藤町長は「ピンチをチャンスに変える」と張り切り「飯豊電池バレー構想」を提唱して、2013年に飯豊町・山形大学・山形銀行の連携協定のもとに山形大学xEV飯豊研究センター事業が開業に向かって進められた。
 2016年に次世代電池研究拠点として研究センターは総事業費15億円のうち7億円を飯豊町が負担して開設され、山形大学は飯豊町へ年間1,000万円払う10年間の賃貸契約を締結した。

 研究を牽引するのは山形大学が企業からヘッドハントしたY教授だが、2018年にパワハラ問題で世間を騒がせ、研究センターに暗雲が立ちこめたが、翌年の2019年には吉野彰氏がリチウムイオン電池の開発功績が認められノーベル賞受賞者となったことから、後藤町長はテレビにも出演してリチウムイオン電池開発の「飯豊電池バレー構想」を熱く語った。

 ところがである!! 2019年12月に後藤町長が山形大学の小山清人学長を訪れた際、翌年3月に研究センターは撤退する意向を告げられ、そして2020年1月に山形大学は山形大学xEV飯豊研究センターからの撤退を表明したが「理由などについては説明できない」としている。
【続く】

鼻煙壺(びえんこ)をご存じか!

kage

2021/03/23 (Tue)

鼻煙壺(びえんこ)をご存じか!!

 鼻煙壺とは「嗅ぎ煙草」を入れる壺のことである。「嗅ぎ煙草」は中国の明の時代(1368~1644)にイタリアから伝わり、薬効があるとして上流社会で大流行した。その粉末状にした煙草を入れる容器が「鼻煙壺」である。

 恥ずかしながら、小生はその存在を今まで知らなかったが、友人に「米沢にコレクターがいて、泉町の美術館で展示している」と聞き及び、その「ガラス美術館 いずみ」を訪ねたが、応対の御婦人は「夫が他界したので閉館している」とのことだった。 しかし、是非拝見したいと懇願して見せて貰ったのが下の写真である。
 大きさは、高さ10㎝程の小型ながら、芸術性は非常に高く収集家の間では数千万円台で取引されるものもあるという。
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上杉鷹山に学ぶコロナ時代の生き方

kage

2021/03/18 (Thu)

上杉鷹山に学ぶコロナ時代の生き方

 未だ収まらぬコロナ禍に、国や自治体リーダーの在り方が問われている。過去に米沢も天然痘が猛威を振るったが、その時のリーダーである上杉鷹山の疫病対策について、磯田道史氏により週間文春(2021.01.7)に紹介されているので述べてみたい。

 磯田氏は「上杉鷹山に学ぶ非常時のリーダーの心得」と題し、次の九つの教訓を上げている。

教訓1.一番どこが困って悲惨か。洗い出しをやり救いこぼしのない対策をとる。
教訓2.情報提供が大切。具体的にマニュアル化した指示をおろす。
教訓3.最良の方法手段を取り寄せ、現場の支援にこそ予算をつける。
教訓4.専門家の意見を尊重し採用する。
教訓5.非常時には常時と違う人物・事業が必要。変化を恐れない。
教訓6.情報・予測に基づき計画し事前に行動する。
教訓7.リーダーは前提をチェックし、危うい前提の計画を進めないようにする。
教訓8.自分や自分に近い人間の都合を優先しない。
教訓9.仁愛を本にして分別し決断する。
【教訓1~9の内容や具体策は「週間文春」で詳しく解説】

 磯田氏は疫病対策として「歴史上、過去のリーダーで、まず参考になるのが、江戸時代きっての名君とされる米沢藩主の上杉鷹山であろう。」と前置きして教訓1~9を紹介し、それらは今般のコロナ禍にも当てはまると述べている。

 コロナ禍対策について、マスコミは東京都・神奈川・大阪等のリーダーの考えは取り上げるが、米沢のことなど歯牙にも掛けない。
 ところで、鷹山公は1822年に亡くなっているので今年は200回忌に当たる。そこで、米沢市のリーダーである中川市長は「上杉鷹山公に学ぶ米沢方式」と銘打った独自のコロナ禍対策を公表し、マスコミにアピールしてはどうかと思うが・・・・

 首長も議員も、市立病院建設に多額の出費を考える前に、人口が79,000人を切った本市が、このコロナ禍で何を為すべきか論議してもらいたいものだ。

山形県議会の副知事問題

kage

2021/03/11 (Thu)

山形県議会の副知事問題

 山形県知事は、1月に行われた選挙により吉村美栄子氏が当選したが、地方自治法第162条に「副知事及び助役は、普通地方公共団体の長が議会の同意を得てこれを選任する」と定められることから、知事は9日に若松副知事の続投を今議会に諮った。が、採決は賛成少数で否決されたことにより、本日3/11より副知事不在の事態を招いた。

