2017 03 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30. »  2017 05

紺地日の丸

kage

2017/04/28 (Fri)

紺地日の丸
キャプチャ
 NHKの大河ドラマ「天地人」が放映されたとき「紺地日の丸」が市中に掲げられたが、この所お見受けしない。
 この旗は、市と商工会議所で制作したとのことなので、「5/3の上杉行列で使用したい」旨を市に問い合わせると「上杉御廟所の承諾を得てくれ」とのことであった。
 早速御廟所を訪ねてその旨を告げると『紺地日の丸は「天賜(てんし)の御旗」「日の御旗」と呼ばれ、上杉謙信の父・長尾為景(ながおためかげ)が朝廷から賜り、謙信公は深く信仰する毘沙門天と共に毘沙門堂に安置されていた御旗である。
 このように上杉家にとっては由緒ある重要な紺地日の丸を無断で使用したこと、扱いが雑であったことに上杉邦憲様は心よしとされない』との説明であった。

 では、この「紺地日の丸」を無断で使用した場合に法的に如何なる裁きを受けるかと言えば、「商標登録無し」と言うことで何の咎も受けない。が、現在でも上杉の城下町としての恩恵を受ける米沢市の一市民として、17代当主に無断で使用する気にはなれず、5/3の使用は控えることにした。

 ところで、皇室の「菊の御紋」の場合であるが、数年前に日光を訪れた際に「菊の御紋」をあしらったお土産品が数点有ることから宮内庁に問い合わせると、『「商標登録無し」と言うことで制限はしていない』とのことであった。
  
 旗と言えば「戊辰の役」の「錦の御旗」が思い浮かぶが、これは朝廷を利用して政権奪取を目論んだ長州勢の岩倉具視が無断で掲げた御旗とされている。(原田伊織著・明治維新という過ち)
 徳川勢は「錦の御旗」=朝廷に逆らうとの思いから戦意喪失して薩長に破れたとも言われる如く、日本国民は御旗へは特別の感情があることから、「紺地日の丸」の扱いについては、市を挙げてもう一度上杉17代当主としっかり話し合いをして、米沢市ピーアールでの使用許可を戴くべきではないかと思っている。

今年度開通に期待!!

kage

2017/04/25 (Tue)

今年度開通に期待!!

 米沢~福島間の「東北中央自動車道」が今年度開通予定で工事が進められているが、現在の万世大路(国道13号線)を福島方面に向かうと、福島県側の高い架橋が気になっていた。開通すれば、この橋を歩くことが出来なくなるので、是非開通前に見学したいと思っていたが、過日その願いが叶えられて訪れた。

 すこぶる高い橋の名称は「中野大橋」と言い、橋脚は何と約80mも有って、そこからの景観は下の写真の如く素晴らしいものであった。
IMG_0685.jpg  IMG_0677.jpg

 米沢~福島間の「東北中央自動車道」と言えば、延長約9kmの栗子トンネル仮称)があり、無料道路では全国最長の道路トンネルで、有料道路も含め全国で5番目(東北で1番)に長い道路トンネルとなる。
 当該区間が供用すると、所要時間が大幅に短縮されるだけでなく、冬期のスタック車による通行障害や豪雨等による通行止めを回避することができるなど、観光や物流等地域経済の各方面に大きな効果が期待できる。
 今般、この栗子トンネルが3月に貫通したことにより、福島県側の入り口付近だけだが、こちらも見学させてもらった。
 係官の説明を拝聴し、近代技術と設備に感服し、特に継目なしのコンクリート舗装の話には興味を持った。開通時期を質問すると「今年度中」との答えであったが「是非降雪前に」との願いを抱いた視察であった。
IMG_0657.jpg  IMG_0659.jpg


春は花

kage

2017/04/24 (Mon)

春は花

 我が国で花と言えば桜を指し、桜に対する日本人の思い入れには強いものがある。小生もその一人で、この時期桜の名所と称される場所に出かけて鑑賞しているが、昨日4/23は喜多方の「日中線自転車歩行車道しだれ桜並木」に行ってみた。
 この桜道は昭和59年に廃線となった旧日中線跡に、約3㎞にわたり約1,000本のしだれ桜を植えたのが今日日有名となり、多くの観光客を呼ぶようになったのであるが、まだ満開には数日早いと言うのに、日曜日の好天とあって大変な観桜者で賑わい、多くの「インバウンド」が目に付いた。

 観光とは、大方はある構想を持って計画し、何年か後に花開くもので、桜は植えてから30~50年後に見頃となる。松岬公園の桜も今が見頃だが、老木が目立ち、若木の植樹も考える時期にあると思う。
 その点、舘山公園の桜は今が盛年期と思えるが、昨年・一昨年と花が付かず、心配されたが、今年はつぼみが見られるので、期待したい。
 舘山公園の桜は、松岬公園の桜が散った後に満開となるので、2カ所を米沢市の「桜名所」として宣伝し、観光に利用したいものだ。
喜多方桜

花と観光

kage

2017/04/19 (Wed)

花と観光

 公園の桜も咲き始め、春爛漫の季節を迎えようとしている米沢だが、一足早い福島の花を観賞と「花見山公園」を訪れた。【ワンクリックで写真拡大】
花見山1 花見山2 花見山3 花見山4

 この「花見山公園」を初めて訪れたのは三十数年も前だが、その頃は今ほど有名では無かったので駐車も楽であったが、その後年々来訪者数を延ばし、今の季節は平日と言えども大変な賑わいを呈する名所となった。

 花見山が全国的に有名になったのは、写真家「秋山庄太郎」氏の作品によるところ大である。
 氏は米沢市(松が岬)に別荘を持ち、福島市以上に関わりが深かった訳だが、当時、本市のお歴々はそのお力を観光に結びつける才には恵まれなかったようで、せっかく市に寄付された別荘は取り壊され、更地となったその場所は何十年経った今でも空き地のままだ。
 
 各地方自治体はどこも少子高齢化による人口減少に頭を悩ませ、観光による外資導入に努力しているが、本市の観光行政は呆れかえるほど無策である。
 小生が公募に応じて観光振興策を提言すれば「誤字・脱字が多い」との理由で撥ねられ、採用された振興策の情報公開を求めれば「提言者の利益を害する恐れから、非公開」と公募の本旨に逆らう観光課である。

 成澤和音市会議員に至っては、「上杉神社の参拝客から駐車料を頂こう」と自ら誘客の努力を惜しみ、安直にお賽銭の上前を撥ねようとする浅ましさである。
 観光は産業との意識で観光行政に真剣に力を入れてもらいたいものだ。

アンサーソング

kage

2017/04/17 (Mon)

アンサーソング

 アンサーソングとは、「既に存在する歌に対する返答として作られた歌のこと。返歌。」とある。(Wikipedia)
夜ノ森1

 東日本大震災の被災地・被災者の復興を応援するために制作されたチャリティーソング「花は咲く」は多くの芸能人に歌われ、高い評価を得ているが、被災地・被災者を思うときの違和感から、長井市のフォークソンググループ「影法師」は「花は咲けども」を作詞作曲した。これがアンサーソングだがご存じだろうか?