 それでは副知事の職務とは何であろうか? 地方自治法では「副知事の職務は知事を補佐し、その補助機関たる職員の担任する事務を監督する」(wikipedeia)とあるように「知事を補佐する」を第一義と定義している。
 そこで吉村知事は「余人をもって代えがたい」と若松副知事の続投を議会に諮った訳だが、議会で26人を占める自民は「吉村知事が4選を果たした1月の知事選で複数の首長から市町村との連携不足を指摘する声が相次いだ」として、事務方トップの若松氏の続投は不適当と判断して反対したという。

 今議会の前には知事選があり、自民党と自治体首長の多くが支持を表明した大内候補は大敗し、吉村候補の圧勝に終わったが、自民党の若松副知事続投の反対理由はどうもこの事への腹いせとしか思えない。
 選挙戦では、吉村知事と若松副知事のコンビで行われた過去の行政に、多くの県民が納得して投票した。よって、吉村知事が今後の政策を実行するには若松副知事の協力の下に進めたい意思があり、「余人をもって代えがたい」と公言していることからもそれが伺える。

 とすれば、反対県議は「吉村行政を邪魔しよう」との意思表示で、民意とは乖離する。もし本当に「1月の知事選で複数の首長から市町村との連携不足が指摘された」ことが反対理由なら、副知事選任問題とは切り離して「知事と市町村首長が連携する方法論」を議会で発議すれば良いではないか。
 恐らく連携不足を指摘した首長とは、知事選で自民党が押した大内候補を支持した方々ではないだろうか。

 本会議で「新型コロナの状況を1日も早く乗り越えないといけないので、県民のためにお考えいただき同意してほしい」と述べた吉村知事に、今般の自民党・公明党議員の反対は、県民の利益になるとは思えない。







コロナワクチンで生じた、一寸した疑問

kage

2021/03/05 (Fri)

コロナワクチンで生じた、一寸した疑問

 3/1厚生労働省は、保管用の冷凍庫が故障して、新型コロナウイルスのワクチンが最大で1000回分余りが使用できなくなったことを明らかにしたが、その後調査の結果、故障ではなく電力不足が原因と発表した。電源を別の機器と共有したために電力が足りなくなったという。

 ここで疑問が生じるのだが。
 一般家庭では過大電流が流れると即座にブレーカがトリップして電源を遮断し、その回路に接続されている電化製品は皆止まってしまう。よって保管用の冷凍庫に電源を入れた途端に、他の電化製品もろとも電源が落ち、機能が停止するから気がつかない訳がない。
 それでは「電源を別の機器と共有したために電力が足りなくなった」という説明はどうだろうか? この場合、ブレーカの容量は100Aと十分だが、10Aのコンセントにタコ足配線で合計20Aの電化製品を接続して同時使用した場合が想定される。 
 小生の経験では、このような使い方をするとコンセントが発熱して煙を上げるか、絶縁部が燃えてショートを来し、やはりブレーカトリップが発生する。

 小生は主にパソコンの販売を生業としているが、パソコンでもサーバーに接続して社内ネットワークを構築する場合には、必ず、万が一に備えて予備電源装置をプラスするが、その点、保管用冷凍庫の納入業者と医療関係者には関心がなかったのだろうか?

 マスコミは、保管用の冷凍庫が正常に作動しない為に新型コロナウイルスのワクチンが駄目になったと報じ、その原因については厚労省発表の「電力不足が原因」として、それ以上どこも報じないのはどうしてだろうか?
 メーカー・厚労省・医療関係者の何れかに、本当の原因が明らかになると不都合が生じるので闇に葬る力が働いたと勘ぐりたくなる事案だった。

衆議院選

kage

2021/02/22 (Mon)

衆議院選

 世はコロナ禍騒ぎで余り話題に取り上げられないが、今年10月21日に衆議院議員の任期が満了となる。現行憲法下で任期を終えたのは三木武夫内閣だった1976年のみの1回しかない。
任期満了前に選挙が行われる訳だから、残すところ半年ぐらいしかないこの時期は、議員にとって選挙対策に躍起となっている時期であろうが、その前にコロナ禍問題やオリンピック・パラリンピック開催問題があり、選挙に現(うつつ)を抜かしていると国民から非難を浴びることは必至であろうと、議員はもどかしい思いでいるのではなかろうか。