 原子力災害により放射線の年間積算線量が50ミリシーベルトを超え、5年間を経過しても年間積算線量が20ミリシーベルトを下回らないおそれのある地域を帰還困難区域に指定しているが、5年以上の長期にわたって居住が制限されている区域に富岡町(東京電力福島第二原子力発電所所在地)がある。

 富岡町の夜ノ森公園桜並木は素晴らしいが、帰還困難区域に指定されている為、5年間立ち入り禁止で「花は咲けども」訪れる人も無く、うらめし、くやしと花は散っていた。
 しかし、今年解放されたので早速その地を訪れてみた。桜並木はちょうど見頃で、華麗・絢爛なアーケードに見とれたが、それとは対照的に、周りの住宅は江戸時代の刑罰、閉門蟄居の如く入り口が閉ざされ、空き家となっており、5年経てども「もぬけの殻の寂しい町」であった。

 実際に富岡町の夜ノ森を訪れ、「花は咲けども」の歌詞に共感したので、当ブログ訪問諸兄にも知らせたく、歌詞を以下に掲載する。

◆花は咲けども

【作詞】あおきふみお
【作曲】横澤芳一

原子の灰が 降った町にも
変わらぬように 春は訪れ
もぬけの殻の 寂しい町で
それでも草木は 花を咲かせる
花は咲けども 花は咲けども
春を喜ぶ 人はなし
毒を吐きだす 土の上
うらめし、くやしと 花は散る

異郷に追われた人のことなど
知ったことかと浮かれる東京
己の電気が 招いた悲惨に
痛める胸さえ 持ち合わせぬか
花は咲けども 花は咲けども
春を喜ぶ 人はなし
毒を吐きだす 土の上
うらめし、くやしと 花は散る

1年 3年 5年 10年
消えない毒に 人は戻れず
ふるさとの花 恋焦がれて
異郷で果てる 日を待つのか
花は咲けども 花は咲けども
春を喜ぶ 人はなし
毒を吐きだす 土の上
うらめし、くやしと 花は散る

花は咲けども 花は咲けども
春を喜ぶ 人はなし
毒を吐きだす 土の上
うらめし、くやしと 花は散る

頓珍漢!

kage

2017/04/12 (Wed)

頓珍漢!!

 頓珍漢(とんちんかん)とは、「言ったりしたりする事が的はずれで、ちぐはぐなこと。そういう人」の意味だが、海老名悟議長と島軒純一元議長は、正に頓珍漢の代表格だ。

 過日、「議員報酬と定員削減」の陳情を行った際に、小生が説明している最中、島軒純一座長は「陳情内容に関係無い」との理由で説明を制止したのに対し、①関係ある陳述を制止した根拠を質す、②説明に使用した資料の扱いを説明しなかったのは何故か。と島軒座長宛に質問状を出したが、海老名悟議長より次の内容の返事が返ってきた。
①の質問について、
 委員会に招集された参考人は、参考人として意見を求められた範囲内を超えての発言はできないとされており(会議規則第8 1条)、その範囲を超えた発言と判断し、制止をしたものであります。
②の質問について、
 委員長が質疑の終結を宣告し、退席を求めたのちの資料等提出の申し出であり、委員会審査上採用しなかったものであります。

 そこで小生は更に次の質問状を郵送したが、どんな返事が返ってくるか、訪問者諸兄も刮目して頂きたい。

議会運営委員会
 島軒 純一 委員長 様

質問状(再)

 拝復 貴職宛3月16日付の質問状に対し、4月5日付海老名悟米沢市議会議長名で回答を戴きましたが、貴職からの回答に非ずしてか質問内容には答えて戴けませんでした。
 そこで改めて議会運営委員会島軒純一委員長様に質問いたしますので、貴職による、書面での回答をお願い申し上げます。           拝具

問1 前回の問1は、米沢市議会議員定数・報酬検討委員会の答申書の記載部分にある「山形大学人文学部教授の是川晴彦氏からの助言」のくだりを取り上げ、権威主義として不当性の有ることや、このような手法を用いて現在の「議員報酬と定数」の正当性を主張する事の理不尽に対する説明陳述の最中に、「その範囲を超えている」との判断を下したのは、「どの部分が範囲を超えているのか」と質したもので、発言を制止出来る規則の条項を質問した訳ではありません。
 改めて会議規則第81条が定める「私の陳述の超えている範囲と、超えていると判断する基準」を回答願います。

問2 会議規則81条とは「米沢市議会会議規則」の81条と解してよろしいか。

問3 前回の問2は、座長が退席を求めた後に、資料の扱いについて尋ねても何の教示も無かったことを質したもので、資料採用の可否ではありません。
 改めて資料の扱いについて「教示しなかった理由」を回答願います。

問4 質疑終結後の資料提出は採用しないとの解釈のようですが、裁判の陳述を例に取れば、当日の追加資料も含めて審査の対象となります。
 委員会は、「質疑終結後の資料提出は採用しない」とする根拠を回答願います。

問5 私は、米沢市議会運営委員会へ出席し、座長である島軒純一市議により受けた措置に付いて質問を行ったもので、海老名悟議長に当委員会のあり方を尋ねたのではありません。
 よって、措置を下した裁量権者の島軒純一市議が責任を持って回答すべきと思いますが、当事者に代わって海老名悟議長が回答したのには、どのような根拠によるものか伺います。

補足1 4月5日付回答は海老名悟議長名になっていますが、議会運営委員会島軒純一委員長からの回答と捉えて再質問を行いました。問2に付いては貴職の判断か、海老名悟議長の判断か、明確にして回答をお願いします。