 我が選挙区の衆議院選では長年、鈴木憲和氏と近藤洋介氏が張り合ってきたが、近藤氏が米沢市長選に鞍替えしたことから、鈴木憲和氏の対抗馬は居るのかと注目していたが昨年11月に加藤健一氏が立候補を表明した。

 加藤氏は1980年南陽市(吉野)の生まれの41歳。21歳の時、難病である筋ジストロフィーに冒され、41歳の現在はフル車椅子生活を余儀なくされているが、活発にボランティア活動や起業活動を行い、メディアにも数度となく取り上げられている。
 
 地方の要望を国に陳情するには大方国会議員を介して行われるが、大物国会議員のいない選挙区では地元議員の数は多いほど有利と考えられる。鈴木議員1人の今と、比例ではあるが近藤議員の2名の時では、2名の時の方が国への訴えが強かっただろう。

 加藤氏の選挙戦は、国民民主党に属して舟山康江氏の応援となろうが、政治家としての実績はないことから、小選挙区で鈴木氏に勝つことは極めて難しく、せめても比例代表として当選をと願うものだが、衆議院議席465の内7議席(2%)の国民民主党ではそれも難しい。

 しかし、身体的ハンデを持ちながら、厳しい選挙戦にチャレンジする加藤氏にはエールを送りたい。

旧大沼米沢店跡地

kage

2021/01/29 (Fri)

旧大沼米沢店跡地

 旧大沼米沢店は寒河江市の井上工業(解体業)の親会社ティ・エムホールディングスが土地と建物を取得し、解体後跡地にドラッグストアとスポーツジムの店舗が整備されることが報道された。解体工事は今年5月に着手し、来年11月頃に2店舗がオープンする見込みという。

 大沼米沢店は米沢の中心市街地に位置し、かつては近隣商店街と共に大変な賑わいを見せていたが、郊外に大型店舗が開店する時勢の流れに賑わいは失せ、ここ数年はすっかり寂れてしまった。
 安部三十郎元市長は「中心市街地の活性化」を唱えて、多くの市民の反対を押し切ってまちなかに図書館を建設したが、功を奏せず大沼米沢店は閉店に追い込まれた。

 安部市長から中川勝市長に代わり、議会で今後の中心市街地の方向性を質されたとき「開発は民間活力で」と回答してその無策ぶりを露呈した。今般の旧大沼米沢店跡地利用は中川市長の言う「開発は民間活力で」を地で行くものであるが手放しでは喜べない。

と言うのは、
 大沼店舗が放置されお化け屋敷と化することは、今般の民間活力の店舗建設で回避されて大変結構なことだが、中川施政の政策である「コンパクトなまちづくり」と、安部施政から継続の「中心市街地活性化」にどう取り組むのかが見えてこない。

 大沼米沢店の解体に本市は約1,200万円の補助を行うが、その根拠は「お化け屋敷化しない」為か、それとも「中心市街地活性化に貢献する新規事業である」からなのか?、

 他の自治体から本市を視察に来ると必ずと言って良いほど「中心市街地はどうなっていますか?」とその地を訪れる。そのとき、現状のシャッター通りでは余りにも恥ずかしい限りだ。

 行政は、今般の大沼米沢店跡地にドラッグストアとスポーツジムの店舗が建設されるのを好機と捉え、NCVが取得したポポロ跡地と併せて中心市街地活性化を再考すべきと考える。「民間活力で勝手にやってくれ」では余りにも無責任な話だ。


山形県知事選

kage

2021/01/25 (Mon)

山形県知事選
 
 昨日投票の山形県知事選は、大内候補の「変わろう・変えよう」のスローガンと与党の後押しで、どこまで票が伸びるだろうかと興味を持ってテレビ放送の発表を見ていたが、あっけなく当確が出て吉村候補の圧勝に終わり、自治体首長の多くが与党に与した大内候補を支持した効果は余りなかったようである。

 そこで目に付くのが東根土田市長だ。氏は自民党系議員としての経歴から大内候補支持と思われたが、今回の選挙戦では中立の立場を表明した。小生はこの事象にNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の細川藤孝(真島秀和)を思い浮かべた。
 細川藤孝は明智光秀とは盟友の仲であり姻戚関係でもある。よって本能寺の変の後は明智光秀と手を結び、天下取りに行動を共にすると思われたが、案にはからんや、信長の死に殉じて剃髪して家督を嫡男忠興に譲り、その後も豊臣秀吉、徳川家康に仕えて重用され、近世大名肥後細川家の礎を作った。
 このように、行く先の情勢を分析し、私情やしがらみにとらわれず、誰と与すれば良いかを考え行動した細川藤孝の生き様に、今般の東根土田市長の行動を重ねて思った。