補足2 法や規則の条項を適用し、人の行為を制したり束縛するのであれば、その行為を特定する事、及び、特定した行為が法や規則のどの条項に抵触するかを明確にする必要があります。
 問1に例えれば、会議規則第81条の条項に鑑み「範囲を超えている」のはどの部分(内容・行為)か、特定して明示しなければなりません。
以上

蛇足 今般の島軒純一座長の「公述人の発言を制する」との措置を裁判所の判決文に例えると以下のようになります。

◆主 文
  公述人の発言を制する。
◆理 由
  陳述内容が陳情書の内容範囲を超えている。
◆法令の適用
  会議規則第81条
◆本件事案の概要
  公述人がどのような陳述を行ったか。
◆裁量権者の判断
  公述人の陳述で、どの部分が陳情書の内容範囲を超えているか。

 私が貴職に質問を行ったのは、「公述人陳述のどの部分が陳情書の内容範囲を超えているか」です。
 貴職は議員の職責として米沢市議会基本条例を遵守し、市民の質問には真摯に答えるべきと思います。

札の辻のこと

kage

2017/04/09 (Sun)

札の辻のこと

 札の辻は、江戸時代には、米沢城大手門につながる重要な十字路であり、人が行き交う目立つ場所であったため、幕府や藩の法令を掲げた高札場が設けられ、「札の辻」と称されました。高札場は、切支丹禁令や、藩や親に対する「忠孝」を命ずる数枚の高札が掲示され、幕府や藩の権威を示す偉容を誇った所とされています。 又、ここを基点に板谷宿まで五里十五町と里程(距離)が定められ、「一里塚」も築かれました。

 市は「まちおこし」「まちなか回遊観光」の一環としてナセBAと共に、この地に「札の辻跡」を建設した。
 ところが、昨年この場所に大門警察官派出所が移転される事を耳にした小生は、「約300万円を投入した設備だが、市の対応は?」と観光課に質すと、「地主と県で決めた話」「市としてはどうしようも無い」と、意に介す様子が無い。

 そこで、米沢警察署に電話すると「本署の管轄です」とのことなので、山形に電話して「設備の一部保存」を願うと「考えます」との署員の返答であった。 しかし、心許ないので木村忠三県議にそのことを伝えたところ「何らかの形で協力する」との署長の話だったという。

 最近、大門交番署は札の辻跡に移転した。下写真の左側が以前の「札の辻跡」で、右が現在の状態だが、「札の辻跡」は期待したものとは大分小さくがっかりした。
 県も気を遣っての事とは思うが、何よりも観光課職員のやる気の無さには腹が立つ。魚民の例を持ち出さずとも、賃貸契約者が借地借家にお金を掛けた場合にはそれなりの権利が発生する訳であるから、観光課が県と交渉し、もう少し観光に寄与する史跡の保存を考えるべきであったろう。
 新道の駅の完成で、観光客の増加を謳う観光課だが、このような態度では推して知るべしである。
大町交番今と昔

やまがた百名山

kage

2017/04/07 (Fri)

やまがた百名山

 山の日(8/11)が祝日に制定されたことを契機に、県内の山岳・観光関係者で構成する「やまがた百名山選定委員会」で「やまがた百名山」が選定され、過日公表された。
 米沢市が指定を受けた山は、一次選考の50名山で「斜平山」「西吾妻山」の二山だったが、二次選考の50名山で「東大巓」「家形山」「兜山」に加え、高畠町と重なるが「駒ケ岳」「豪士山」「一念峰」が加えられた。

 県は、「やまがた百名山」選定の目的を、『県民の皆様が主体となって「やまがた百名山」を選定することにより、地域の宝である山に光を当て、健康増進とともに、山の魅力を認識し愛着を高め、その魅力を発信し、山岳観光の振興につなげていくことを目的としています』と謳っている。
 小生も山岳観光の振興には大変興味があり、中川市長・観光課に「斜平山」の有効利用を進言したが音沙汰無しなので、これを契機に真剣に取り組んでもらいたいと思っている。

 斜平山の峰続きは、北から伊達政宗公が舘山城を築城しようとした御成山(発電所跡というのは文化課の捏造)・舘山公園・帝人発祥の地の碑・木村武雄氏が敬拝してやまなかった石原莞爾の碑・愛宕山(鷹山公雨乞い)・芸能神社・伊達政宗公の忠臣片倉小十郎の里・カタクリの里・大森山公園・笹野観音・一刀彫の里と続き、更に南へは三十三観音・繰り返し不動・西向き沼・支倉常長生誕の地と続き、小野川温泉・白布温泉への道となる。峰を渡るハイキングも良し、遠山街道を車で訪ねるも良し、山岳観光の振興への貢献度は大なるものがある。

 又、百名山に選ばれた「兜山」は、直江兼続がこの山に登り米沢の町づくりを計画したとの伝承があり、整備されれば気楽に登れる山として、市民の健康増進に寄与するのではないか。
 この山が選定されるにあたり、元市職員の「玄蕃氏」が推薦状を送っていることも功を奏しているのかもしれない。それに引き換え現職職員のやる気の無さは目に余る。
 本市の観光振興策を提言しようものなら、「誤字脱字が多い」との理由で採用されず、採用された振興策の情報公開を求めれば、「応募者の利益を侵害する恐れがある」との理由で公開を阻む無節操ぶりの観光課に呆れかえる。個人の利益を主張する案を採用するなどもっての外ではないか。

 しかし、この度は観光課長が代わったので、新道の駅だけが観光客を呼ぶと思うのは軽々であるとの思いで、新課長との面談を希望している。
 

今村復興相と島軒元議長

kage

2017/04/06 (Thu)

今村復興相と島軒元議長

 福島第1原発事故の避難住民に関する今村復興相の会見態度に非難が集まっているが、人間誰しも権力の座や地位を得ると、他人を見下したり、タカピーな態度を取りたがるものだ。

 今村相はさておき島軒純一市議だが、彼は二期目にして議長職に就くという異例のスピードでその座を得ると、それ以来どうも人格が変わったような気がする。
 何処の議会も議長は名誉職の感があり、三~四期目の議員がその職に就く場合が多いが、二期目市議の議長は希有なケースではなかろうか。
 議長様ともなると公用車のお迎えが来るし、色々な会合に来賓として招かれる機会が多く、それなりの待遇を受けると「俺は偉いのだ」との感覚が自然と備わるのだろう。
 
 小生は「議員報酬と定数削減」の陳情を行った。議会基本条例に「陳情提出者の意見を聴く機会を設ける」とあることから、その機会が与えられた場で意見を述べている時、座長を務めた島軒純一市議に「陳情と関係ない」として陳述を制止された。
 「陳情内容に関連あり」と訴えた小生だが、島軒座長の居丈高な態度に「随分お偉くなられたもんだ」と恐れをなして発言を止めてしまった。しかし、後日島軒座長の態度に納得いかないので以下の質問状を送ったが、お偉い方であるから返事は貰えそうもない。
 
 米沢市議会基本条例第3条(2)には「市政全般に関する課題について、市民の意見、要望を的確に把握すること」とあるが、彼にはコンプライアンス(法令遵守)の精神は備わっていないようだ。

【以下島軒純一市議へ送った質問状】

2017/03/16
議会運営委員会
 島軒 純一 委員長 様

質 問 状

 冠省 平成29年2月20日付にて米沢市議会議長宛に「議員報酬と定数削減」を内容とする陳情書を提出したところ、米沢市議会基本条例第5条-4に則り、去る3月3日に貴職座長の議会運営委員会が開催され、私は代表して陳情に対する説明陳述を行いました。

 陳情書の「陳情の要旨」には、既に米沢市議会議長宛に提出された「米沢市議会議員定数・報酬検討委員会」の答申書内容に対し、市民として納得できない旨を記述しており、私の説明陳述は答申書の内容に及ぶことは当然の行為であります。
 ところが、答申書内容の不当性を説明している私に、貴職は「陳述書の内容と関係ない」として発言を強く制しました。
 又、私は説明に使用した資料の扱いに付いて尋ねましたが答えて貰えませんでした。

 以上の事象に付き、以下の質問に対する回答を書面で求めます。  草々




問1 私は、陳情の要旨で「米沢市議会議員定数・報酬検討委員会」の答申書内容が理不尽である旨を延べ、何故理不尽であるかを説明すべく、答申書に記載される「山形大学人文学部教授の是川晴彦氏からの助言」のくだりを取り上げ、権威主義として不当性の有ることや、このような手法を用いる事の理不尽を説明陳述しました。その陳述の途中で貴職は「陳情書の内容と関係ない」として私の陳述を強く制しました。
 私の陳述は陳情書の内容に沿った発言であることは明らかですので「陳情書の内容と関係ない」として私の陳述を強く制した貴職の行為は、「米沢市議会基本条例の第3条(2)・・・市民の意見、要望を的確に把握すること。」の条文とは大きく乖離すると考えますが、私の陳述を制したのは何を根拠とし、何を意図するものですか。

問2 私は説明の課程で、ナセBA建設に関わる疑義の資料や、陳情に対する多くの市民署名簿等を提示しました。陳述終了後、その資料の追加提出の可否を貴職に質しましたが、強く退席を指示するだけで、何の教示もありませんでした。
 資料は、ナセBAの工事遅延に対する当局説明の虚偽を突き、議会のチェック機能が働かないことを示すものですから、議会基本条例の前文にある「調査権」を行使して、同前文の「市民に説明責任を果たす」と定める議員の職責を全うすべきに資するものと考えます。
 又、署名簿は議長宛の答申書の内容に対して、「納得がいかない」とする市民より「署名運動を起こそう」と自発的に行われたもので、議会基本条例の第3条(2)の「市民の意見、要望」の文言に値するものです。
 それらの資料を追加提出する可否について尋ねる私に答えなかった貴職の行為は何を根拠とし、何を意図するものですか。

問3 私の陳述が終わり議員間討議に入りました。議会基本条例の第3条(1)には「議会は言論の場・・・議員間の自由な討議を尊重する・・・」とあるように、陳情審査に当たっては闊達なる議員の発言を促すのが座長としての職責と考えますが、小生の意見陳述に対する議員の質問・意見が殆ど無い状態にありながら、貴職はそそくさと出席議員の「決」を求めました。
 このような陳情の中身に触れない審査では、傍聴した市民から「あれが陳情の審査会か」と会の持ち方に疑問を呈する言動が有ったように、市民の権利である陳情は形骸化され、議会基本条例に定める「・・市民参加・・」「・・市民本位・・」「・・開かれた議会・・」「・・説明責任を果たす・・」「・・市民の意見、要望を的確に把握する・・」等の文言からは大きく乖離する座長としての所作と考えますが、今回の審査会に対して、貴職は条文との整合性をどのように理解しているか説明を願います。

以上

準備書面②

kage

2017/04/05 (Wed)

準備書面②

 人は生きてる間に色々な契約を結び、契約を破れば相手方に違約金を払うのが常識だが、その常識が通らないのが米沢市役所と米沢市議会だ。

 米沢市と金子・白井・網代JVは、平成27年3月に完成する約束で、ナセBA工事の契約を交わした。
 その後、契約に無い「浄化槽撤去工事」が発生したため、ナセBAの完成を平成27年12月に変更して契約し、米沢市は工事が伸びた分の保証として、撤去工事代金とは別に、3,700万円を支払った。
 ここまでは市民感覚として納得できるが、次は理解できない。

 準備書面①で述べたが、1.5ヶ月で完成するはずの一階工事が、5.5ヶ月を要して3ヶ月の工期遅れを出したのは、受注者JVの責任であるから、発注者の米沢市はJVに違約金を求めるべきところ、逆に3,000万円を支払った。この行為に疑義を感じた小生は、議員団に質問した。

 産業建設常任委員会の堤郁夫委員長に「何故3,000万円の追加予算を認めたのか?」と糾すと、「法に定められている」というので「それは何法の何条か?」と質問して1年以上経ったが、催促しても音沙汰無しだ。

 議会広報広聴委員会の中村圭介委員長は「契約約款23条に定められているが、定めがないので米沢市とJVとの談合で決めた」と書面で返答したので「定めがあるが、定めがないとはどういう意味か?」と質問して、これ又1年以上経ったが、催促しても音沙汰無しだ。

 島軒純一一新会会長に面談を求めても「合う気は無い」と言うし、海老名悟議長に面談を求めると「建設的で無い意見の為会わない」と公文書で答えたので「何処が建設的で無いのか?」と糾すと「建設的で無いとは言っていない」と訳の分からない返答を公文書で返してくる。