 知事選に限らず、選挙戦で候補者は「○○・△△をやります」と聞き心地の良いスローガンを掲げるが、実行するには約100%金の掛かるのが現実であるので「税の減収や国の交付金が減る御時世に、公約を果たすにはこれまでの予算から何を削るのだろうか?」との 疑問が湧く。しかし予算の減額を説明する候補者の弁を聞いたことはない。
 
 本市に於いても「新市庁舎の建設費」と「新市立病院建設費・三友堂病院との連携病院建設費」の返済が始まった場合には、これまでの予算から減額されるのは何かが気になるところであるが、これまでこの件について市議団の議会質問は見られない。
 予算の編成は行政側が作成するが、議会で承認を得なければ予算執行出来ないので、議会に諮られた予算については「本当に市民の為になるか」を議論して貰いたい。
 おそらく3月定例会に計上されるであろう「新市立病院建設費・三友堂病院との連携病院建設費」の予算に、議員団はどのように対応するか刮目したい。 

ある御婦人からの電話

kage

2021/01/18 (Mon)

ある御婦人からの電話

 電話の主は昨年米寿を迎えられた方で、同じような年代の人が数人で会合をしているとき、話題になったのが寿詞という賞状のことだったという

 米沢市は米寿(88歳)を迎えられた市民に、市長名で「寿詞」と表した賞状を立派な額に入れて配することになっているが(副賞は何もない)、それを貰った人は誰一人として感謝の念などなく「こんな物を貰っても飾る場所もないし、飾ろうとも思わない。処分するにも厄介なので米沢牛の引換券か商品券を貰いたい」「そうだ」「そうだ」と話題が盛り上がり、当会に「役所に言ってくれ」と電話したとのこと。

 市が長寿を寿ぐことは大変結構なことだが、その行為が市民に喜ばれずに「役所は何を考えているんだ」と苦言を頂戴しては本末転倒、担当職員は市民の声を収集して改善すべしと進言する。

 寿詞に限らず、市が行う表彰制度には首を傾げるものが多く、市会議員が長期に亘り議会に貢献したという理由での表彰など最たるものと思っている。
 表彰するのであれば、功績・実績に対して行うべきで、長期の在任期間などではない。また、永年会長や理事長などの役職を勤めたことでの表彰もあるが、この場合、むしろ高齢の長が若い人の意見を取り入れず、長期の在任から我を押し通して組織が硬直化している弊害も多々見受けられる。 

 本市の議員は何を為すべきかは「米沢市議会基本条例」に定められているので、各議員が表彰に値する功績・実績があるかを、次回検証してみたい。

知事選

kage

2021/01/12 (Tue)

知事選

 今月24日に行われる山形県知事選挙に、現職の吉村美栄子氏と元県議の大内理加氏が立候補した。知事選で女性同士による一騎打ちは全国初とのことで、リーフレットには出産・子育てにウェートを置く記述が目に付く。
 折しも、県は若年女性の転出超過率が全国ワースト4位であることに危機感を抱き「若年女性県内就職・定着促進協議会」を立ち上げ、21年度には「オンライン女子会」を開催するという。

 当県の人口は20年12月1日現在106万人だが、この10年間に10万人が減少した。その中で女性の進学・就職に伴う県外流出が顕著なことから、県は「若年女性県内就職・定着促進協議会」を設けたというが、女性の進学とは大学に進むことと思うし、県外就職の原因は賃金によるところと、都会への憧れが大きく作用していると思う。

 そこで両知事候補に期待したいのは、①米沢に2つある女子大学「山形県立米沢女子短期大学」と「山形県立米沢栄養大学」の拡充により、女性の県内進学率を高める。②コロナ禍による働き方改革が関心を集める今、それを逆手に取った具体的な県内居住者を増やす策を示す。③工業出荷額を増やす具体策。などだが、特に③工業出荷額を増やす効果は絶大だ。

 今から40年程前、東根地区を営業で度々訪れていた。その頃の大森工業団地には創業する会社もまばらであったが、その後の行政による企業誘致が功を奏し、特に土田正剛氏が市長になると、工業出荷額は米沢市を抜いて県内一となった。それに伴い人口減少に歯止めが掛かった。
 このように工業分野は裾野が広いだけに、それが振興することによる効果は絶大で、農業出荷額を1割伸ばすのと工業出荷額を1割伸ばすのでは後者の効果は約10倍に及ぶ。
 吉村候補のつや姫や雪若丸をメジャーに押し上げた功績は評価するが、工業振興については心許なく、大内候補に対しても同感である。

女性同士による知事選の一騎打ちは全国初とはいえ、市井の関心は低いのではないか、それは具体的な政策論争が低調なるが故と思っている。