 成澤和音市議は「他の自治体も豪雪を理由に割増金を支払ったから良いのだ」と言うから「他が割増金を支払えば、米沢市も支払って良いとする根拠は何か?」と質問したが、これも1年以上経ったが、催促しても音沙汰無しだ。
 
 公金支出とは市民の税金を払うわけであるから、しっかりした根拠が無ければならず、ナセBAの場合に米沢市が割増金を支払う場合は、米沢市建設工事請負契約約款第23条3項に「発注者は、前項に規定する工期の延長が発注者の責めに帰すべき事由による場合においては、請負代金額について必要と認められる変更を行い、又は受注者に損害を及ぼしたときは必要な費用を負担しなければならない。」と、米沢市に責任がある場合に支払うと明記しているので、議会は「豪雪」・「職人不足」が米沢市の責任であるか否かを審議すべきだが、前述の如く、全く頼りにならない議員団だ。
 
 「豪雪」も「職人不足」も米沢市の責任でないことは明らかであるとして、準備書面で述べ裁判を行っているが、裁判官も社会常識とズレているから、どうなるものか?  

準備書面①

kage

2017/04/04 (Tue)

準備書面①

 準備書面をご存じだろうか。それは、民事訴訟において自らの申立てや、相手方の答弁に対する反論等を記載した書面のことだが、ここ数日は準備書面を仕上げるのに没頭していた。

 小生等は安部元市長はじめ、現職職員に対して約3,000万円の損害賠償請求事件の裁判中だが、民事裁判は先ず原告側(訴える側)が「訴状」を裁判所に提出して始まり、次に被告側が「答弁書」をもって反論した後は、「準備書面」をもってお互いの主張を交わす裁判が続けられる。

 4/11に裁判(山形地方裁判所)が開かれ、今回は当方が「準備書面」で意見を述べる番で、書類は一週間前に裁判所宛に送っている。
 4/11の裁判は、原告(当方)と被告(米沢市の代理人である弁護士)が向かい合って座るが、テレビドラマでよく観る弁護士と検察の丁々発止のようなやり取りは一切行わず、裁判長は先に送っていた準備書面に対して「このように陳述しますか」と当方に質すだけで終わり、3分も掛からないのが民事裁判なのだ。
 裁判はこのようなものだから、傍聴しても意味は無いが、日当や出張費が支給されるものか分からないが、被告側の米沢市は毎回4名ほどの職員が法廷に顔を見せる。「書類は弁護士から送られるので、無駄だから止めたら」と言っても止める気配は無い。

 現在争っている損害賠償請求事件とは、「払う必要の無い、ナセBAの工事費3,000万円を市民に負担させたのは違法である。よって安部元市長以下、担当職員に賠償を求める」とする内容のものだが、以下にもう少し詳しく説明する。

 ナセBAの完成は、元々平成27年3月であった。しかし、想定外(市は知っていた)の地下埋設物が出てきたので、平成27年12月まで完成を延期するとして地下埋設物撤去工事プラス工期延期保証料の約3,700が支払われた。
 この平成27年12月に完成する契約は平成27年1月27日に契約締結したが、その後、「豪雪の為」完成は平成28年3月に変更するとして、更に3,000万円が支払われた。そこで「豪雪の為」というのは虚偽であり、3,000万円を支払う必要は無いと訴えたのだ。
 
 上の文章を良く見てもらいたいが、平成27年3月完成を平成27年12月迄延ばす契約は平成27年1月27日に締結されている。「豪雪」が原因と言うのであれば、1月28日以降も大量の雪が降った事になるが、1月28日以降は平年並みなので、工事遅延の原因は「豪雪」でない事が分かる。
 原因は、以前にも述べたが、10月中から11月末迄に終わるはずの一階工事に手間取り、完成したのが3月末という、壁柱工法に対処出来なかった請負業者の技術不足が原因である事に間違いは無い。 
【続く】

風来坊人事!!

kage

2017/03/28 (Tue)

風来坊人事!!

 3/27に本市の人事異動が発表された。他の市町村と比べて遅い発表に、「二年目の中川市長は熟慮に熟慮を重ねた画期的な人事か!!」と興味を持って眺めたが、例年この時期に行われる恒例行事の如く、代わり栄えのしない人事異動に思えた。

 トップが変われば、前任者トップを支えた要職者の大幅な入れ替えが行われるのが一般民間会社の人事だが、役所は年功序列のルールなのか、小生には理解し難い人材が部課長職に就く。
 通常、部課長と言えば、管轄部署の業務に一番精通した人物がその職に就いて采配を振るうと考えるが、役所の部課長は、それまでの職歴に脈絡の無い他の部署からの風来坊で、いわば業務を一番理解できない人物がその職に就くのである。
 よって、専門知識を持ち合わせていないが故に、実務はすべて部下任せにし、本人は「責任が自分に及ばない保身術を磨く事」に精を傾け、市民の幸せへの貢献など屁のカッパで、夫婦で部課長なら合わせて約1千5百万円の年収と、無事勤め上げた時には6千万円に迫る退職金を手にして、「使い切れないんですよ~」と嘯(うそぶ)くのである。

 風来坊人事に疑問を持つ小生は「専門知識を持つ職員を採用し、その知識の発揮できる職場への配置にすべし」と人事部に提唱した事があるが、「職員は一般職での採用であり、色々な部署を経験することにより、広く知識を身につける人事を行う」と意に介さない。
  
 小生が高校を卒業した昭和38年の本市職員初任給は6千円で、民間最高は1万2千円と倍も格差があったので、能力有る人材は民間に就職し、能力無き人材は「給料は安いが安泰して定年まで勤められる」と市に就職したが、今は本市の民間給与所得3百万円に対し、市職員の年報酬は6百万円と、当時との民官格差の逆転現象から、職業の花形は「公務員」と羨望の職場となった。
 しかし、薄給時代の「安泰して定年まで勤められる」条件は変わらず、能力に関係のない人事は現在でも継承され、「前例が無い」との文言で市民の要望を一蹴する悪しき慣行は継続中である。

 もうそろそろ「部課長は職場のオーソレティ(権威)」との人事を行う時代にあるのでは無いか。

国会の証人喚問に思う

kage

2017/03/24 (Fri)

国会の証人喚問に思う

 3/23証人喚問で、学校法人「森友学園」の籠池泰典氏が、議員の質問に答える様子がテレビで報じられ、あのような場で臆せずに受け答えする籠池氏の態度に「ただ者では無い」との印象を持った。

 この問題が取り上げられると「忖度(そんたく)」「おもんぱかる」という語彙が度々登場し、「おもんぱかる」は知っていたが「忖度」は知らなかったので辞書をひもとくと[忖度=他人の気持をおしはかること]とあり、「忖度」「おもんぱかる」は類語である事が分かった。

 そこで思い出されるのが安部三十郎市長時代の部課長の態度である。議会で「安部市長に質問します」と名指しされながら、後ろに控える部課長を市長が眺めると、指名もされていないのに「お答えします」とバネ仕掛けの人形よろしく立ち上がって、市長の代弁をする部課長の態度をよく目にした事だ。
 「市長では無いだろう」との質問者の言葉をよそに、必死になって安部市長を援護する姿は「忖度」そのもので、このような態度は公務員に限らず、上下関係が存在する場ではよく見られる光景だ。

 籠池氏が「忖度」の力学を利用した「激安国有地払い下げ騒動」だが、事業名に有名人や権力者が冠されると、上下関係が存在しなくても一目置くのが人情というものだ。
 かくいう小生も、新潟県のあるゴルフ場に行ったとき、絶大なる力を誇った時の宰相「田中角栄氏」の名が理事として記されていると「格がある」「立派なゴルフ場」との感を抱いた事は否めず、「安倍晋三」や「安倍昭恵」の名が冠されていれば、「忖度」が働くのは道理である。

 「忖度」を持って「議員の口利きがあった」とか「議員の圧力があった」という証明には為らないので、これを国会で取り上げて追求しても詮無き事だが、大阪府豊中市の木村真・豊中市議らと市民を中心とする計230人が22日、近畿財務局の職員を氏名不詳のまま背任容疑で大阪地検特捜部に告発したことは、注目に値する。
 ナセBAの完成に至る過程での、安部三十郎市長疑惑の行為に小生等は司法判断を求めて戦っているが、「もう済んだ事」と意にも介さない米沢市議団と豊中市議を比較するとき、両市の市議の資質に大きな隔たりを感じる小生である。

東京都百条委員会に思う

kage

2017/03/21 (Tue)

東京都百条委員会に思う

 この所、行政・議員への疑義が連日報道されているが、昨日は東京都の百条委員会の様子を、NHKが全国版で取り上げたように、国民間に行政不信が増大する社会現象にあり、東京都の議会が事の真意を糺そうとして百条委員会を設置した事は評価できるが、中継放送を観て、攻める議員の資質に物足りなさを感じた国民が多かったのではないか。
 
 百条委員会で、議員が行政側を攻めるのには、綿密なる調査から疑義を特定して質問すべきだが、小生は質問に甘さを感じた。特に気になったのは「責任をどう感じているか」と石原元知事へ質問する議員だが、行政が上程した議案を可決したのは議会であるから、決定責任は議員団にあり、元知事を決定責任者として糾弾するのは的を射ていない発言だ。
 この場合に議員は、「我々が議案を可決するに至る過程で、司司の説明を信じて賛成票を投じたが、その説明に疑義有り」と、担当職員を糾すべきで、首長の責任を追及しても「司司の説明により事を進めた」との返答は法的に何の咎もない。

 即ち、議決とはそれ程重いもので、一旦可決された議案を首長に責任追及しても、「責任は問われない」とするのが司法判断であるから、議員は虚偽の説明を行った担当職員の責任を糾し、職員に非が有るのであれば、行政が職員に対し何らかの粛正を行う他ないのである。

 小生等は行政訴訟を行ってみて、一旦議決されれば、その後首長の責任を問う事が如何に難しいかを学習した。よって、議会のチェック機能に期待したい所だが、本市の議員団にそれを求めても「行政のポチになった方が楽」とか「何もしなくても報酬は変わらない」とか「議員報酬と定数は現状維持」と、ノーテンキな人達である。
 もうそろそろチェック機能を発揮する議会であり、当局説明に虚偽・隠蔽が発覚すれば、責任追及する議会であってほしいと願う小生である。

【司司で・・・(つかさつかさで)】
「それぞれの部署がそれぞれに職務を遂行する」といった意味合い。

隠蔽と捏造は公務員の習性?

kage

2017/03/19 (Sun)

隠蔽と捏造は公務員の習性?

 東京都の豊洲問題・大阪府の森友学園問題に加えて、南スーダンへの派遣部隊の日報(電子データ)は破棄したとしていた陸自が、実際には保管されていたことなど、都議会・国会で問題視されている報道から、国民は行政・政治家への不信感を増幅している昨今であるが、このような隠蔽と捏造は公務員の常套手段で、米沢市でも多用される所作である。

 米沢市の文化課は発電所跡を「伊達政宗が築いた舘山城」と市民に調査報告を行った。それに対して小生は、『一の坂の看板に、「伊達政宗はここより築城しようとした」と表記されている』と指摘し、整合性を求めると「看板は間違いなので撤去する」と言うではないか。そこで「舘山城に伊達政宗が関わった資料の提示」を情報公開条例にて求めると「不存在」との回答であった。
 又、「伊達の居残り」氏より「調査報告は全くの捏造である」との抗議文が教育長宛に出された事などから、文化課はいつの間にか『一の坂より西方、鬼面川迄を「平城」、発電所跡地は「山城」として「伊達時代に存在した山城」と訂正して国に報告し「史跡指定」となった。
 ならば、『「伊達政宗が築いた舘山城」は間違いであった事を公表すべし』と文化課に迫ったが「その必要は無い」と間違いを認めようとはしないし、責任者に自責の念など微塵も無い。

 前段の例に限らず、他の部署より強くコンプライアンス(法令遵守)が求められる監査委員でも平気で隠蔽と捏造を行うので、その事を報告したい。
  
 ナセBA建設で、11月末迄に完成する予定の一階工事が、翌年3月末迄の4ヶ月も遅れ、市民は3,000万円を負担する事となった。当局は、遅れた理由に「12月の降雪」を挙げ、「請負業者に責任はない」との見解を公表した。
 この当局の公表に「11月末完成予定なら12月の降雪は関係ない」として住民監査請求を行うと、大沢悦範・工藤正雄(市議)監査委員は、工学博士・技術士の肩書きをチラつかせた原田敬美なる人物に所見を求め、「ナセBAの一階工事の遅れは12月の降雪が原因」とする原田敬美報告書を盾に住民監査請求を「棄却」した。
 原田敬美所見の出鱈目さに「原田敬美と監査委員・当局との打合せ記録」を情報公開で求めたところ、監査委員部局は「打合せ記録は電子媒体で存在する」と回答し、14日以内に公開するとして情報公開請求を受け付けた。
 その後、正月休みが有った事で1週間延ばした21日後に公開するとの連絡が有ったので待っていると「記録は破棄したので存在しない」との回答であった。 正に、陸上自衛隊の「南スーダンへの派遣部隊の日報(電子データ)は破棄した」と情報を隠蔽した同じ所業である。

 このように、隠蔽と捏造は公務員の習性であることから、住民は公務員を決して信じてはいけない。

 なお、監査委員の「公文書破棄」は刑法に触れると考えられるので、刑事責任を追及する予定である。

平田東助を知っているか

kage

2017/03/17 (Fri)

平田東助を知っているか

平田東助
 平田東助は米沢藩医の家に生まれ、明治政府の高官として農商務大臣・内務大臣・内大臣を歴任。特に産業組合法の制定に尽力し、明治38年にJA全中の前身である大日本産業組合中央会を設立し初代会頭を務める。

 大正10年に全国250万人の組合員や有志によって、九段坂下に写真の平田東助座像が建設され、96年に現在のJA全国教育センターに移された。その後、東京都の緑地公園計画から、同センターは移転することとなり、座像については平田東助の出身地である米沢市に移設する計画が、JAより昨年12月に中川市長にあり、市長は快諾した。
 台座は米沢市名誉市民第一号の伊東忠太が手掛け、座像と台座の大きさは高さ6m幅10m重さ130t程あるというが、移転費用は全額JA持ちという事だ。

 そこで問題になるのは「何処に設置するか」だが、小生は現在のNHK中継所が最適と思っている。この場所は60余年無償で貸与しているが、「観光のメッカに相応しくない景観」として小生等は移設を安部前市長に陳情して数年になり、漸くNHK側は移設の意向を示したが、いかんせん交渉窓口の総合政策課は金科玉条の「遅れず・休まず・働かず」「何もしないのが最大の美徳」を発揮して、いつになることやら見当も付かない。

 このNHK中継所付近は観光の素材として、利用価値はすこぶる高い事から「先人顕彰の杜」として活用すべしと有志を集い運動を続けて数十年になる。
 現在の色部長門顕彰碑に加え、お金を掛けずとも平田東助の像が加わるのであれば、願ったり叶ったりだが、何せお役所仕事であることから、JAが求める期日までに本市の受け入れ体制が整うかは甚だ疑問である。

 お役所仕事で残念な例に、山大が米沢市に設置を望んだリチウムイオン電池のパイロット工場が飯豊町に決まった事だ。この時、「米沢市でなく、何故飯豊町か?」との市民の問いには、駄目な理由をこじつけ説明する当局に、市会議員も「もう決まった事」と関心を示さず、噛みついたのは鈴木章郎元市議のみであった。
 今回もモサモサしていると他市町村への移設となりかねない

米沢の美術

kage

2017/03/15 (Wed)

米沢の美術

美術
 「大正期の米沢の美術」と題する展示会が上杉博物館で開かれ(2/18~3/26)、大正期に活躍した米沢市在住芸術家の作品約50点が展示されている。会場には中央画壇で活躍した椿貞雄作品をはじめ、多彩な顔ぶれの作品が並び「大正時代、米沢にはこれほどの画家がいたのか」と感心し、山形・鶴岡・酒田にはこれほどの人材はいなかったのでは無いかと思った。

 このように明治大正時代の米沢市は、文化面はもとより政治・経済・に於いて東北でもトップクラスの地位にあったことは、1889年(明治22年)4月1日に施行された市制による、全国36都市に米沢市が入っていることからも窺える。
【明治22年に指定された市】
東京、京都、大阪、堺、横浜、神戸、姫路、長崎、新潟、水戸、津、名古屋、静岡、仙台、盛岡、弘前、山形、米沢、秋田、福井、金沢、富山、高岡、松江、岡山、広島、赤間関(下関)、和歌山、徳島、高松、松山、高知、福岡、久留米、熊本、鹿児島

 ところが平成を迎えた今日に、当時指定された都市の中で米沢市だけが旧態依然と取り残された感が否めないのはどうした事であろうか。ちなみに、米沢藩が120万石であった現在の会津若松市は、明治維新で壊滅的に破壊されたにも関わらず、現在は12万を超える人口の都市になっているばかりか、行政面でも日本最先端のスマートシティとして生まれ変わろうとしている。

 そのプロジェクトとは、会津若松市、会津大学、民間企業がスクラムを組み、欧州最大規模の医療・産業クラスター「メディコン・バレー」を手本に医療・健康分野をはじめ、観光やエネルギー、市民生活に至る幅広い範囲でICTの活用を進め、ICTを核にしたスマートシティの街づくりを目指して、過疎で悩む全国の地方都市再生のモデルケースとなる狙いだ。
【ITC】
 ICTとは、Information and Communication Technology(インフォメーション・アンド・コミュニケーション・テクノロジー)の略で、日本ではすでに一般的となったITの概念をさらに一歩進め、IT=情報技術に通信コミュニケーションの重要性を加味した言葉。

 「遅れず・休まず・働かず・何もやらないのが最大の美徳」を金科玉条に「議員報酬と定数は現状維持が良い」と宣(のたま)う議員団に期待は出来ない。この辺で米沢市も将来に向けて抜本的な計画を練り直す事に、市民は市制に関心を大にする時期にあるのではないか。

市議会開催に思う

kage

2017/03/14 (Tue)

市議会開催に思う

 現在3月定例会が開催されている。3月議会には今年度の予算、362億8千万円(対前年度-3千万円、-0.1%)が上程されるが、議会開催前に予算の概要は中川市長より説明されていることから、議会では、行政が編成した予算の中身に対して審議・討議が為されれば良いのだが、代表質問や一般質問を見る限り、質問のための質問に終始し、後に行われる予算特別委員会で検討される土壌には為っていない。

 「議会は学芸会」と揶揄したのは片山善博元鳥取県知事だが、米沢市議会を見る限り学芸会以下のレベルではないかと思っている。
 現在、国も議会開催中で、予算委員会で丁々発止のやり取りの様子をテレビ中継で観ていることから国民の眼も肥えてきており、米沢市議会にもそのレベルを期待したいところだが、ナセBAの裁判で米沢市議会が可決した証拠資料を集めていると、「11月末迄に完成する予定の工事が、12月に大雪があったので3月末まで4ヶ月延びたのはやむを得ない」として、工事請負業者に追加工事料として3千万円支払を可決した議会には呆れかえってしまう。

 中川市長は「市民力に期待する」とのメッセージを発したが、市民としては逆に行政力・議会力・議員力に期待したいと訴えたいものだ。
 市民個人が如何に良い意見を述べようとも、それが行政に反映することは希なことから、市は市民がタウンミーティングを行う費用を予算化し、か弱い議会力に市民力を加える「議会民主制+直接民主制」地方自治の手法を取り入れる、米沢市独自の議会運営を提案したいが如何なものであろうか。

 もし、米沢市独自の「議会民主制+直接民主制」が採用されるのであれば、懸案の「議員報酬と定数の削減」問題は一朝にして解決し、少ない議員で中身の濃い議会運営が出来るのではないだろうか。
 報酬に付いては「議員は兼業で、議会は夜間」「議員活動はボランティア」との考えの国もあるし、日本では日当制の矢祭町もあり、タウンミーティングで審議して市民の納得する額とするのが理想で、現在のように行政に対するチェック機能の働かない議員団への報酬は高すぎる。

 議員報酬は『「米沢市議会基本条例」を遵守してから、その額を決せよ』と声を大にしたい。

3.11東日本大震災

kage

2017/03/11 (Sat)

3.11東日本大震災

 今日は、2011年(平成23年)3月11日午後2時46分に発生した東北地方太平洋沖地震、その地震に伴って発生した津波と福島第一原子力発電所爆発事故による、未曾有の大災害から6年を迎える3月11日だ。

 この3.11大震災の、地震・津波・原子力発電所爆発事故の中でも、原子力発電所の爆発による放射能被害は、住居地から人々を追い出し、その方々は未だに「いつ故郷に戻れるのか」・「戻れても元の生活が復元できるのか」と不安は尽きない。

 小生が福島第一原子力発電所界隈を訪れたのは約30年前だが、その頃は原子力発電所が出来た事で近隣自治体は潤い、双葉町を訪れたときは「原子力発電所のお陰で、これまで全国で下から2番の双葉町の財務内容が、今では上から2番となった」との話も聞かれ、発電所による補助金と経済効果は地域を激変させる力があった。
 しかし一方で、住民間には原子力への安全面に不安の声もあったが、東電側は「専門家」「有識者」「学識経験者」などの談を引き合いに「絶対に安全」との説明を行ってきた。
 そして迎えた3.11大震災で被害が起きると、「絶対安全」と述べていた先生方は「想定外の震災」として反省の色も無い。想定外とは、想定するレベルが低かった重大な過失だが、過失と認めて謝罪したなどは聞いた事が無い無責任ぶりである。

「専門家」「有識者」「学識経験者」と称する無責任先生の名を挙げて、自説の正当性を主張する手法は今でも至る所で見られる所業で、本市に於いても、相田光照市議を委員長とする「米沢市議会議員定数・報酬検討委員会」は「山形大学人文学部教授の是川晴彦氏」に相談したとして「現状維持」との答申を行った。

 答申書には是川晴彦教授の談話内容も記述していないのに、教授の名前を出すだけで市民は納得するだろうとする相田光照市議の姑息な手法に、小生は陳情書をもって反論し、3/3意見陳述の機会には「山形大学人文学部教授の是川晴彦氏に相談した」からといって「議員定数・報酬は現状維持」と正当性を述べるのは理不尽で有るとの意見を述べた。すると話中に、座長の島軒純一市議は目の色を変えて「関係の無い発言である」と小生の説明を遮った。
 人間は往々にして自分が不利な立場に立たされると、威厳を笠に着たり声を荒げたりするもので、島軒純一市議の態度もこの類いでは無かったのかと思うが、質問状で質してみたい。


第一回裁判の報告!

kage

2017/03/08 (Wed)

第一回裁判の報告!!

 ナセBA建設での杜撰な公金支出を違法として、当時の安部三十郎市長及び当局職員に対し、三千万円の損害賠償を求める住民訴訟の第一回陳述が3/7山形地裁で行われた。
 訴えは、『1.5ヶ月で完成するとして契約した「ナセBA一階工事」に5.5ヶ月を要し、工事遅延は「豪雪」・「人手不足」が原因と称して公金三千万円を請負業者に支払った行為に対し、「雪の影響が4ヶ月とは理由にならない・人手不足は、それを想定して受注した業者の努力不足」』とする内容である。

 二年前にも安部三十郎市長を被告として三件の住民訴訟を行ったが、裁判は「同じ事を三件訴えるのは無効です」との裁判長の一声から始まった。
 この一声に腰を抜かさんばかりに驚いた小生は「裁判長、訴状をよく見てください、各々訴える内容は違います」と発言すると、同席している傍らの裁判官が裁判長に耳打ちし、裁判長もようやく自分の間違いに気づいたらしく、裁判が始まったのである。
 このように「裁判官は正義の味方」との見解は当てはまらず、常に強い者の見方であり、行政訴訟は少数住民で訴えても勝ち味は無い。
 「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛んだら大ニュース」と揶揄されるように、裁判は、少数非力な市民の主張を退けても話題にならないが、行政敗訴の判決を下せば、大きなセンセーショナルを引き起こす事は必至であり、その判断を下した裁判官への注目度が大なる事は容易に想像が付く。
 裁判官とて公務員、「遅れず、休まず、働かず、何も行わないのが最大の美徳」との原理は働くようで、住民訴訟の殆どは「住民敗訴」となる。

 しかし、豊洲問題での住民訴訟や、大阪森友学園への国有地払い下げ問題で、国民の公務員(行政)への不信感は増大している最中(さなか)、又々3/8には、新銀行東京の経営悪化で東京都に損害を与えたとして、石原慎太郎元知事や舛添要一前知事の責任を問う住民監査請求が行われた事をマスコミは報じているように、「公務員(行政)=性善説」は通用しなくなってきているし、今回の小生等の訴えを裁く裁判長も、前回とは異なり、訴状に目を通している事が感じられるし、市井での行政不信の風潮から、今回の裁判は真面な審議が行われると、多少ながら期待される第一回陳述であった。